何度もそのお店の前を通り過ぎているのに、1度も利用したことがない。そんなお店はたくさんある。何か理由があって使ったことがないのではなく、入るきっかけがなかった。新宿・歌舞伎町の「野郎寿司本店」もそんなお店のひとつだ。

長年ここで商売をしているということは、続くだけの理由があるはず。それを確かめるためにお店を訪ねてみたら、素通りして損していたことに気づいた。もっと早く来ればよかったよ。

・裏の歌舞伎町

きっかけがなかったのは確かだが、利用したことがない理由、本当はある。というのは、歌舞伎町は区役所通りの交差点を境に、北側と南側で街の様子が少し違うと、私(佐藤)は思っていて、北側に近づきにくかったのだ。

靖国通りに近い方の南側は、あえて言えば「表の歌舞伎町」だ。観光客向けの量販店やドラッグストア、ゲームセンター、飲食店などが密集している。それに対して北側は「裏の歌舞伎町」。ホストクラブやキャバクラを中心に飲み屋が多く。ホテル街があるのも北側だ。

長年新宿周辺で生活を続けてきたけど、北側は少し立ち寄り難い雰囲気がある。ひと昔前はもっと穏やかではない空気が漂っていた。近年はずいぶん明るくなったとはいえ、それでも当時の名残りを感じられるのだ。


野郎寿司本店はそのちょうど境目、道路を挟んだ向こう側にある。名前の迫力も相まって、なかなか行ってみようとは思えなかった


お高いお店だったらどうしよう。恐る恐る近づいて店前の看板を見てみると……、あれ? 意外と普通なランチ。にぎりもちらしも椀付きで税込950円! むしろ立地を考えると安いくらいじゃない?


無意味に警戒して損していたかも。調べたところ、5年前からランチの値段は変わっていない。最近は何かと値上げの波が押し寄せているのに、価格を据え置いてくれるのは、良心的といっても良いだろう。



・人情営業

さて、入店すると中央にカウンターがあり、奥には個室。手前にテーブル席があった。昔馴染みの寿司屋といった雰囲気。店内は清潔で、BGMに演歌が聞こえる。30年以上の歴史を持つ老舗で、店の空気に昭和を感じる。

この移ろいやすいアジア随一の歓楽街で、昔馴染みの営業を続けられるのは、それだけ支持しているお客さんがいるからだろう。初訪問なのに、以前から来ていたような気になる

注文したのはランチ。1.5人前もできるとのことだったので、それでお願いした。価格はランチ(税込950円)+500円だ。


久しぶりに下駄に乗った寿司を目の前にする。街場の寿司屋さんはコロナの影響もあって、気づけば閉店してしまったお店も少なくない。それでなくても、コロナ以降大手チェーンが出店しまくっているので、寿司下駄を見る機会も少なくなった


やっぱり寿司はプラスチック皿に乗っているよりも下駄に乗ってる方がいいよね。凛々しく見える。



赤身は本マグロを使用している。ネタの色艶がよく、あしらいが丁寧で赤身とシャリのコントラストが美しい


シャリはやや小さ目で、ネタとの大きさバランスがちょうど良い。米粒のほどけるような握り具合も絶妙だ。機械ではできない力加減ではないだろうか。


寿司を食いながら、少しお酒を飲みたくなってしまった。瓶ビールをコップに注いで、寿司をつまみにキュッと飲む。または刺身を肴にキュッと飲む。そんな飲み方がふさわしい味である。


カウンターの中には大将らしき人と、若い見習い男性がいた。それほど忙しくなかったので、多少言葉を交えながら仕事をしている。大将は「お前次いつ休みだっけな?」と問いかけ、続けざまにこう言った。


「お前がいないと寂しいんだよ」


そんなささやかな会話でさえも、美味しく感じさせてくれる。夜は夜でまた違う雰囲気の人情営業を楽しめそうだ。もっと早く来ておけばよかった。たとえ近所に大型の商業ビルができても、街が観光向けにキレイになっても、ここはこのままずっと昭和を感じさせる店であってほしい



・今回訪問した店舗の情報

店名 野郎寿司本店
住所 東京都新宿区歌舞伎町2-10-4 ジェストビル 1F
営業時間 12:00~翌6:00(ランチ12:00~15:00)

執筆:佐藤英典
Photo:Rocketnews24
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