あえてひとりの時間を楽しむ「ソロ活」。ひとり鍋や個室サウナなどいろいろなサービスがあるが、東京には「ひとりカラオケ専門店」なるものがあるという。

噂は聞いていた。しかし筆者の地元にはない。もちろん普通のカラオケ店のソロ利用はいつでもできるが、「グループ客ばかりの中でひとりになる」ことと、「ひとり客専門店」の間には天と地ほどの差がある。

これはぜひ体験してみたいと、先日の上京時に初めて「ひとりカラオケ専門店 ワンカラ」に行ってみた。


・カラオケにまつわる暗い記憶

正直いってカラオケには苦い思い出しかない。注目されながら人前で歌うなんて死ぬほど恥ずかしい。

にもかかわらず「またまたぁ~勧められるの待ってるんでしょ?」というお節介……ならぬ親切心によって勝手に曲を入れられたり、順にマイクが回ってきたり……。拒否したら場が冷えること間違いなし。


歌うも地獄、断るも地獄────。


筆者が思うに、カラオケで盛り上がれるかどうかの分かれ目は歌の巧拙ではない。「遊びの経験値」である。

場数をこなして「慣れ」を手に入れると、テンポやノリで押し切れる曲も覚えるし、その人のキャラによっては下手なほうが盛り上がったりする。友達が多く、社交的で、遊び慣れている人を選別する場、それがカラオケだ。

かくして筆者はカラオケを避ける → いつまでも慣れない → 失敗体験が積み上がる → ますます避けるという悪循環をたどったのである。ゲーム機で自宅カラオケをしたことはあるが、カラオケ店というものを人生の辞書から消して早二十年……。



・「ひとりカラオケ専門店 ワンカラ」

そんな黒歴史を引きずってやってきたワンカラ。初めてだったので会員登録からスタートだったが、「こいつ友達いないのかよ」なんて意地悪な視線はみじんもなく、とても親切に教えてくれた。あとはすべてセルフサービス。「お時間です」といったコールもないという。

ブースはちらほらと埋まっていたのだが、カラオケ店特有の音もれがなく、ものすご~く静かであることに気づく。

それもそのはず、ワンカラは「ヘッドホンカラオケ」なのだという。自分以外には音が聞こえない。



ブースはまさに、人ひとり入ればいっぱいになるくらいの個室感。PIT(ピット)と呼ぶのだそう。

業界っぽさをまとう何かの機械や


振り付けなどをチェックするためと思われる大きな姿見


そしてものすごくかっこいいコンデンサーマイクなどが用意されている! レコーディングスタジオみたいだ!!

ドアをきっちり閉め、持参またはレンタルのヘッドホンをジャックに差し込むと音が出るシステム。




さて、歌本……


…………


…………


…………


了解。歌本は絶滅した。考えてみれば、そりゃそうだよなと納得する。

飲食店のメニューがデジタルになったと思ったら、あれよあれよという間にタブレット端末すらなくなり「自分のスマホで注文してください」なんて言われる時代だ。

本体のタッチパネルで検索したりランキングを見たり操作したりするわけだ。ふむふむ。

(……とわかった振りをしていたが、腰を屈めずとも卓上のタブレットで操作できることにこの後30分ほど気づかなかった)

しかし見事なほど最近の曲がわからない。

筆者の脳内音楽ソフトウェアは二十年くらい前からアップデートが止まっている。テレビを所持していないし、YouTubeもあまり見ないので、流行をまっっったく追えていない!



落ち着け、アニソンなら多少わかる。映画館で何度も泣きながら聴いた『鬼滅の刃』からスタートしよう。


流れるイントロ。


そして静かに始まるバラード。


す、す、すごい!


ヘッドホンから自分の声がクリアに聞こえる! 一般的なカラオケ店での「騒々しい演奏に負けないように大声を張り上げる」という行為がまったく必要なく、ささやき声でもダイレクトに聞こえてくる。適度にエコーもかかって、かなり気持ちいい。


にもかかわらず……声が出ない……だと……?


驚くほど息切れするし、大きな声が出ないし、音程が安定せずふらふらと揺れるし、過去イチで下手くそだ!

コロナ禍でテレワークやステイホームが推奨されたことにまんまと便乗して、すっかり引きこもり生活に突入した筆者。言葉を交わす相手は家族だけ、しかも最近では猫に話しかけるくらいしか発声しない生活を続けていたら、声が出なくなっている……!

とくにヘッドホンを外すとマイクマジックが解けて、上ずった不安定な地声が部屋に響くので聞くに堪えない。セルフ拷問だ。

さらに追い打ちをかけるのが、自分を捨てきれずどこからか湧いてくる恥ずかしさ! もちろん個室なのだけれど防犯カメラもこちらを見ているし、どっかに聞こえたりしてないかしら……?

いかん、これではモジモジしているだけで1時間が終わる。なんのためにわざわざ来たんだ。



筆者は歌った。ぜいぜいと息切れしながら歌いまくった。

困ったときには日本人のDNAに刻み込まれたジブリソング。絶対歌える。なんなら歌詞なくても歌える。

ディナーショーでも絵画展でもテレビのまんま、お茶目で優しかった八代亜紀さん。大好きです。

人と一緒のときならドン引きされるような病みソングだって遠慮なく歌える。

薄笑いしながら駅の階段で子どもを突き落とすって(注:中島みゆき『ファイト!』)……怖い、怖いよ。人間が一番怖いよ。

わかったぞ……自分的な黄金期は1995年代だ! 嘘だろ三十年前……。



ドリンクはセルフサービス。ブースはオートロックで、基本的にスタッフが訪ねてくることもない。何にも邪魔されない自分だけの時間だ。

Wi-Fi完備だし、レコーディングしたり英会話のレッスンを受けたりするのにも最適だそう。

腹の底から声を出していると、呼吸が深くなるせいか、すっきりした気分になってくる。

最後にもう一度、最初に歌ってあまりの下手さにもだえた『炎』を歌ってみた。そうしたら、下手は下手なのだけれどずいぶん声が出るようになった。気分まで解放的だ。当たり前のことだけど、身体と精神ってつながっているんだなぁ。



ブースを出るときには、生まれ変わったような心持ちになっていた。さっきまでの自分とは明らかに違う。

ドリンクコーナーなどでほかのお客さんとすれ違うこともあるが、みんな自由に「ひとりカラオケ」を楽しんでいるんだと思うと謎の連帯感がわき、見ず知らずの人が愛おしくなってくる。人目を気にせず好きなことをする、みんな最高だよ。

帰りもセルフ精算機や貸出品返却コーナーがあり、会員にさえなっていれば、ほとんどスタッフと接することなく利用も可能。素晴らしいシステムだ。



何か大仕事を「やり遂げた感」と、呼吸の改善により身体の隅々まで酸素が運ばれたような爽快感、そして心地よい疲労……。人生で初めてのひとりカラオケは最高だった。

日常に戻ったいま、徐々にトランス状態から解脱して内気・陰気・弱気と三拍子そろった自分に戻っているのだが、あの高揚感が忘れられない。クセになりそう……。


参考リンク:ひとりカラオケ専門店「ワンカラ」
執筆:冨樫さや
Photo:RocketNews24.
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