えっ、今1月やぞ? こんな時期に素麺のネタかよ……。そういう声が聞こえそうだ。しかし実は素麺は、出荷のピークこそ夏場だが、多くのブランドで生産のピークはまさに今

今こそ美味い素麺について扱うべきなのだ。そして美味い素麺と言えば、兵庫県の揖保乃糸。この認識は、恐らく日本全国でかなりの支持率を誇ると確信している。

これは美味さもあると思うが、それ以上に全国放送のCMによる高い知名度と、どこでも売られていることによる圧倒的な手に入りやすさから、大半の人にとって高級素麺の選択肢が揖保乃糸になりがちな現状によるのではないかと個人的に考えている。

・島原手延そうめん

揖保乃糸の美味さに異論はない。しかし冷静な観点から、支持率は美味さとは別の要因の影響も強く、味だけなら比肩しうる他ブランドは普通に存在するだろうと、私は考えていた。

そんな私が2023年9月末に訪れたのが、長崎県の南島原。奇しくも素麺の産地の1つだ。訪問の目的は、地域のPRを目的とした取材だった。それらの記事はすでに公開済み。

その道中、道の駅の物産品売り場でいくばくかの自由時間が設けられた。何かお土産を買っていってはいかがですか……といった具合だ。


道の駅オフィシャルによるお勧めの品の紹介もあり、信じがたいほどの細さを誇る「極細そうめん」がピックアップされていた。


へぇー、細く作るのは技術いるんか。器用なことしはりますなぁ……と説明を聞いていたら、背後からとんでもない雑談が聞こえた。


???「あれ、そんな食わんよなぁ


ぶっちゃけすぎだろ! しかしこの忌憚(きたん)の無さは信用できる

実のところ、私も「極細そうめん」には、 “よその人向け” 臭さを感じていた。これはきっと地元民が一番美味いと思っている素麺ではない。

声の出どころを振り返ると、そこにいたのは我々に同行していた南島原市の職員たちだった。

あれが美味いこれが美味いと、本音ダダ洩れで駄弁っている。ちなみにイルカを見た時には、彼らが誰よりもイルカにはしゃいでいた。楽しそうな職場だ。

この正直すぎる市の職員たちから真に美味い島原の素麺について聞きだした方が、有用な情報を得られそうだ。


私「あれ(極細そうめん)は、特に美味いというわけではないんですか」

職員A「あれは……細すぎるんよね」

職員B「美味さというよりも、技術の高さというか」

私「あー、技術力をデモンストレーションする感じの。どこでもありますよね、そういうの」

職員B「そういう感じですかね」

私「皆さんは、けっこう素麺は食べられるんですか?」

職員A「もう毎朝素麺!」

私「素麵と言えば、私などからしたら揖保乃糸が美味い素麺の定番という感じですけど、皆さんも揖保乃糸は食べるんですか?」

職員A「食べない」

私「全く?」

職員A「全く食べない。島原の方が断然おいしい」

私「おっ、強気ですね。これは戦争になりますよ? 面白そうなので、比較する記事とかやっちゃいますよ?」

職員A「全然大丈夫!」

私「じゃあせっかくなので、皆さんが一番美味いという最強の素麺を教えてください」


という感じのやり取りの後、全ブランドの島原手延そうめんが揃っているのではないかと思える店内から選び抜かれたのがこれだ!

のうち製麺の「手延べそうめん」。1箱380円


黒ごま素麺も美味いとのことだったので、こちらも購入。味付きはレギュレーション違反ゆえに、揖保乃糸との勝負にはノーマル版だけを使用する。


そして、麺つゆも。数多の麺つゆから、「これが絶対!」「間違いないっすね!」と、やたらと自信を溢れさせる市の職員たちに選ばれた品をゲットした。


職員AB「不味かったら、責任とりまぁぁぁあああす!!!」


・兵庫民

続いては兵庫民による揖保乃糸セレクト。当サイトの関係者に兵庫民はいないと思われるため、今回は私の方で付き合いのある各種企業やメディア関連の人脈を動員した。

趣旨を伝えて了解もとってあるが、当サイトとは接点の無い(私はフリーランスなので、各社の都合の外にいる)競合他社の職員や、意図はなくとも特定の商品のPRにかかわったとされると不都合な職種の人がいるため、誰かは伏せさせていただく。

