世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団。華やかな舞台の裏側には団員たちの生活があり、家族のような日常がある。そんなサーカスの主役になるのは人間だけではない。
今回は札幌公演で出会った1匹の野良猫の話である。札幌で出会い、全国を巡り、そして九州で奇跡の再会を果たした「サーカスの猫」の物語をお届けしたい。
「世界一のサーカスをめざし 新人募集」という看板を見てテンションが上がる人は、木下サーカスの団員に向いていると思う。かくいう私(砂子間正貫)もテンションが上がって就職活動用のスーツを脱ぎ捨てた1人だ。
体操経験ゼロ、舞台音響・照明の知識もゼロ、なんならサーカスを見た記憶もない。いわゆる普通の大学生が、世界一のサーカスをめざし……勢いだけでサーカス団員になってしまった。
それから約11年半のサーカス生活で経験したことを少しずつ振り返りたい。
世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団。華やかな舞台の裏側には団員たちの生活があり、家族のような日常がある。そんなサーカスの主役になるのは人間だけではない。
今回は札幌公演で出会った1匹の野良猫の話である。札幌で出会い、全国を巡り、そして九州で奇跡の再会を果たした「サーカスの猫」の物語をお届けしたい。
世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団。全国を転々とするサーカス団員たちには、年に1度だけ約1週間の長期休暇がある。
団員たちは実家に帰ったり、さらに遠くへ旅に出たり、それぞれ自由に過ごす。私自身も休暇を使って香港、ヨルダン、北朝鮮などを旅してきた。そんな中、数年に1度だけ行われるのが「社員旅行」だ!
2010年の行き先は事前アンケートの結果、上海とマカオに決定。上海では世界最高峰の雑技団を、マカオではシルク・ドゥ・ソレイユの常設公演を鑑賞する。観光と研修を兼ねた、サーカス団員ならではの団体旅行が始まった。
世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団してから約3年半。京都・梅小路公園の寒い夜に銭湯で語り合った “若者たちの夢” はそれぞれの形で現実になりつつあった。
そしてついに……私自身も夢に挑戦する時が来たのである。サーカス流トレーニングで鍛えた体も気持ちも「夢を叶える準備」はできていた。いや、できまくっていたと言っても過言ではない。
──しかし、その先で待っていたのは完全に予想外の展開だった!
世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下大サーカスに入団して2年目の冬。京都・梅小路公園の夜は死ぬほど寒かったが、公演後のテントでは地獄の練習がいつも通り行われていた。そして……
銭湯で練習仲間から「夢は何か?」と問われ、その場のノリで「野球選手」と答えた結果……なぜか本気で受け止められ、厳しい練習後に1人でバットを振り続ける生活が始まった。というのが、これまでのあらすじである。
冗談半分で語った夢が、気づけば本気の挑戦へと変わっていく。そのスイッチが入ると、物語は思わぬ方向へと転がり始めたのだった。
世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下大サーカスに入団。サーカスの舞台を支える音響や照明の仕事をしながら、仕事後には練習仲間と共にトレーニングの毎日。長く苦しい練習を重ねた団員たちはいよいよ舞台デビューを迎えるのだが……
デビュー前には避けて通れない最終関門がある。社長と先輩団員が見守る中で行われる「社長見せ」の最終リハーサルだ。独特の緊張感に包まれながら、仲間たちの挑戦が始まるのだった。
世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団。サーカスの舞台を支えるピンスポットや音響の仕事をしながら、仕事後にはトレーニングの毎日。ほとんどプライベートのない環境だったが、サーカスにももちろん “休日” はある。
休演日は毎週木曜日で、当時(2000年代)は月に1度だけ水曜・木曜の2連休が組まれていた。団員たちは休日に疲れた体をメンテナンス……するはずもなく、知らない土地を思う存分味わうために「行きたい場所」「食べたいもの」を細かくリストアップ。
というわけで今回は、巡業先でもさらに旅をする、旅を求めるサーカス団員の休日の思い出を紹介したい。
