
こんにちは。カンです。
李相日監督の映画『国宝』は、日本で2025年に大きなヒットを記録した後、同年11月に韓国でも公開されました。壮大なスケールや華やかな舞台演出、そして歌舞伎の女方(おんながた)という珍しい題材によって、多くの観客から高い評価を受けた作品です。
しかしその一方で、韓国では「そもそも歌舞伎とは何なのか」という声も少なくありませんでした。映画自体は評価されているのに、歌舞伎という芸能についてはよく分からない、という反応も見られたのです。
こうした反応の背景には、日本と韓国の文化的な違いも関係しているのかもしれません。
・家名が芸になる世界 〜歌舞伎の世襲構造〜
まず、歌舞伎の世界では俳優の家柄や名前がとても大きな意味を持っています。多くの俳優は幼いころから家の中で歌舞伎を学びながら成長し、役柄や演技の型も家の中で受け継がれていきます。
つまり歌舞伎は、家と芸が強く結びついた世界とも言えるでしょう。俳優の名前そのものが芸の伝統や実力を表すこともあり、こうした仕組みはしばしば「世襲の芸」として語られます。
日本では比較的よく知られていることですが、このような構造は他の国の観客にとっては少し不思議に感じられるかもしれません。
・韓国の伝統芸能との違い
韓国にも、日本の能楽や歌舞伎に相当する『パンソリ』や「タルチュム」などの伝統的な舞台芸術があります。しかし、特定の家系が俳優としての地位を受け継いだり、家の名前そのものが芸の権威として機能したりする仕組みは、歌舞伎ほど強くはありません。
もちろん芸術家の家庭で育った子どもが同じ道に進むことはあります。しかし、家の名前自体が芸の象徴になるような構造は、韓国ではあまり一般的ではないと思います。
そのため、韓国の観客にとっては「世襲の芸」という考え方自体が少し遠いものに感じられるのかもしれません。日本の観客にとっては自然に見える世界でも、韓国の観客には少し不思議に映る可能性があります。
作中でキクオが最高の女方になるために強い執着を見せる場面も、日本ではある程度理解される一方で、韓国では「なぜそこまで?」という疑問と共に受け止められたのかもしれません。
・女方はなぜ生まれたのか
こうした視点の違いは、女方という存在にも表れているように思います。韓国の伝統芸能では、男性が女性の役を演じるという文化はあまり見られません。
しかし歌舞伎の女方は、単に男性が女性を演じているわけではありません。むしろ理想化された女性の姿を表現するための、独特な芸の形とも言えます。
一方で韓国の伝統芸能では、性別そのものがそれほど重要視されないことも多いです。パンソリやタルチュムの舞台では、役の性別よりも、物語や表現そのものが重視される場合もあります。
そのため韓国の観客にとっては、女性の役は女性俳優が演じるのが自然だと感じられるかもしれません。そうした視点から見ると、「なぜ男性が女性を演じるのか」という疑問が生まれるのも自然なことだと思います。
こうした文化的な違いが、映画の受け止め方にも影響しているのかもしれません。
・なぜこの物語は歌舞伎でなければならなかったのか
しかし不思議なことに、私はこの映画を観ながらそうした違和感をあまり感じませんでした。
むしろ印象に残ったのは、歌舞伎という伝統芸能そのものよりも、一人の人間が芸に人生を捧げていく姿でした。
女方という存在に馴染みのない観客にとっては、「なぜ歌舞伎でなければならないのか」という疑問が残るかもしれません。
芸に執着する物語であれば、他の芸術でも成り立つのではないか、という意見もあるでしょう。
しかし私は、この映画はやはり歌舞伎でなければならなかったのではないかと思います。
歌舞伎の世界では、家の名前がそのまま芸の名前になり、その名前が俳優の立場や役柄にも影響します。だからこそ、名門の家系ではないキクオと名門の家に生まれたシュンスケとの対立は、より強い意味を持つのではないでしょうか。
さらに女方の芸は、単なる演技ではありません。声の出し方や視線、動き、呼吸に至るまで細かな様式が求められる、とても繊細な芸でもあります。そうした特徴があるからこそ、『国宝』という物語は歌舞伎という芸能の中でこそ強く成立しているように感じました。
ある観客にとっては、歌舞伎の伝統は少し奇妙に見えるかもしれません。
しかし映画『国宝』は、それを無理に説明したり正当化したりしようとはしていないように思います。むしろ、その矛盾や執着も含めて、歌舞伎という芸の世界を静かに映し出しているだけなのではないでしょうか。
文化の違いは、ときに違和感として現れます。しかし、その違和感こそが、異なる芸術の世界を知るきっかけになるのかもしれません。
執筆:カン・へジュ(KANG HYEJOO)
Photo:Rocketnews24
カン・へジュ
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