1990年代後半のヴィジュアル系ブームと思春期とが重なった私と妹は、揃ってバンギャ(狂おしいほどバンドを愛する女子のこと)になった……まではよかったが、残念ながら両親はバンギャ化した娘たちを快く思わなかったようだ。

両親は「ライブへ行く」「CDを買う」「ヴィジュアル系っぽい服を着る」等といったバンギャ活動の全てを、娘たちが18歳で家を出るまで、ことごとく妨害し続けた。その結果、私の両親に対するヘイトは限界まで蓄積された。

あれから約20年が経過した今……当時の恨みが全く消えないことに、自分でも驚きを隠せずにいる。このままではいつか後悔しそうなので、思い切って母(70)をヴィジュアル系のライブに誘ってみたぞ!

・娘が最近推してるバンド

今回母を誘ったのは『0.1gの誤算』(通称:誤算)さんというバンドのライブ。近年のヴィジュアル系シーンではちょっと異常なほど人気と勢いのあるバンドで、チケットが取りづらいことで知られている。

そんななか、去る3月27日、誤算さんは結成8周年記念の大規模ライブを敢行された。会場の豊洲PITは収容人数が多いため、誤算さんにしては珍しくチケットがギリギリまで買える状況だった。

そのタイミングで母(鳥取在住)が突然「暇だから東京へ遊びに行く」と言い出したのだから、私が「神の啓示か?」と思ったのも無理はない。そして思い切って「ヴィジュアル系のライブへ行ってみない?」と誘った結果、なんと母は「行く」と即答。

以上が、今回のコトの発端である。本記事には誤算のメンバーさんが登場されたりは一切しないため、誤算ギャの方々はあまり読む必要がないかもしれない。ただ推し活が原因で親との確執を抱えている読者には、ひょっとすると参考になる内容が含まれているかもしれない。


・母、上京する

さて。あれほどヴィジュアル系を毛嫌いしていた母がライブ行きを即決した理由は不明。ただ母がイメージしているのは、恐らくかなりライトなヴィジュアル系だと思われる。気が変わっては困るので、今回行くのが誤算さんのライブであることを、私はギリギリまで隠していた。

そしてライブ前日。鳥取から上京した母は、明日行くのが “結構ゴリゴリのヴィジュアル系” のライブだということを、YouTubeで初めて目視した。


無言の体育座りであった。


そして1時間が経過。おもむろに口を開いた母は……



「私は緑の子が好きだ」と言い出した。



・母、推しができる

ここでいう「緑の子」とは、ベースの眞崎大輔さん(メンバーカラーが緑色)のこと。一般的に「(仮)でもいいので推しメンを作っておくこと」がライブを楽しむコツであると言われており、母が自発的に推しを見つけてくれたことは、願ってもない僥倖である。

なお緑の子を気に入った理由について、母いわく「明るさの中に控えめな性格が伝わってきて好感が持てる。またメンバー間で、ひときわ目を引く顔立ちをしている。たぶんハーフだと思う」とのことだ。そうかそうか。理由は何でもいいんだよ!


( ※ 眞崎さんはハーフではないそうです)

母に推しができたところで、ここからは深夜まで振り付けの練習。ヴィジュアル系のライブは伝統的に曲ごとの振り付けが決まっているパターンが多いのだが、中でも誤算さんは特にキッチリしていることでおなじみ。

むろん70歳の母が1晩で振りをマスターするなど、おそらく1曲たりとも不可能。しかしながら、なんとなくノリを知っているかどうかでは全然違うし、カンがよければある程度の規則性に気づいてくれるかもしれない。

あれほどヴィジュアル系を毛嫌いしていた母が自主練まで始めた理由は不明すぎるが、今は追求しないでおこう。とりあえず頑張ってくれ、母!