木下大サーカス名古屋公演は、7月13日の開幕以来、白川公園特設会場で連日大盛況を続けているようだ。夏休みから秋にかけて多くの観客を魅了し、いよいよ10月27日のフィナーレが迫っている。
そこで今回は、空中ブランコやオートバイショーで活躍している現役団員にインタビューを敢行。サーカス入団当時のエピソードや、サーカス生活ならではの苦労を聞いた。読めばきっと、フィナーレ直前の公演をもっと楽しめるはずだ。
世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団。舞台を照らすピンスポットも、音響卓の操作も身につけ、公演後のトレーニングにもなんとか慣れてきた。裏方ながら団員生活を楽しむ余裕も生まれていたのだが……
私を含め団員たちが本気で恐れていたものがある。
「台風」だ。ひとたび台風発生のニュースが出れば、進路図を睨みながら一喜一憂することになる。なぜなら直撃が決まった瞬間……サーカスの命である巨大テントを守るため、団員たちは『アルマゲドン』さながら暴風雨に立ち向かわねばならないからだ。
世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団して3年目。舞台を照らすピンスポットはすでに完璧にマスターし、私は次なる持ち場として音響卓の操作を任されることになった。
タイミングよく音楽を切り替えたり、効果音を鳴らしたり、開演前や休憩中、公演終了後のアナウンスを流したり……これまた舞台を支える重要な仕事だ。
さらに仕事ができる先輩・中尾さんから曲の編集作業なども教わり、充実した日々を送る……はずだった。
世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団して2年目の冬。京都・梅小路公園の夜は底冷えするほど寒かったが、公演を終えた夜のテントには体力を持て余したイキのいい若者たちが集まり、その場は異様なまでの熱気に包まれていた。
そこになぜか連行されるように混ざることになった私まで逃げ場のない地獄の練習に参加……余力をすべて削り取られる日々。当時は夢を追いかけるというより有り余ったエネルギーを使い果たすことに達成感を覚えていた。
22時過ぎに練習を終えると近所の銭湯へ直行。梅小路公園から歩いて行ける昔ながらの銭湯は23時頃まで開いていて、ボコボコ湯(バイブラ)に浸かりながら他愛ない世間話をするのが、あの頃のささやかなご褒美だった。
世界一のサーカスをめざし、ごく普通の大学生が木下大サーカスに入団して2年目の冬。気づけば2人のヤバい後輩に巻き込まれる形で、私も地獄の練習メニューに参加。練習生3人で心身の限界を超え続ける日々を過ごしていた。
一方で、練習の合間にも “サーカスの日常” がある。移動のたびに地元のスーパーや銭湯、うまい店を仲間内で共有し、夜はバーベキューや誕生日会で笑い合う。前回の内容が暑苦しかったので今回は “ほのぼの回” をお届けしたい。移動直後の舞台裏からどうぞ!
世界一のサーカスをめざし、ごく普通の大学生が木下大サーカスに入団。「旅は若いうちに」とはよく言うが、たった2年で横浜、鶴見緑地、岸和田、高松、沖縄、調布、新潟、柏、そして気づけば京都である。
そんな旅の途中でスターの血を引く15歳の彰吾 & 夜の街から飛び込んできた怪人物・マ〜シ〜が仲間入り……ここまで刺激が過剰だと落ち着いて仕事などしていられない。言うまでもなく、その後もヤバい展開が待っていた。
世界一のサーカスをめざし、ごく普通の大学生が木下大サーカスに入団。前回はテント裏のコンテナ暮らしにハマっていく様子をお伝えした。ステージで活躍している先輩方と “同じ釜の飯” を食らう日常。そんな中で現れた新人が……
スター家系の天才児・彰吾(15歳)だった。まさかの「両親がスター」「朝が弱い」「雑用をしない」「でも素直でかわいい」という問題児に、先輩風を吹かせられない私は相変わらず “使えない新人” のまま全国を旅していた。
そんな2年目の冬、なんともう1人の新人が入団してくることが判明! おっしゃーー! と思いきや……
世界一のサーカスをめざし、普通の大学生が木下サーカスに入団。客席後方からアーティストにスポットライトを当てる「ピンスポット」の担当となった私は、休演日の木曜日以外は平日2公演・土日3公演と毎日照明を当てながら特等席でサーカスを見ていた。
哀愁漂うトランペットで幕を開けるオープニング。トランペット奏者の合図でピンスポットは地上約14メートルの鉄棒の上に立つ男(服部さん)を照らす。服部さんは両手を広げたまま身体を前に投げ出し、グルングルンと大車輪を披露。命綱は付けていない!
