「木下サーカスの思い出」の記事まとめ

「世界一のサーカスをめざし 新人募集」という看板を見てテンションが上がる人は、木下サーカスの団員に向いていると思う。かくいう私(砂子間正貫)もテンションが上がって就職活動用のスーツを脱ぎ捨てた1人だ。

体操経験ゼロ、舞台音響・照明の知識もゼロ、なんならサーカスを見た記憶もない。いわゆる普通の大学生が、世界一のサーカスをめざし……勢いだけでサーカス団員になってしまった。

それから約11年半のサーカス生活で経験したことを少しずつ振り返りたい。

【完結】普通の大学生がサーカスに入団したらこうなった / 木下サーカスの思い出:最終回

就職氷河期と呼ばれた時代、多くの学生と同じく、私もリクルートスーツを着て企業説明会や面接に足を運んでいた。だが、正直どこか現実味がなかった。このままスーツを着て社会に出た先に、明るい未来は待っているのだろうか。

そんな時代の中で、私に輝く未来を想像させてくれたのが木下サーカスだった。華やかな舞台、人間離れした団員や動物たちと全国を巡る移動生活。就職氷河期の空気が届いていない世界が目の前に広がっていたのである。飛び込むしかねぇぇ!

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【舞台の裏側】サーカス団員のリアルな1日と人生を変えた意外な出会い / 木下サーカスの思い出:第26回

ごく普通の大学生が木下サーカスに入団して10年。気づけば33歳、中堅団員である。裏方も舞台も経験したことで、サーカスの世界をより深く理解できるようになっていた。

舞台に立つ者も、裏で支える者も、役割は違えど優劣はない。テントと共に各地を巡り、同じ場所で寝て同じ舞台を作り上げる……そうして生きている我々は、皆「木下サーカスの団員」であり、ひとつの家族だと思えた。

もしかすると、こういう思いこそが「世界一のサーカス」なのかもしれない。ともあれ今回は、そんなサーカス団員たちの「ある1日」を振り返りたい。

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【世代交代】9年間サーカスを続けた戦友がサーカスを去った日 / 木下サーカスの思い出:第25回

ごく普通の大学生が木下サーカスに入団してから10年が経過していた。巡業生活を続ける中で少しずつ実感することがある。それはサーカスの世界にも「世代交代」があるということだ。

肉体的限界や人生の次のステージを考えた時、その決断は一般社会よりも少しだけ早くやってくる。私の大切な仲間の1人が、約9年のサーカス生活にピリオドを打つ決断をしたようだ。

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【命がけの輝き】誰もいない夜のステージで怪我と恐怖を乗り越えた話 / 木下サーカスの思い出:第24回

世界一のサーカスをめざし、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団して9年目。横浜公演で念願の舞台デビューを果たした私は、その後も新潟、仙台、静岡……と各地を転々とする巡業生活を続けていた。

スポットライトを浴び、観客の拍手に包まれる。そんな非日常の輝きに満ちたステージに「安定」という言葉は存在しない。今回はサーカスの舞台に立ち続けるためには避けて通れない怪我との付き合い方について書いてみたい。

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【デビュー】32歳オールドルーキーがついにサーカスの初舞台へ / 木下サーカスの思い出:第23回

世界一のサーカスをめざし、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団して9年目。裏方としてテントを建て、照明や音響を操り、何千回と舞台を支えてきた私が……ついに「芸を受け継ぐ側」として最終関門に立つことになった。

2004年の横浜公演で入団したあの日から9年。北海道から沖縄まで巡業を重ね、ふたたび帰ってきた横浜の地でその時が訪れた。ゴールデンウィークに突入する直前、公演後の誰もいないテント。

リングサイドのど真ん中に社長が座り、後方の指定席には仕事を終えた団員たちが静かに腰を下ろす。ほぼ全員の前で半年間の練習の成果を披露する。単なる通し稽古ではない。芸を託されるかどうかが決まる最終試験がいよいよ始まった。

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【継承】サーカス入団9年目の裏方が芸を託された日 / 木下サーカスの思い出:第22回

ごく普通の大学生が木下サーカスに入団して9年目。舞台を支える裏方として全国を転々とし、北海道から沖縄まで、気づけばサーカスとともに日本を一周していた。裏方仕事に誇りはある。だが、ステージで活躍する仲間を見続けた結果……

あの場所に立ちたい」と思ってしまった。別の夢を叶え、挫折も経験した私は、沖縄公演の新年会の場で「今度は舞台でサーカスに貢献します」と、いわゆる新年会のノリで宣言……壇上に立たされてテンションが上がり、つい熱い想いがあふれ出てしまった。

しかーし、言ってしまった以上やるしかない。こうして32歳、遅咲きにもほどがあるオールドルーキーの挑戦が始まったのである!

