今年のアカデミー賞(受賞作の発表はまだだが)とゴールデングローブ賞には、まだ日本で公開されていないことが余りにもどかしく感じられる作品が多かったように感じる。

落下の解剖学』もその1つ。2024年2月23日から、ようやく日本でもう公開に至った本作。私も視聴したのだが……映画でこの疲労感はなかなか無い。しんどすぎて老いた気がする

・落下

本国では『バービー』や『イコライザー THE FINAL』などと同じ時期に公開されていた『落下の解剖学』。

映画の内容は不明なまま、なかなかないくらいの良い評判だけが日本に届くという状況。

日本に来るのが遅い点で同様の『オッペンハイマー』については、原爆と日本ということで事情が理解できるためまだしも、こっちはどうしてまだ来ないんだ……! と。

私は皆さんよりもだいぶ幸運なことに、オンライン試写にて1ヵ月ほど早く視聴する機会を得ていた。

本当はもっと早く、公開日である23日辺りにレビュー記事を仕上げておくつもりだったのだが、この映画を見ると精神的な体力がごっそりと持っていかれるのだ……!

見終わってから何か一仕事しようと活を入れるのは、だいぶ厳しい。なぜこの映画はこんなにも “しんどい” のか?


・ストレスフル

まずは、楽しみを損なうタイプのネタバレにはならないよう配慮しつつ本作のあらすじを記そう。

舞台はフランス。主人公である作家のサンドラ(ザンドラ・ヒュラー演)が、自宅で女子学生にインタビューを受けるところから始まる。

そこで唐突に爆音で流れはじめる、50セントの「P.I.M.P」のインスト版。どうやら、これはサンドラの夫による嫌がらせらしい

音楽がうるさすぎて中止になるインタビュー。女子学生は帰り、犬の散歩に出ていたサンドラの息子が家に帰ってくると、家の前で夫が死んでいる……というのが導入だ。

映画のメインは、この死についての裁判となる。ポスター等にもある通り、事故か、自殺か、殺人かが法廷で争われるのだ。

したがって、この映画は「法廷もの」というカテゴリーに含まれると思われる。

有名なその手の映画では、往々にして複雑な謎解きや、スカッとする巧みな真相究明、あるいは派手なアクションがある場合があるが、本作にその手の要素はない

あるのは、実際にそういう裁判に巻き込まれる立場になった場合に感じるであろう重圧不安、様々な要因による不快感

そして、裁判の進行とともに明らかになる新事実から生じる、登場人物達への不信感である。


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> ポジティブな要素がない <
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登場人物が不快であろう場面では、サンドラを演じるザンドラ・ヒュラーの生々しすぎる演技から来るリアリティにこちらも不快にさせられる。

裁判における検察の巧みだが、しかしねちっこいやり口や、野次馬根性丸出しな傍聴人、勝手に好き勝手言うメディアらの “いやらしさ” は余りにもリアル。

じゃあサンドラ側に同情できるのか……と言われると、全くそんなことは無く。この映画には、現実同様に、全てが真っ当そうな大人は1人も存在しない。


そして最後の最後まで、観客の中に残り続ける “結局どうなんだ…ッ!?” というモヤモヤした感じ。

しかし考えれば考えるほど、この映画を構成するそれらの要素は、あまりにも上手で正しい。そうは言っても気持ちの良いものでは無いので、それゆえに、見終わると参ってしまい、しんどくなるのだと思われる。

憂鬱な文学のごとき映画だった。夫の “落下” から始まる法廷での解剖ショー。間違いなく良質な1作としてお勧めです。

ただし、元気な時に見に行った方が良いし、見終わったらミスドでドーナツでも食って回復するといい。


参考リンク:落下の解剖学
執筆:江川資具
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