「キャァァアアア!」という悲鳴が場内に響き渡る。ツカミはバッチリだ。服部さんの大車輪に合わせてライトもぐるりと円を描き、爆発音とポーズに合わせてライトを消す……よし! 客席後方で私は、服部さん以上にやりきった顔をしていた──。
木下サーカス名古屋公演は2025年7月13日に開幕する。現在は「場越し」と呼ばれる引っ越し作業の真っ最中だ。巨大テントだけでなく団員たちの住居なども “場所が丸ごと引っ越す” から場越しと呼ばれているとかいないとか。
会場の撤収作業は北九州公演の終了直後からスタート。客席や舞台装置などをコンテナにスキマなく積み込んで約100台のトラックで次の公演地(名古屋)へと出発。そんな大サーカス団の引っ越しとは……詳しくお伝えしたい!
木下サーカス北九州公演は6月30日に千秋楽を迎えた。今度は愛知県に場所を移し、7月13日から名古屋公演が始まる。サーカスではこの約2週間の引っ越し作業を「場越し」と呼ぶ。大テントも団員たちの住居も “場所が丸ごと引っ越す” から「場越し」だ。
つまり約3カ月に1度のペースでサーカス団員たちは「場越し」を行っている。感傷に浸る間もなく、最終公演が終わった次の瞬間にはもう団員たちはヘルメットをかぶり、作業着に着替えて会場の撤収作業を開始。
この約2週間で撤収・移動・設営・消防検査・リハーサル等を行って開幕初日! と、超ウルトラハード引っ越しを行うことになるのだ。では、入社間もない新人時代の私はどんな風に過ごしていたのかというと……
現在、木下大サーカスは福岡県北九州市の「ジ アウトレット北九州」で公演を行っている。会場はアウトレット敷地内の「北2駐車場」だ。16年ぶりの北九州公演ということで連日大勢の観客で賑わっているらしい。
今回は、会場に足を運んで現場で活躍している団員の皆さんにインタビューを敢行。旗揚げから123年を迎えた木下大サーカスの歴史や魅力について聞いてきた。読んだらさらにサーカス鑑賞が楽しくなるかも……!
世界一のサーカスをめざし……普通の大学生が木下サーカスに入団してしまった。年間観客動員数100万人を超える木下サーカスは「世界三大サーカス」の1つとして知られ、言うまでもなく世界中のトップパフォーマーが集結する大サーカス団だ。
団員たちは観客の期待に応えるべく、常に芸に磨きをかけている。毎年入ってくる新人の多くは、学生時代に優秀な成績を収めたトップアスリートばかり。
または芸術大学や音響・照明関連の専門学校を卒業し「華々しいサーカス・ショーを通して観客に感動を届けたい」「その喜びを共有したい」という思いを抱いて入団する者もいる。その一方で、普通の大学から勢いだけでサーカスに入団した私は……
「世界一のサーカスをめざし 新人募集」という看板を見てテンションが上がる人は、木下サーカスの団員に向いていると思う。かくいう私もテンションが上がって就職活動用のスーツを脱ぎ捨てた1人だ。
体操経験ゼロ、舞台音響・照明の知識もゼロ、なんならサーカスを見た記憶もない。いわゆる普通の大学生が、世界一のサーカスをめざし……勢いだけでサーカス団員になってしまった。
それから約11年半のサーカス生活で経験したことを少しずつ振り返りたい。今回は入団までの話である。