ロシアの軍事行動によって大変なことが起こっている。とはいえ戦地は8000kmも先。人種も言語も文化圏も違い、どこか遠い場所の出来事のように感じられる側面もある。

ところが、日本からロシアのウラジオストクまでのフライト時間はわずか2時間半。東京から沖縄までよりも近い、まぎれもない隣国なのだ。

筆者は10年以上前にウラジオストクを旅行した。当時は楽しく観光したし、個人的に市井の人々に悪感情があるわけではない。けれどいま考えると、苦く思い出されるエピソードがたくさんある。


・ウラジオストクという街

基本的には、ウラジオストクは風光明媚な港湾都市だ。石畳の歩道や赤レンガの建物が美しく、「日本から一番近いヨーロッパ」などとも呼ばれている。ノスタルジックな駅舎はシベリア鉄道の発着地でもある。

東洋と西洋が混ざり合い、どこの国にも見えない無国籍な雰囲気から映画『ホテル ビーナス』のロケ地にもなった。

しかし「ウラジオストク」の語源は「東方支配」だという。「東方を征服せよ」という強いニュアンスで訳されることもあるが、どちらにしても日本が強く意識されている。

必ずしも「日本だけ」ではないのかもしれないが、少なくともガイドさんはそう言っていたし、日本の方角に向けた砲台なども見学した。(実戦には使用されなかったそう。)

当時はAPEC開催に向け、街中いたるところで工事が行われている時期で、いまは近代的に様変わりした部分もあると思う。けれど10年以上前のウラジオストクでは、おもな観光名所は「太平洋艦隊博物館」「要塞博物館」「S-56潜水艦博物館」といった戦争遺跡であった。

たとえば街一番の景勝地「鷲の巣展望台」は、軍港として発展した金角湾を一望できるスポットだ。軍艦、潜水艦、貨物船、クルーズ船などが一度に見られる珍しい港だそう。不凍港であるウラジオストク港の開発は、極東政策においてロシアの悲願だったのだという。

かつての要塞(日露戦争の反省から強化・増築されたもので、実戦には使われていない)を保存活用した博物館にも行った。

ツアーだったので選択の余地がなかったのもあるし、雨天なのも悪かった。しかしそれを割り引いても、ずらりと武器の並んだ博物館は暗く湿って、どこかカビ臭く、正直なところあまり楽しい場所ではなかった。

戦争となれば日本だって他国を攻撃してきたわけだし、むしろ防衛のための施設だと言われるだろう。

けれど親世代でさえ戦争を知らず平和ボケした筆者。他国が自国に見せる「あからさまな敵意」に初めて触れたような気がして、戸惑ったという表現が近い。


ちょっと怖い出来事もあった。


買い物に立ち寄ったスーパーマーケット。同行者のひとりが何気なく店内の写真を撮った。ロシア語が読めないのもあって、撮影禁止の掲示があったかどうかはわからなかった。

日本でも店舗の撮影やメモを禁止するマークは見かけるし、掲示がなくても実はショッピングモールなどは撮影禁止のところが多い。

けれど、物珍しさからついつい店先の果物や惣菜にカメラを向けるというのは、旅人なら覚えがあるのではないだろうか。


しかし同行者は、すっ飛んできた屈強な警備員に取り囲まれ、事務室に連行された。筆者は見ていないが、まさに「引っ立てられた」と言ってもいい勢いだったという。

大声で口々にまくし立てられ、同行者は「とにかく激怒されている」ということはわかったものの、ロシア語なのでまったく理解できない。

実際には10分か15分くらいだと思うが、すごい勢いで詰問され、怒鳴られ、叱責されて「生きた心地がしなかった」という。最後には警備員側が「言葉が通じない」ということにシビれを切らした様子で、それ以上のことはなく釈放された。


たかが写真でなぜそこまで、と思ったが、GO羽鳥編集長もナイロビで同じような経験をしており、やはりテロを警戒されたのかもしれない。

治安維持に対する強硬な意識や、「脅威」とみなした相手への態度に、カルチャーショックを感じずにはいられなかった。


・複雑な思い

旅に出ると「人間、考えることは一緒だな」と世界がとても近く感じることもあるし、逆に「同じ人間なのに、こんなに違うのか」と差異に驚くこともある。

とりわけ、いまは「どうしてそうなる!?」「信じられない!」と言いたくなるニュースの連続である。


平和な社会ならば「違いがある」ことはむしろ素晴らしいことだ。その壁を越えて文化を知ったり、新たな価値観に出会えたりする。旅行中のエピソードも、過ぎてしまえば笑い話であったはず。それがいまは「怖い」と思えてしまう。

一方で、ロシアの地に暮らすひとりひとりを危険視したり、差別したりすることもおかしいと重々わかっている。

こんな状況は間違っている。月並みだが、一日も早い解決を願っている。


執筆:冨樫さや
Photo:RocketNews24.