2014年6月19日の日本対ギリシャ戦の日、ブラジルからこんなニュースが届いた。「ギリシャ戦でダフ屋行為…日本人男性、一時拘束」。報道によると、この男性は日本対ギリシャ戦のチケットを4枚持っており、それをゲート付近で売却しようとしたところ、警察に拘束されてしまったという。

結局、定価より安値で売却しようとしていたこともあり事なきを得たそうだが、この報道を見て私(筆者)の脳裏に苦すぎる記憶が蘇った。まだワールドカップ期間中で、ブラジルに滞在中、あるいはこれから向かう読者の参考になるかもしれないので、あえて私の忘れ難きトラウマをここに記そう。

・以前までは、スタジアムの近くに行けばダフ屋がいた

それは2006年に開催されたドイツワールドカップでのことだった。ブラジルではダフ屋行為に対してかなり厳しい対応がなされているようだが、当時はスタジアムの近くに行けば、たくさんの普通のファンが余分なチケットを売っていた。警察が取り締まる様子もなく、現金取引がいたるところで行われていたのだ。

・45ユーロのチケットを80ユーロでゲット

そんなわけで、チケットを持っていなかった私もダフ屋をあてにして2006年6月11日、ポルトガル対アンゴラを観戦しに会場のケルンに向かった。紙に「Need Ticket」と記し、スタジアム周辺をぶらぶらしていると、何人かのダフ屋に声をかけられた。相場はだいたい定価の倍額。交渉の末、アンゴラのユニフォームを着たおじさんから、45ユーロ(約6200円)のゴール裏チケットを80ユーロ(約1万1000円)でゲットした。

・ダフ屋から買ったチケットがまさかの展開に

記念すべきW杯初観戦にテンションMAXでスタジアムに入ったのだが、席に向かうと隣席のポルトガル人たちが大騒ぎし始めた。話を聞くと、そのチケットは彼らの友人の物で、スタジアム近辺で盗難されたと言っている。すぐに警備員を呼ばれた。

とりあえず事情を話すと、まずはチケットを持ち主に返せということになり、ポルトガル人、警備員と一緒にゲートに戻り、一人場外にいたその友人にチケットを返却。「あー、80ユーロ損したな」と思っていたら、警察が登場した。

・ここからが恐怖の始まり

警察は僕に「お前のチケットを見せろ」を言ってきた。そこで再度、ダフ屋から購入したけど盗難チケットだったので持ち主に返したと事情を話したのが、「お前のチケットを見せろ。どうやってここに入った?」の一点張りで、全く話が通じない。すでにチケットを返したポルトガル人はおらず、セキュリティ担当者もどこかに行ってしまった。当然、私の手元にチケットはない。

警察に何度理由を説明しても返ってくる言葉は「I cannot believe you=お前の言うことは信じられない」。今も、警察官たちの感情が全く見えない氷のような冷たい目をハッキリと憶えている。

・リアル犯罪者と一緒に警察署に連行される

そしていつの間にか、盗難チケットを買わされたアホな日本人が、チケットを持たずにスタジアムに侵入したという容疑者に。必死の訴えも空しく、警察署に連行されることになってしまった。

ついてこいと言われて乗せられた警察のバンには、先客がいた。スタジアムの前で警察相手に大暴れしたという瞳孔全開の坊主の白人の若者と、フェンスを乗り越えてスタジアムに侵入したという小太りの白人の中年男だ。

・着いた先は「プリズン(刑務所)」だった

彼らと一緒に護送車に乗せられ、ケルンの街をかれこれ30分近くドライブ。ちなみに、バンの後部座席は透明な強化プラスチックのようなもので3つに区切られており、それぞれ「個室」になっている。その壁越しに2人と話をしていて、彼らの容疑を知った。

そして着いた先はレンガの壁にトタン屋根の、広い倉庫のような建物。傍らに立つ警察官に、ここはどこだ? と尋ねると、返ってきた答えは「プリズン」

まじっすか!? 私は驚愕し、別の警察官に、「今日、宿に帰れるのか?」と聞くと、こいつ馬鹿か、という表情で「お前は逮捕されたんだぞ」と吐き捨てられた。さらに、「何日くらいここにいなきゃいけないのか?」と尋ねると、「知らない」とにべもない返答。私の脳裏に浮かんだ言葉は「ジ・エンド」だった。

しかしなぜか「プリズン」では何をするでもなく、しばらくしたらケルン警察署に移送された。大勢の「先客」がいたので、もしかしたら後回しにされたのかもしれない。

・パンツの中までチェックされた識別番号「105216」

警察署につくと、肩に識別番号「105216」と書かれたシールを貼られ、身体検査。パンツ一丁になって壁に手をつけと言われ、パンツの中までチェックされた。犯罪小説などに描かれている「肛○チェック」もされるのかと思ったが、それはなくてホッとした。

その後、毛布を2枚渡されて、グリーンのタイル張りのブタ箱にぶち込まれた。便座のないトイレと作り付けのベッドがある。個室だったのは幸いだった。

・ケルン警察署のブタ箱で流した涙

それから数時間は完全無視。分厚い鉄の扉の横にインターフォンがあり、押して話しかけると「No English」の一言で切られる。その後、何度インターフォンで呼び出しても、誰も応答に出てこなかった。仕方がないのでベッドに横になっていると、翌日に控えた日本対オーストラリア戦のことが頭に浮かび、なんのためにドイツに来たのか、とどうしようもなくテンションが下がる。涙が零れた、と正直に告白しよう。

・通訳の女性に助けられ、無罪放免

そうして途方に暮れていると夜中の2時頃に起こされ、正式な取調べが始まった。もう、ここで勝負するしかない。文字通りのラストチャンス。記憶の限りの語彙を駆使し、必死になって再度無実を訴えた。すると、通訳の女性が親切な人で、事情を理解してくれた上、フォローまでしてくれる。

その結果……無罪放免!! 無罪が判明した途端、警察は掌を返したように対応が変わり、全ての信号を無視してパトカーでケルンからボンの宿まで送迎してくれた。

途中、パトカーを運転する警察官に「ドイツは好きか?」と聞かれたので、昨日まではね、と返事した。車内に沈黙が訪れた。別れ際、「Have a nice trip(よい旅を)」と声をかけられ、もう呆れて笑えた。宿に帰りついたのは早朝3時だった。

・ダフ屋からのチケット購入には気をつけよう

これは、ドイツワールドカップで私が体験した事実である。自分がダフ屋行為をして捕まるのならまだわかるが、ダフ屋からチケットを購入したら話があり得ない方向に転がっていき、終点がブタ箱。こんな珍事も起こりうる、それがワールドカップだ。

現在ブラジル滞在中の方も多いと思われるが、ブタ箱(ドイツよりブラジルの方が環境はハードだろう)には宿泊したくない方は、ちゃんとチケットを購入することをお勧めする。

参考リンク:読売新聞
Report:川内イオ
Photo:RocketNews24.

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「プリズン」に到着した時に、容疑者全員に配られる書類。「お前はドイツに滞在中、ずっと監視されている」などと書かれている。大切な思い出の一品