・母、バンギャっぽくなる

そしてライブ当日。母に推しグッズを買い与える必要が生じたため、私は先行物販に並んだ(ライブは体力が必要なので母はお留守番)。この日の先行物販は12時半スタート。余裕を持って1時間前に会場へ到着したのだが……


すでにバンギャ&ギャ男が500人くらい並んでいた。圧巻の一言である。



こちらがバンTと、母の推しグッズ。



普通のおばさんだった母は……



夏のおばさんになった。


16時半。初めて見るバンギャの群れに戸惑いつつも、どこかハシャいでいる様子の母。母と同年代くらいのマダムギャの姿も見られ、少し安心したらしい。



・母、Vの洗礼を受ける

17時半、会場入り。この日すでに椅子席は完売していたため、母は終始スタンディング状態でライブに臨むことになる。

( ※ 許可を得て撮影しています)

なお、語呂的な観点から母の年齢を「70歳」とお伝えしていたが、正確には71歳であることをここにお伝えしておきたい。果たして71歳女性は、最低でも2時間近くに及ぶであろうヴィジュアル系のライブを無事に乗り切れるのだろうか?


出口までの動線を入念に確認しつつ……



ついにライブが始まった!


なんか、それっぽい動きできてるぞ母!?



こちらが71歳の土下座ヘドバンになります。



緑の子(推し)が近くに来て嬉しそうな母。


そんなこんなで、なんと3時間半近くにも及んだライブは大盛況ののち終了。これほどあっさりとしたライブレポもあまりないが、当日生中継されたライブ映像のアーカイブが4月17日(水)まで配信中なので、詳細はそちらをご覧いただきたい。忖度抜きで最高のライブだった。絶対に絶対に観るべき!!!


なお会場を出た母の第一声は「あのボーカルの子は本当にスゴイ」でした。



・母、誤算さんをホメる

あまりにもボーカルの子(緑川裕宇さん)を褒めるので、てっきり推し変(推しメンを変えること)をしたのかと思いきや……「やっぱり私は大輔君が好きだ」と母。いつの間に緑の子の名前を覚えたのかは置いておいて、その心境を聞いてみよう。

「ボーカルの子は本当にスゴかった。歌も上手い、喋りも上手い。言葉遣いは激しかったが、隠し切れない謙虚さも見えた。アイツがいれば、このバンドは安泰だと思った。

……でも、それでも大輔君に魅力を感じるのは、これはもう、個人の好みとしか言えない。他メンバー達が一生懸命自己主張しているなか、一歩下がってマイペースにベースを弾いているような子を、私は応援したくなるタイプなんだと知った(※ あくまでも母の主観です)」


なんか…………想像よりしっかりしたコメントでビックリなのですが。

そういえば今さらだけど、母はなぜ今回のライブ参戦を即決したのだろう?


「娘が初めて誘ってくれたので、それが何であっても、人生経験として行こうと思った。ここまで激しいヴィジュアル系だとは想像していなかったが、やるしかないと思った」


──これが25年前だったら?


「25年前なら絶対に行かなかった。あの頃の私に、自分の好み以外を許容する心の広さはなかった。『経験してみよう』『チャンスは活かそう』と思うようになったのは、60歳を過ぎたころから」

──そういえばお母さんって、好きな音楽とかあるの?


「サザンと清志郎とQUEENが好き」



・母、少し反省する

え!? そうなの!? ここへきて、まさかのバンド好きであることが判明した母(71)。だとすると、ますます気になるのが「なぜ娘たちのヴィジュアル系趣味をあれほど妨害したのか」という問題だ。ジャンルは違うが、広い意味では同じロックやないか。一体なぜ?

