『ヒップホップ』の意味とは音楽ジャンルのみならず、多分そのファッションや生き方そのものも指すのだ。……なぜ私がこんなことを思うのかといえば、若い頃メチャ流行っていたから。十数年前の日本は「石を投げればB-BOYに当たる状況」だったとする説もあるほどだ。

私が10代の頃に交際していた彼氏はXLLLLLほどもあろうかというダボダボな上下に『ティンバーランド』の靴をはき、サングラスに金のネックレスという “いかにもなB系スタイル” 。出会ったばかりの頃、平らなツバのキャップをかぶって登場した彼に対して私はこう言った。


「ボウシのシール、剥がし忘れてるよ」と。


・大事件勃発

場面は変わって現代のロケットニュース編集部。「誰か “男のキャップ” 知らない?」と事務所内を探し回っているのは、先輩の中澤星児記者だ。

「男のキャップ」とは、そのまんま “男” という文字が刺繍してあるキャップのこと。キャップブランドの『ニューエラ』、アパレルショップの『ビームス』、さらには映画『男はつらいよ』のトリプルコラボ商品である。長らく事務所内に放置されていた。

この『ニューエラ』こそが、長きにわたりB-BOYたちが愛用するブランドだ。金額は安いものでも5000円は下らないが、しっかりとした造りでB系ファッション以外にも合わせやすい。ツバの部分にピカピカの大きなシールが貼ってあるのが特徴。


「男のキャップ」を発見した中澤記者はイソイソと撮影の準備をしている様子である。さぞかし男らしい記事を執筆するつもりに違いない……どれどれ、ちょっとのぞいて見たろ。


そう考え中澤記者のデスクに目をやると……



なぜだろう、強烈な違和感を覚える……



ちょっと待て……冗談だろう…………



“ニューエラのシール” がクシャクシャに剥がされているだなんて………!!!!!


・Bの魂

再び場面は十数年前。「ボウシのシール、剥がし忘れてるよ」と告げた10代の私に対し、元彼氏は「これを剥がしたらキャップの価値はなくなるのだ」と言った。


あの時は幼くてまだ知らなかったが、言われてみれば街ゆくB-BOYたちの頭上にはみな光り輝くシールがあった。彼らにとってキャップに貼られたシールはときに「キャップそのものよりも価値がある」のだと、私は “B-GIRLもどき” へと成長する過程で知ったのである。

今でも街でB系男子のキャップを見るたび、私は「ちゃんと貼っているな、ごくろうさん」と心の中でねぎらっているのだ。ちなみにB系のBとは「ブレイクダンス」のB。そんな彼らの魂ともいえるシールを……それをクチャクチャに……!


・猛省してください

怒りにワナワナと震えながら、私は撮影中の中澤記者に詰め寄った。おそらく彼は自らのした事の重大さに気づいていないのだろう。だが、世の中には「知らなかった」で済まないこともある。先輩とはいえ、ここは海より深く反省して頂かねばならない。


──ちょっと! 

中澤「えっ、どうしたの?」

──このシールを剥がしたらキャップの価値が激減するんですよ!!!

中澤「へぇ〜……そうなんだ」

──反省しているんですか!?

中澤「いや、よく分かんないけど……(笑)」


・私が間違っているのか

絵に描いたような「キョトン顔」でこちらを見つめる中澤記者に、悪びれる様子は一切見られない。あまりの悪びれていなさに、こっちが間違っているのかと不安になってきたほどである。

“男のキャップ” の所有者である佐藤記者は、シールの件について「なんとなく知っていたから一応剥がさなかった」とのこと。しかし「個人的にはどうでもいい」などと、味方をしてくれる様子はない。

当編集部の他メンバー(30〜40代)にも尋ねてみたが、一様に「へぇ〜そうなんだ」と、非常につれない態度である。


みんなマジなのか? 忘れたとでもいうのか? あのヒップホップムーブメントを?


ちなみにシールをわざわざ剥がしてまで撮影された中澤記者の記事は「チキンラーメンをオリーブオイルで炒める」という内容。シールどころかキャップをかぶっていることすら、記事内で触れられることはなかった……。


・元彼にきいてみた

ひょっとするとあのヒップホップブームは、私の故郷たる鳥取県でのみ巻き起こっていたのだろうか? まさか「シールを剥がさない」という文化そのものも鳥取県で誕生したものだったりして……?


完全に自信を喪失した私は、シールのことを教えてくれた元彼と数年ぶりに連絡をとってみることに。すると今やB-BOYではなくなった彼はこう教えてくれた。


元彼「元々アメリカの文化らしいよ。よく知らんけど」


調べてみるとキャップにシールを貼ったままにする文化は、その昔アメリカに住む黒人コミュニティから誕生したらしい。これは「新品である」ということに加えて、なんと「盗品だ」という “悪さアピール” の意味合いも含んでいるのだそうだ。さすがアメリカはスケールが違う……!

元々は「先輩が “剥がさない派” だったから自分も剥がさなかった」という元彼だが、「黒人を真似ている自分たちは彼らのスタイルをリスペクトすべき」という哲学のようなものも、当時はそれなりに持っていたのだと語る。

ただ漠然と「剥がさないもの」と思っていたキャップのシール。実はそういう背景があったとは、何事にも理由があるのだなァ……。元彼いわく「俺は逆に剥がす」というヤツらもいたのだそうで、つまりこの問題には正解などない。考え方の問題なのだ。


今回の件で真相を知ることになった私であるが、やはり今後も微力ながら “シール剥がさない派” の立場を貫きたいと思う。なぜかというと「昔の自分を思い出すから」だ。そんなフワッとした理由を持つことだって……ある意味 “COOL” と言えるんじゃない?

Report:亀沢郁奈
Photo:RocketNews24.