いろいろあったが、揖保乃糸こそ至高だと信じている6人の兵庫民の協力を取り付けることに成功した。選ばれたのは揖保乃糸の「特級」

最高級の「三神」もあるが、それは実のところ、兵庫民でもそんなに食べないらしい。まあ、20束入りで6千円以上もするのだ。一般人が日常的に食べられる物ではないかもな。

ということで、麺については、普通にAmazonで化粧箱入りな揖保乃糸の「特級」を1430円で購入。問題は麺つゆだ。

様々な派閥があるようで、結局まとまらなかった。そこで、島原サイドは麺つゆも長崎県産であるという理由から、揖保乃糸サイドの麺つゆも兵庫県産に限定することに。

最もオフィシャル度が高いという点が決め手となり、ヒガシマル醤油株式会社の「揖保乃糸 めんつゆ ストレート」に決定した。揖保乃糸には揖保乃糸の麺つゆというわけだ。


・麺

それでは食べ比べていこう。


島原手延そうめんパーフェクトセット vs 揖保乃糸パーフェクトセット。結果は……


はい。麺のクオリティは一緒っすね。特にこれといって、どちらが抜きんでて美味いとかは心底無いっすわ。

麺だけそれぞれ食っても違いはよくわからない。島原の方が芯がある気がするが、気のせいかもしれない。つゆとの絡み具合も微妙に違う気がしなくもないが、これも気のせいかもしれない。

ぶっちゃけ、麺は同じようなもんだと思う。それぞれの産地で地元民に茹でたての麺だけ食わせてブラインドテストをやっても、確実に見分けられる人はなかなか出てこないと思われる。

この点から、島原人が揖保乃糸を食べる理由は無いと断言できる。地元ならなおのこと安く手に入るであろう島原手延そうめんは、揖保乃糸の「特級」と全く変わらないクオリティだと感じた。

これは兵庫県民にも言えることだろう。揖保乃糸が安く手に入る環境であれば、島原手延そうめんを食べる理由は無い。クオリティが互角なので、どちらでも安い方こそ正義となるだろう。


・つゆ

しかしつゆの味は全く違う。揖保乃糸はカツオが凄く、味も濃い。対して島原は甘い。九州っぽい味付けだ。しかし、その後にすごく複雑で清涼感のある香りがフワッと漂う。

薄口とか濃口とか甘口とかは地域差もあるだろう。それはそれとして、島原のつゆの方が圧倒的に美味い……! 今までに飲んだ麺つゆの中で一番美味い可能性もある。

なんだこれは? むしろ麺つゆを超えた、いろんなものが溶けだした美味いスープみたいだぞ!!

そう、これこそがタイトルにもある、全てをぶっちぎって優勝した麺つゆである。商品名を明かそう。「文ちゃんの麺つゆ(甘口)」だ!!


1度も聞いたことが無いし、ググっても島原手延そうめんを扱うメーカーで細々と販売されているのが確認できるのみ。

作っているのは、南島原市の宮崎工房というところ。企業公式HPは見つからず、マジで正体不明。


南島原市の職員によると、元は市の職員だかだった人が、納得できる素麺用の麺つゆが無いことに我慢できなくなり、ついに自分で作り始めた……とか、なんかそういう話だった。

恐らく日本で最も美味さに知名度が追い付いていない麺つゆのうちの1つだろう。このつゆは、ポテンシャルが異常に高い。これでおでんとか作ったら飛ぶと思う。

ということで、ひょんなことから開催することにした揖保乃糸vs島原手延そうめん。どちらにも思い入れのない私のジャッジだと、まあ麺は似たようなもんだ。

しかし、謎の超無名麺つゆ「文ちゃんの麺つゆ(甘口)」の美味さはぶっちぎりだ! マジで何なんだこのつゆは。そして文ちゃんとはいったい いかなる人物なのか。

詳しいことは何もわからない。しかし、とにかくいいものだ。入手方法は非常に限られていると思われるが、見かけたら購入はマスト。これが長崎で一番美味い液体まである。

執筆:江川資具
Photo:RocketNews24.

▼正直な話、麺で最強はこの黒ごま味。風味つきはレギュレーション違反ゆえ対決に参戦させなかったが、バチクソに美味い。ノーマルと揖保乃糸はまだ残っているのに対し、胡麻は最速で食べつくした。もう3箱くらい買っておけばよかった。絶対買った方が良い


▼極細も試したが、やはり素麺には最低限ある程度の太さは必要なのだなと思った。不味くは無いが、普通のヤツの方が美味い。


▼「半生そうめん(1080円)」も美味かった。太めで独特のクニクニした食感がある。腹持ちは一番いい。これはこれでアリ。