「正直なところ、もし娘たちが当時ハマっていたのがSMAPだったら、コンサートでも何でも行かせたと思う。でも、ヴィジュアル系バンドというものに対しては “何か特殊な得体の知れないヤバいことをしている人たち” という先入観があった。

でも今日のライブを観たら “化粧とパフォーマンスが派手なだけで、マトモなロックをやっている人たち” だった。そう考えると、清志郎やQUEENだって、実はヴィジュアル系の一種なのかもしれない。そこに関しては、私の視野が狭くて申し訳なかったと思う


……初めて母から「申し訳ない」という言葉を聞き、中学生の時から積もり積もった心の雪が一瞬で溶けていくのを感じた娘。たしかに現在アラフォーの自分が人間としてどれだけ未熟であるかを考慮すると、当時の母には娘の気持ちに構う余裕などなかったのかもしれない。


「今となっては、一体何がそんなに嫌で、娘の趣味を妨害していたのかなと思う。たぶん世の中の流れを知らなかったのと、自分が好きなものと同じものを、娘にも好きになって欲しかったんだと思う。

でも私にとっての清志郎やQUEENがアンタたちにとっては、ヴィジュアル系だったのよね。だとすると、やっぱり当時は申し訳ないことをした……ってことが、ようやく分かったわけだから、今日ライブへ行ってよかったわ」



・娘、トラウマを告白する

そっか……超ありきたりな言い方だけど、歳をとって母も娘も丸くなったんだな。なんかいい感じのムードになってきたので、私が両親に対して一生許さないと心に決めていた「LUNA SEAの終幕ライブに行かせてくれなかった問題」について、最後に言及してみることに。

( ※ 終幕……解散のようなもの)

──LUNA SEAの終幕ライブに行けなかったトラウマにより、娘が一生LUNA SEAに執着するカルマを背負ったうえ、性格も若干歪んだ可能性があることについて見解をお聞かせください


「『あ、そうだったの? へぇ〜』…………と思う」


──え? そんだけ!?

私は人生で後悔したことが一度もないから、その気持ちは分からない。だから、悪かったとも思わない。てか、そんなに一途にヴィジュアル系が好きだなんて、楽しそうでイイわね。

しかしまぁ……今回ひょんなことでこんな経験ができて、本当に全てが面白かった。このトシで面白いと思えることがあるって貴重よ。私みたいな年寄りは、思考を『なんでも経験してみよう』っていう方向にもっていくと、人生楽になるのかもね」


・母、帰る

「誤算はこれからもっと伸びる。ところで何度も言うけど、大輔君は本当にハーフじゃないんだろうか?」という言葉を残して、母は鳥取へ帰っていった。

母が「人生で後悔したことが一度もない」とか言い切っちゃう類の女であったことを、私は今回初めて知った。たとえ親子であっても話さなきゃ分からないことがたくさんあるし、母は母、私は私という別の人間であることもよく分かった。

ちなみに「人生で初めてヘドバンをした70歳の首は無事だったのか?」というご心配を関係各所から頂戴したのだが、母は全く筋肉痛にならなかったばかりか、持病の坐骨神経痛まで改善したらしい。ヘドバンにはストレッチ効果があるのかもしれない。

ヴィジュアル系が嫌いだった母と、母が嫌いだった娘。そんな2人が一緒にヴィジュアル系のライブへ行くことだって、生きてりゃありえるのだ。親御さんとの確執を抱えている人は、別に無理して仲良くする必要はない。でも…………将来的にずっとそうかは分からない、とだけお伝えしておこう。


今回、私と母が参戦した0.1gの誤算 8周年ワンマン「招集命令! 五の布陣にて首を取り、魂を喰らふ。〜日本最大ノ箱ヲ制圧セヨ〜」のアーカイブ配信はこちらから一部無料でご覧いただけます。期間は4月17日(水)23時59分まで。何度も言うけど絶対に絶対に観るべき!!!!!


【私信】今回の一件を通して、0.1gの誤算さんには感謝しかありません。また母とライブに伺います。いつか鳥取にも来てくださると嬉しいです。本当にありがとうございました。


参考リンク:0.1gの誤算オフィシャルサイト / 緑川ゆうCH
執筆:亀沢郁奈
Photo:RocketNews24.
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