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【地獄】サーカス団員が公演中に絶望する仕事がヤバ過ぎた / 木下サーカスの思い出:第21回

木下サーカスは立川(東京)での公演を終え、現在は次の街・磐田(静岡)で設営作業を行っている。

自分たちでテントを建て、電気を引き、水道を通し、客席を設営する「場越し期間」。消防検査をクリアし、厳しいリハーサルを重ね……開幕までの約2週間で体力はごっそり削られるだろう。この期間が1番ハードだ

それに比べれば、開幕後の毎日は充実している。観客の歓声、子供たちの笑顔、鳴り止まない拍手。練習で積み上げてきたものを舞台の上で披露し、それに観客が応えてくれるからだ。公演中の毎日は超平和……だがしかし。

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【挫折】夢を叶えたあとに「使えない自分」に逆戻りしてしまった話 / 木下サーカスの思い出:第20回

ごく普通の大学生が木下サーカスに入団。客席案内や音響照明といった裏方業務をしていた私が、いつの間にか空中ブランコを目指す新人たちと一緒に汗を流し「野球選手になる」という子供の頃からの夢をサーカスと欽ちゃんの力で叶えてもらっていた

ここまでは奇跡のような展開だった……が! その先に待っていたのは、映画でいえば「延々と続くエンドロール」のような時間だった。

野球選手になることにゴールテープを設定していたため……私の成長は完全に止まった。木下サーカスと野球選手を掛け持ちしていた日々は、前に進んでいるようで、どこにも向かっていなかったのである。

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【熱狂】団員100人が本気になる「ボウリング大会」という謎文化 / 木下サーカスの思い出:第19回

世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団。3カ月おきに全国を転々とする巡業生活の中で、舞台以外で団員たちが異常なまでに本気になるイベントがある。それは……100人規模で開催される「ボウリング大会」だ。

おそらくサーカス団員が仕事以外で最も本気になるスポーツは「ボウリング」だろう。なぜ親睦目的のボウリング大会に、全員が異常なまでの情熱を燃やすのか……今回は、そんなサーカス団員たちの “熱血バトル” について書いてみたい。

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【涙の送別会】サーカス団員が「去る覚悟」を決める瞬間とは / 木下サーカスの思い出:第18回

世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団。約3カ月おきに全国を転々とするサーカス生活にもすっかり慣れてくると「いつか定住するならこの街だな」なんて考えが、ふと頭をよぎるようになる。

旅を続ける生活の中で、誰もが一度は「去る日」を意識する瞬間が訪れるのだ。サーカスの毎日は出会いの連続であると同時に、別れの連続でもある。今回はそんなサーカス団員たちの退団する理由と別れの時間について書いてみたい。

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【感動回】札幌で拾われた野良猫がサーカス団の仲間になり…九州で幸せを見つけた話 / 木下サーカスの思い出:第17回

世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団。華やかな舞台の裏側には団員たちの生活があり、家族のような日常がある。そんなサーカスの主役になるのは人間だけではない

今回は札幌公演で出会った1匹の野良猫の話である。札幌で出会い、全国を巡り、そして九州で奇跡の再会を果たした「サーカスの猫」の物語をお届けしたい。

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【社員旅行】サーカス団員が「上海雑技団」と「シルク・ドゥ・ソレイユ」を観て感じた大切なこと /  木下サーカスの思い出:第16回

世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団。全国を転々とするサーカス団員たちには、年に1度だけ約1週間の長期休暇がある。

団員たちは実家に帰ったり、さらに遠くへ旅に出たり、それぞれ自由に過ごす。私自身も休暇を使って香港ヨルダン北朝鮮などを旅してきた。そんな中、数年に1度だけ行われるのが「社員旅行」だ!

2010年の行き先は事前アンケートの結果、上海とマカオに決定。上海では世界最高峰の雑技団を、マカオではシルク・ドゥ・ソレイユの常設公演を鑑賞する。観光と研修を兼ねた、サーカス団員ならではの団体旅行が始まった。

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【まさかの逆転劇】普通の大学生がサーカスを退団して運命のトライアウトへ / 木下サーカスの思い出:第15回

世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団してから約3年半。京都・梅小路公園の寒い夜に銭湯で語り合った “若者たちの夢” はそれぞれの形で現実になりつつあった。

そしてついに……私自身も夢に挑戦する時が来たのである。サーカス流トレーニングで鍛えた体も気持ちも「夢を叶える準備」はできていた。いや、できまくっていたと言っても過言ではない。

──しかし、その先で待っていたのは完全に予想外の展開だった!

