今でこそ高速道路のサービスエリアでは、各地のグルメを24時間いつでも味わうことができて楽しい。しかし30年ほど前の特に地方だと、深夜移動中に腹を空かせどカップ麺の自販機があれば御の字、という具合であったと記憶している。

そんなワケで当時、家族で立ち寄った大阪のドライブインにおいて「ホットスナックの自販機」を発見したときは衝撃を受けたものだ。さっそく『焼きおにぎり』を購入。幼い妹と2人で分け合ったところ……

それから現在に至るまで、私は焼きおにぎり自体が食べられなくなった。自販機の焼きおにぎりは私にとってトラウマともいうべき理外のマズさだったのである。

・時は流れ……

テレワークのため訪れたネットカフェで久々に例の自販機を発見した私は、ふとトラウマ克服チャレンジを敢行してみる気になった。

昔からほとんど変わらぬフォルムとラインナップの自販機だが、よく見ると上部に『ニチレイ』の表記があると気づいたのだ。ニチレイといえば冷凍食品業界の超大手……さすがに30年近くもたてば、味も技術も進化しているはずと踏んだのである。

『焼きおにぎり』は4個入り370円(設置場所によって変動がある模様)。コンビニの『塩むすび』ですら100円は下らないことを考えると、かなり良心的な価格設定といえる。コインを入れてボタンを押せば調理開始だ。

約20秒おきに「調理中です。しばらくお待ちください」という機械の音声がわりと大きめに流れ、静かなネットカフェ内に緊張が走る。近隣のブースが就寝中でないことを祈りつつ115秒待てば……

ガタン! と鳴る音が調理完了を告げる。取り出し口を開けてみれば、焼きおにぎりの箱がなぜか逆さ向きで出現していた。おにぎりという構造上、上下どちらでも問題ないワケではあるが「けっこう乱暴なんだな」という印象だ。

気をつけて持たないと火傷しそうにアツアツである。

開けてみればおいしそうな匂いが漂う。

見た目もメチャクチャおいしそうだ。絶妙に「おこげ」まで再現されているじゃあないか。これがトラウマになるほどのマズさであるとは信じがたいが……勇気を出していってみよう。


ムシャ……



あれっ? 全然ウマいぞ!


・あれは何だったのか

冷凍食品特有の「うま味調味料多使用感」は少しあるものの、表面のカリカリに至るまで見事に “焼き” が表現してある。ともすれば「しょうゆおにぎり」になりがちなレンチンの湿っぽさを見事「焼きおにぎり」へ昇華させ……うーん、普通においしい。

こうなると私が幼いころ負ったトラウマの正体が気になるところだが、これには3つの可能性が考えられるのではないだろうか。1つは私が成長したことによって味覚が変わった可能性。2つめは自販機の焼きおにぎりが30年間で飛躍的に進化した可能性。

そして3つめは、あの時食べたのが「ニチレイの自販機」じゃなかった可能性である。調べたところ当時は複数のメーカーが冷凍食品の自販機を製造していたようなのだ。私の食べた焼きおにぎりがニチレイ以外の製品だったことは十分に考えられる。

しかしそれら自販機の多くは歴史の中で淘汰され、今や現存していないものがほとんどの様子。真実は永遠に謎のままとなったが……思い出は残しつつ、私はかくしてあっさりトラウマを克服したのだった。


・自販機、最後の瞬間(とき)

それはそうと、気になって仕方のなかったことがある。

ニチレイの自販機にドーンと貼られた「新発売」の張り紙。「辛口肉そぼろが刺激的!」という宣伝文句で売られる商品の名は、ズバリ『台湾飯』だ。

名前から察するに台湾の名物『魯肉飯(ルーローハン)』のようなものかもしれないが、「肉そぼろ」と表記されている以上何か別の料理なのかもしれない。何にせよ冷凍自販機らしからぬ “攻めた” 新商品だ。価格は焼きおにぎりと同じ370円。さっそくボタンを押してみた。

「調理中です。しばらくお待ちください」の声と調理音に再び耐え、ようやく2分が経過したその瞬間……


えっ!?



なぜか全ての商品ボタンに「売切」の表示が!!!


ほどなくしてコインは音もなく返却された。先ほどまであれほどうるさかった自販機は、この非常事態に無言を貫いたままである。せめて商品受け取り後であれば「売り切れ」もありえるが、私は確かに2分間待機したのだ。あの時間は何だったのか? 「調理中」は嘘だったのか?

ネカフェのスタッフに事情を伝えてみると、「あ〜、よくあるんスよ」という顔をした彼は「業者を呼ぶので今日は無理」と告げた。


記者として当然こんなところで諦めるわけにいかない私は、タップリと5日の間を空けて再び同店を訪れることに。すると……

「売切」のランプは消えていたものの……


無情にも自販機には「販売中止」の大きな張り紙がされているのだった。


お店の人に聞いてみたところ……5日前に業者を呼んだ結果「この自販機はもう修理不能」という診断。新たな自販機を導入する選択を迫られたとき、お店としては「あまり売上もなかったし、 “もういいや” となって」自販機の撤去を決めたという衝撃の顛末を聞かせてくれた。

つまり私が5日前に購入した焼きおにぎりこそが、この自販機が自販機人生最後に調理した一品だったのである。想像もしなかった展開に震えつつ、私は自販機の前で静かに手を合わせるのだった。


そうは言っても心残りは『台湾飯』だ。街中で冷凍食品の自販機を見かける機会はほとんどないため、いつか偶然出会える日を待つしかない。「いつまでもあると思うな親と自販機」……その教訓を胸に、私はその日を待とうと思う。

Report:亀沢郁奈
Photo:RocketNews24.