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あれは19歳の夏だっただろうか。車の免許を取ったばかりの友人が、知る人ぞ知る福岡県の最恐スポット「犬鳴峠」に行こうと言い始めた。ホラーが苦手な筆者(私)は断ったが、若さ故にのせられる形で向かうことになったのをよく覚えている。

都市伝説では、峠にあるトンネルの先に無法地帯となっている犬鳴村があるとかないとか。地元の人でも近づかない場所に自分が行くとは……。そしてまさか深夜の山中で乳母車を押す老婆に出会うことになろうとは……。その時、私は夢にも思っていなかった。

・犬鳴峠とは

先述した通り、犬鳴峠はマジでヤバい心霊スポットだ。正確には “旧トンネル” がヤバいのだが、その怪談は数知れず。遊び半分で行った人が帰ってこない、車のブレーキを踏んでも止まらないなど、恐ろしい噂が後を絶たない。

今は新しいトンネルが通っており、旧トンネルは封鎖された状態だが、当時のウワサでは完全に封鎖されてなかったことを覚えている。ともあれ、そんな危険なところへ私は行くことになった訳だ。

・いざ犬鳴峠へ

実際に行動に移して犬鳴峠へ向かったのは、私を含めて4人。0時を過ぎるくらいから出発し、山奥へと車を走らせた。もちろん、田舎ではそんな時間に行動する人はほとんどおらず。ましてや山道に入れば、ひとっ子ひとりいなくなった。

そして対向車も来ないような真っ暗な道をひたすら車を走らせ、ようやくたどり着こうかとしていたその時である。まさかの光景を目の当たりにし、私はそれまでに経験したことのない恐怖を覚えた。

・真っ暗闇の中にいる老婆

なぜなら真っ暗闇の中にうっすらと人影……車もほとんど通っていないはずの山奥で老婆の姿がぼんやり見えたのだ。腰は「く」の字ほど曲がっており、乳母車を押すというより支えにして歩いているような感じだ。

なぜ……どうしてこんなところに……しかも時間は深夜2時になろうかとしているのに……!

一瞬で通り過ぎたため、私の見間違えだろうか。いや、確かにいたはず。怖くなって隣に座っていた友人に「おい、今のばあさん見たか?」と話しかけたところ、もちろん、友人たちも乳母車を押す老婆を見ていた。ひとりを除いては。

・老婆の存在は謎のまま

そう、車を運転していた友人だけは乳母車を押す老婆はおろか、何も見ていないと返答。むしろもっと進んでみないとおもしろくないと言い出した。運転してたとはいえ、絶対に気づくほど視界に入っていたにもかかわらず……である。

結果的に不気味さを払拭できなかった私たちは、運転手の友人を説得。それから引き返すことになったのだが、もし戻らなかったら……。そう考えるだけで今でもゾッとする。乳母車を押す老婆は犬鳴峠からの誘いだったのか。それとも警告だったのか。その答えを知ることはないだろうが、夏になると私は必ず老婆を思い出す。

執筆:原田たかし
イラスト:稲葉翔子