私はカラオケが好きだ。

歌唱力については、毎月一緒にカラオケへ行く息子いわく「ミスター70点台」であるが、とにかく好きだ。

目が見えていた頃は、画面に流れる歌詞を追いながら、知っている曲ならだいたい歌えた。

ところが、目が見えなくなると事情は一変した。

歌詞が読めない

つまり1曲歌うためには、最初から最後まで全部暗記しなければならない。

その結果、レパートリーは一気に減った。

さらに、好きだったはずのカラオケへ行くこと自体が少し怖くなった。

そんな私のカラオケを、サザンの1曲が変えてくれた話をしたい。

・歌うには全部覚えるしかない

最初に、私がどうやってカラオケで歌っているのか紹介しよう。

歌詞が読めないわけだから、全部覚えるしかない。

私はお風呂に入りながら、スマホでネットにある歌詞を読み上げさせている。

1行ずつ確認する。

分かりにくければ1文字ずつ確認し、漢字の読み方がおかしい箇所は実際の歌と聴き比べる。

それを何日も繰り返して、ようやく1曲を覚える。

47歳。新しい曲を1曲増やすだけでも、時間がかかる。


・メロディーだけが流れる時間が怖くなった

ただ、曲が増えれば、前に覚えた曲の一部が抜けることもある。

さらに、お酒が入れば記憶はもっと怪しくなる。

イントロが流れる。

よし、歌える。

……と思った数秒後。

「あれ、この次なんだっけ?」

歌詞が出てこない。

私の声だけが止まり、部屋にはメロディーだけが流れていく。

カラオケ特有のあの気まずい空気が広がっていく。

周りがどんな顔をしているのかも分からないから、その場の空気も分からない。

おそらく、周りはまったく気にしていない……はず。

しかし反応が見えないからこそ、沈黙を悪い方向へ想像してしまう。



・1人では曲も入れられない

そんな私を、家族や友達が助けてくれる。

歌詞が怪しくなると、次の言葉を隣からこっそり耳打ちしてもらう。

さらに、曲を入れることも毎回誰かにお願いしていた

特にお世話になったのは息子。

一緒に行くことが多い彼は、私の選曲係と歌詞係をしながら、自分の曲も入れなければならなかった。

最高の息子ではあるが、父親専属のカラオケスタッフではない。

助けてもらえるのはうれしい。

でも、毎回これでは周りがカラオケを楽しめないのではないか。

ずっと、どうにかできないかと思っていた。


そんな様子を見かねたのか、それとも単純に毎回やるのが面倒だったのか。

ある日、息子がスマホのアプリを教えてくれた。

「このアプリ見つけたから、音声で自分で操作するの覚えて」

教えてくれたのは、「デンモクアプリ」だった。

お店のデンモクに表示されたQRコードを読み取ると、自分のスマートフォンから曲を検索し、そのまま予約できる。

しかも、音声読み上げ機能「VoiceOver」でも操作できた。


・4年ぶりに「予約」ボタンを押した

最初に選んだ曲は、Mrs. GREEN APPLEの『ケセラセラ』。

曲を選ぶ。

そこから右へ、右へ、ひたすらフリックしていく。

キー設定。再生方法。ほかにいくつもの項目が続く。

フリックした回数は、体感で20回ほど。

そして、ようやく聞こえた。

「予約」

おそらく4年ぶりに、自分で予約ボタンまでたどり着いた。

ダブルタップする。

「予約が完了しました」

画面に表示された文字を、骨伝導イヤホン越しにVoiceOverが読み上げた。

めちゃくちゃうれしかった

数分後、自分が選んだ曲のイントロが流れる。

誰にもお願いしていない。

周りが言う。

「これ入れたの誰?」

私は心の中で、少しニヤッとした。

曲を選ぶ自由だけでなく、カラオケ特有の小さなサプライズまで戻ってきた。


こうして、自分で曲を入れられるようになった。

しかし、デンモクアプリは歌詞までは覚えてくれない。

家族は、DAM★ともなどのガイドボーカル機能も試してくれた。

歌詞が飛んでも、別の歌声が助けてくれる。確かに便利だ。

ただ、友人とのカラオケや飲みの席、行きつけのスナックでは、どうにもその場になじまなかった。

私の歌は助けてくれる。

でも、場の空気までは助けてくれない。

そんな中、家族が何気なく入れてくれた一曲が、すべてを変えた。



・『ミス・ブランニュー・デイ』で辿り着いた答え

去年の夏。

家族は、私がサザンオールスターズを大好きなことも、その中で『ミス・ブランニュー・デイ』が一番好きなことも知っていた。

その日の私は、ガイドボーカルに助けてもらいながら歌えばいいと思っていた。

「とりあえずサザンから歌うか」と。

ところが、流れてきたのは、いつものカラオケ音源ではなかった

会場から「オイ! オイ! オイ!」という大きな歓声が聞こえる。

続いて、桑田佳祐さんの、

「ありがとなぁ!」

一気に気持ちがぶち上がった。

本人歌唱のライブ映像だった。

人生47年、初めての体験だった。

最高だった。

途中で歌詞が分からなくなっても、桑田さんはそのまま歌ってくれる。

私が一瞬止まっても、メロディーだけが部屋に残らない。

周りも本人の歌とライブ映像を楽しめる

私が歌詞を忘れたことなど、ほとんど気にならない。

「これだ」

DAM★ともは、私の歌を助けてくれた。

それだけではない。

本人歌唱は、その場の空気まで助けてくれた。

私が欲しかったのは、歌詞を補う機能だけではない。

途中で止まっても、その場の楽しさが続いていく歌い方だった。

本人の歌に混ざることで、私はまた周りを気にせず、思い切り歌えるようになった。

見えなくなってから加わったカラオケへの怖さが、その瞬間だけきれいに消えた。


・今、毎回最初に歌う曲

ちなみに、私が最近必ず最初に歌うのは『ケセラセラ』である。

息子に教えてもらったアプリで、初めて自分で予約した記念すべき曲でもある。

目が見えなくなり、できていたことが1つずつできなくなった中で、「自分で曲を入れる」という1つを取り戻せた。

それが、本当にうれしかったのだ。

しかも、迷ったり限界を感じたりしたときに自分の背中を押してくれる曲なので、毎朝聴いている。

正直、私は歌がうまくない。

高くて声が出ないところもある。

それでも本人歌唱なら安心できる。

私が出せない高音は、ミセスが助けてくれる。

歌詞が飛んでも、ミセスが助けてくれる。

何より、周りの反応を必要以上に気にせず歌える。

本人のライブでの歌い方や会場の盛り上がりをイメージしながら歌う。

これが、見えなくなってから見つけた私なりの歌い方である。


・今年は嵐の曲をたくさん歌いたい

今年は、嵐の曲をたくさん歌おうと決めている。

デビューの頃から、その活躍をずっと見てきた。

カラオケでも、長い間いろいろな曲を歌ってきた。

だから今年は、心の中で「本当にお疲れさまでした」と伝えるような気持ちで、嵐の曲を歌いたい。

本人歌唱があれば、歌詞を忘れても何とかなる……はずだった。

デンモクアプリを開く。

フリック。

フリック。

フリック。

いない。

何度探そうが、嵐は出てこない。

まぁそういうこともある。

本人歌唱バージョンがいつでも見つかるわけじゃないのだから。

というわけで、今日もお風呂場で嵐の曲を丸暗記である。

参考リンク:デンモクアプリVoiceOverDAM★とも
執筆:緑(RYOKU)
イラスト:Gemini