自慢に聞こえたら申し訳ないが、私は今までの人生で1度だけ「イケメンだね」と言われたことがある。40年以上生きてきて、もっとも輝いた瞬間。貴重なオンリーワンタイム。

そのときの状況は、私の記憶の中の “金庫” とも言うべき場所に大切に大切にしまっているのだが、たまに金庫の扉を開けて中をじっくり見ようとすると涙で見えなくなる。事情がちょっとばかり複雑なのだ。こんな風に……。

・反原発デモの中で

あれは10年以上前。2011年の末か2012年くらいだっただろうか。当時は東日本大震災の記憶がまだ鮮明に残っている頃で、反原発デモが至るところで行われていた。

現在も似たようなデモは行われているだろうが、あの頃は福島の原発事故が起きて間がないということもあり、ピリピリ感が今と比較にならなかったように思う。

で、そのとき出版社に勤めていた私は、国会議事堂の周りで行われている反原発デモを取材することになったのだが……。地下鉄の「国会議事堂前」駅を降りて地上に出た直後、私は取材のモチベーションをすぐに無くしてしまった。


理由を詳しく書くと本題から逸れるので止めておくが、反原発デモに参加している人を取材すると仕事が大変そうだと感じていた。

なにより、それ系の記事は大手新聞社や出版社が報じまくっているから、私が似たようなことをやってもあまり意味がない。何か別の切り口はないかな……と思いながら反原発デモの中を歩いていた。

今でも覚えているが、ひとくちに反原発デモといっても色んな人がいた。メチャクチャ真面目そうな人もいれば、ヒッピーっぽい感じの人、RCサクセションの反原発ソングをCDラジカセで大音量でかけて踊りまくっている人、明らかにナンパしている人……。

大手メデイアのニュースが取り上げるのは基本的に「真面目そうな人」ばかりなので、私は “じゃない方” を取材しようかと思ったが、それはそれで幅がありすぎてどこにスポットライトを当てていいか分からない。

うーん、どうしようか……と思いながら歩いているとき、どう見ても宗教系と思しき新聞を配っている集団がいた。当時の国会議事堂前は人がいっぱい集まっていたから、勧誘のチャンスと思っているのだろう。

これはこれで新しい切り口……と思った私は、その新聞を受け取った。すぐさま、20代くらいの女性が私に話かけてきた。「ちょっとお話しませんか?」

「すみません、今は時間がないので改めてご連絡いただいていいですか?」と私は返し、その女性とメールアドレスを交換した。



それから数日後、私は埼玉県の川口駅にいた。女性に指定された場所が川口駅の中にあるカフェだったからだ。誰もが知るチェーン店なのだが、名前を挙げると店の迷惑になりそうだから本記事では控えたい。

それよりも当時の私の気持ちを正直に言うと、面倒くささ7割、好奇心3割といったところ。

“面倒くさい” が勝っているのだが、反原発デモの集団の中に宗教の勧誘を行う人がいるというのは1つの事実であり、どのような状況で勧誘されるのかを取材するのもまた仕事。そう考えて、カフェに向かった。すると……

女性が1人かと思いきや、大人が1人と子供が1人いるではないか。あとでわかったことだが、その2人は女性のお母さんと娘さん。どうやら、家族総出で私を入信させようとしているようだ。

そもそも、私は3対1で話すと聞いてなかった。どうしようかと思ってテーブルに近づいたそのとき……! 娘さんの口から飛び出したのだ。


「イケメンじゃん!」


──いや、めっちゃ棒読みやんけ! と私は思った。娘さんの “言わされている感” がすごかったので逆に苦笑いしてしまったのだが、私を迎える女性3人は満面の笑みである。

どう考えてもこれは作戦。ベタベタもベタベタなヨイショ。手のうちが見えすいているだろ……と思ったのだが、本音を言うと私は嬉しかった。悔しいけれど、嬉しかったのだ。

それゆえに、相槌にも力が入った。話のテーマは「日蓮聖人はいかに偉大か」という正直私の心には刺さらないものだったが、決して退屈ではなかった。それほど「イケメンじゃん」が麻酔として効いていたのだ。



たださすがに理性を狂わせるほどの麻酔ではなかったようで、女性が「近いうちに大きな集会があるから来ない?」と言ってきたときはやんわりとお断りをした。

その後、女性たちはしつこく私を誘うこともなく、「じゃあお開きにしましょうか」と言って4人でカフェを出た。

以降、私は女性たちに会うどころか連絡も一切取っていないものの、「イケメンじゃん!」の思い出は私の中で全く色褪せていない。

当時と変わったのは、最近になって「決して良い思い出とは言えないんじゃないか?」と思うようになったこと。どうやら麻酔が切れたようで、今ではテレビで棒読みのコメントをする人を見るたびに「イケメンじゃん!」がフラッシュバックして心が痛い。

だからそれを上書きするような、人生2回目の「イケメンじゃん!」を待っているのだが……なかなか来ないのである。まぁ、焦りは禁物かな。

執筆:和才雄一郎
Photo:RocketNews24.