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【姫路】サーカス団員が中学野球部に飛び込んだ結果 →「息子と1度もキャッチボールをしたことがない」とお父さんに泣かれた話 / 木下サーカスの思い出:第14回

世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下大サーカスに入団して2年目の冬。京都・梅小路公園の夜は死ぬほど寒かったが、公演後のテントでは地獄の練習がいつも通り行われていた。そして……

銭湯で練習仲間から「夢は何か?」と問われ、その場のノリで「野球選手」と答えた結果……なぜか本気で受け止められ、厳しい練習後に1人でバットを振り続ける生活が始まった。というのが、これまでのあらすじである。

冗談半分で語った夢が、気づけば本気の挑戦へと変わっていく。そのスイッチが入ると、物語は思わぬ方向へと転がり始めたのだった。

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【デビューへの道】初舞台より緊張する「社長見せ」のリハーサルがヤバい! 仲間の初舞台で思わず雄叫びを上げてしまった話 / 木下サーカスの思い出:第13回

世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下大サーカスに入団。サーカスの舞台を支える音響や照明の仕事をしながら、仕事後には練習仲間と共にトレーニングの毎日。長く苦しい練習を重ねた団員たちはいよいよ舞台デビューを迎えるのだが……

デビュー前には避けて通れない最終関門がある。社長と先輩団員が見守る中で行われる「社長見せ」の最終リハーサルだ。独特の緊張感に包まれながら、仲間たちの挑戦が始まるのだった。

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【サーカスの休日】サーカス団員が旅先でまさかの救出劇! チームプレイで老夫婦を助けた話 / 木下サーカスの思い出:第12回

世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団。サーカスの舞台を支えるピンスポットや音響の仕事をしながら、仕事後にはトレーニングの毎日。ほとんどプライベートのない環境だったが、サーカスにももちろん “休日” はある。

休演日は毎週木曜日で、当時(2000年代)は月に1度だけ水曜・木曜の2連休が組まれていた。団員たちは休日に疲れた体をメンテナンス……するはずもなく、知らない土地を思う存分味わうために「行きたい場所」「食べたいもの」を細かくリストアップ。

というわけで今回は、巡業先でもさらに旅をする、旅を求めるサーカス団員の休日の思い出を紹介したい。

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【木下サーカス】空中ブランコやオートバイショーに出演するスターの入団秘話と苦労話を大公開 / 宮内良インタビュー

木下大サーカス名古屋公演は、7月13日の開幕以来、白川公園特設会場で連日大盛況を続けているようだ。夏休みから秋にかけて多くの観客を魅了し、いよいよ10月27日のフィナーレが迫っている。

そこで今回は、空中ブランコやオートバイショーで活躍している現役団員にインタビューを敢行。サーカス入団当時のエピソードや、サーカス生活ならではの苦労を聞いた。読めばきっと、フィナーレ直前の公演をもっと楽しめるはずだ。

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【舞台裏から未来へ】木下サーカスの進化は止まらない / 木下英樹取締役が語る「これからのサーカス」

現在、木下大サーカスは愛知県名古屋市の「白川公園」で公演を行なっている。3年ぶりとなる名古屋公演も大盛況のまま10月27日の千秋楽が近づいてきた。そこで今回は、木下英樹取締役のインタビュー第2弾をお届けしたい。

前回はサーカスの魅力や裏方の努力、そして「ファミリー」としての絆について語っていただいたが、今回はさらに深く「これからの木下サーカス」について伺う。観客を驚かせ、笑顔にし続けるために必要なものは何なのか……

現場と経営の狭間で揺れるリアルな声。そのひとつひとつから、サーカスを支える覚悟と未来への展望が浮かび上がってきた

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【まるで映画】普通の大学生がサーカスで体験した「台風」との戦いがヤバ過ぎた / 木下サーカスの思い出:第11回

世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団。舞台を照らすピンスポットも、音響卓の操作も身につけ、公演後のトレーニングにもなんとか慣れてきた。裏方ながら団員生活を楽しむ余裕も生まれていたのだが……

私を含め団員たちが本気で恐れていたものがある。

台風」だ。ひとたび台風発生のニュースが出れば、進路図を睨みながら一喜一憂することになる。なぜなら直撃が決まった瞬間……サーカスの命である巨大テントを守るため、団員たちは『アルマゲドン』さながら暴風雨に立ち向かわねばならないからだ。

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【寿命が縮む】サーカス入団3年目で音響担当になった結果 → 感動シーンで爆発音を鳴らしてしまった / 木下サーカスの思い出:第10回

世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団して3年目。舞台を照らすピンスポットはすでに完璧にマスターし、私は次なる持ち場として音響卓の操作を任されることになった。

タイミングよく音楽を切り替えたり、効果音を鳴らしたり、開演前や休憩中、公演終了後のアナウンスを流したり……これまた舞台を支える重要な仕事だ。

さらに仕事ができる先輩・中尾さんから曲の編集作業なども教わり、充実した日々を送る……はずだった。

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