がん治療中の母親が体力が落ちてしまい、外出に車椅子を使うようになったのが昨年の夏のこと。
車椅子は足の不自由な人が使うものだと思っていたが、急に身近なものになった。街なかで実際に車椅子を押してみると、見える世界が変わってくる。小さな段差ひとつが大きな障害になるので行ける場所が限られるのだ。
街を歩きながら「ここにお母さんと一緒に来ることはできるかなあ」と、気になるようになった。
健常者である私がバリアフリールートを使ったからといって、当事者の気持ちが完全に理解できるわけではないが……。1日バリアフリールートだけを使って東京の街を移動してみることにした。
・Google Mapの車椅子ルートを使う
Google Mapの移動オプションに「車椅子対応」という機能があるため、今回はそちらでルートを検索した。
これをオンにすると、階段を使わないルートが表示されるのだ。
・移動に際しては階段は使わずエレベーターで
・段差があった場合は迂回する
・電車の乗車位置は優先席付近にする
・トイレも車椅子対応を探す
など、独自でルールを課した。
今回の取材の目的地は新宿・小田急デパートのカフェ。
「車椅子対応」で表示されたのは、JR山手線を使った迂回ルートで所要時間は54分。
家から新宿までのルートでは、いつもなら最寄りの地下鉄から40分ほどなのだが……。
車椅子ルートだと地下鉄ルートが使えないらしいのだ。遠い……!
・全部がいつもと違う
家からその山手線の駅まで徒歩22分。
徒歩で行っても通常17分ほどの道のりのはずなのだが、22分といつもよりも時間がかかっている。
なるほど、徹底的に段差を避けるとこういうルートになるのか。ずいぶん遠回りだな……。
駅が目の前に見えても、エレベーターを探して上に上がらなくてはいけなかった。
山手線の駅についてからも、ホームに行くエレベーターを探して移動。
エレベーターが狭いので、車椅子と介助の人がひとり乗ったらもう乗れないなあ……。
ホームに着いてからも、車椅子マークの付いている扉の前まで移動して電車を待つ。だいぶホームの端っこだな。
本当に車椅子だったら、電車に乗るときに駅員さんにステップを持ってきてもらわないといけないので大変だ。
たぶん山手線の新型車両で、優先席の前に車椅子やベビーカーを停めて置けるスペースがある車両だった。
なんとなくここに立つことも多かったけど、今度からはこのスペースは空けるようにしよう。
・新宿駅到着
さて、そうこうしているうちに新宿駅に到着。
平日の昼とはいえ、新宿駅はめちゃくちゃ人が多い。しかも工事しているのでホームが狭いことこの上なし。
普通に歩いていてもホームの端は怖いのだが、車椅子や杖をついて歩くと考えると、かなりハードだと思う。
乗降者が多いので、エレベーターは1台見送り。
さて、ここで大きな問題が発生した。JR新宿駅から小田急デパートまで行く車椅子ルートが……。
地図上で途中から消えているのだ。
こ、これはどの改札を出ればいいの……?
新宿はなんとなく土地勘があったの西口方面の改札に出たけど、知らない土地だったら完全に道に迷っていた。
Google Mapでやっと再び地図が表示されたと思ったら……再び問題発生。
西口が大規模工事中でGoogleのルートが行き止まりに……!!
外に出るためには、エレベーターを探さなくてはならないのだが……。
ただでさえダンジョンな新宿西口、工事に加えてバリアフリールートに限るとさらにダンジョン度が増して難易度バク上がり。
人の往来も激しいのでスマホを見ながら車椅子で移動していたら危険だと思う。
工事で地図が使えないので10分ほどあっちをウロウロ、こっちをウロウロしてようやくエレベーターを発見し……
小田急デパートの地下入り口を発見!
すでに到着予想時間の54分はとっくに過ぎて、1時間半ほど経っている。
・よし、目的地についたと思ったら…
そして、小田急百貨店の目当てのカフェに行こうとしたのだが……。
ここでさらに驚愕の事実が発覚。
私が目指した店はデパートの2階ではなく中2階にあってエレベーターが止まらないのだ!
その店に入るためには絶対に階段を登らねばならないので、車椅子だと入店できない。
歩ければ10段ほどの階段。だがしかし、車椅子や杖だと行き止まりと同じ。
もちろん、これは私のリサーチ不足である。デパートにはエレベーターがあるからたぶん大丈夫だという思い込みがあったのだ。
車椅子の人はせっかく、遠回りして家から1時間半かけて来ても、店の前まで来て入店できなかった……ということが沢山あるのだろう。
・小田急デパートから会社まで
徒労に終わったまま小田急デパートを出て、新宿3丁目に会社へもバリアフリールートで向かう。
さすが大都会新宿、ほとんどの道がフラットになってはいたのだが……。
それでも歌舞伎町周辺は人が多くて歩きづらい。
ようやく会社付近に到着。慣れた場所に着いてホッとひと安心。
いつものように出社前にコンビニで飲み物でも買おうと会社の前の行きつけのローソンに立ち寄ろうとしたら……
よく考えたら会社の前のローソンは入り口が階段になっているから入れなかった!
普段は気にしたことがなかったけれど、そうか、ここは車椅子だと入れないんだな……。
コンビニひとつ行くのも調べなくてはならない生活。なんて不便なのだ。実はこれが一番ショックだった。
回れ右して、駅前のコンビニまで戻ってドリンクを買ったが……。
コンビニの中に入っても、通路に荷物が置いてあったら、車椅子だと通れない。
その後も、入り口に注目しながら歩いてみると世の中、思った以上に段差だらけで驚く。
ビルの入口に段差。
ラーメン屋さんの入口に段差。
私達にとっては意識もせずヒョイッと乗り越えられる小さな段でも、車椅子だと大きなハードルになってしまう。
・何をするにしても時間も労力もかかる
取材や出社をバリアフリールートに限っただけで、時間も移動距離も倍くらいかかってしまって、ドッと疲れてしまった。
この苦労は車椅子だけじゃなくて、ベビーカーを押す人も同じだろう。
私は歩けるけれど、自分が実際に車椅子に乗っていたら……たぶんもっともっと時間がかかるはずなのだ。
車が近くを通ったりすれば危ないので立ち止まるし、人混みでは人とぶつかったりしないようにする。車椅子の移動は慎重になるからだ。
神経を使うことが増えれば、外出自体が億劫になってしまうし、行ったことのない場所に行くのだって怖いと思う。
誰かの手助けが必要だったら、ちょっとした外出だってきっと我慢してしまっだろうと思う。(実際、うちの母も散歩は遠慮することが多かった)
実際には歩ける私が、たった1日かそこら、都会の街をあえてバリアフリールートを歩いたからと言って、障害のある人の苦労なんて1%も分かっていないと思う。
それでも誰か他の人の立場になって考え続けたいし、誰もが生きやすい仕組みについて思いを巡らせるのはきっと無駄じゃないと思っている。
執筆:御花畑マリコ
Photo:RocketNews24.
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▼ちなみに、今回訪れたデパートで車いす対応の多目的トイレがあるのは3階と8階のみ、オムツ替えなどで利用者が多いようで長らく使用中だった。
▼車椅子の移動だとほんの小さな段差でもけっこう怖い。ガタッといくからバックで乗り上げる必要あったりなど。