この時期、新生活が始まってウキウキとしている方も多いだろう。就職や転職、進学、引っ越し、新しい出会い。春って本当に素敵な季節だ。

しかし楽しいことだけではない。暖かくなるとどこからともなく湧いて出てくるのが変質者や痴漢である。

これは、過去に筆者が出会ってしまった痴漢の話。正直 語るよりも忘れてしまいたい嫌な記憶なのだが、同じような経験をする人が少しでも減ることを願い、実際に起きた出来事とその対策方法をお伝えしたい。

・車椅子の男性との出会い

今から10年ほど前の5月頃のこと。当時の筆者は上京したてホヤホヤの新卒社員。都会にはまだ馴染めず、週末訪れた新宿駅の構内を 半分迷いながらキョロキョロと歩いていた。

JR西口改札のあたりだっただろうか。車椅子に乗った男性から「助けてください」と声をかけられた。曰く、トイレまで車椅子を押してくれないかということ。

男性は白髪交じりで50代ぐらい。意外にもしっかりした体格に見えたが、車椅子のハンドリムに添えられた手はブルブルと震えている。確かに周辺はエスカレーターや階段が多く、車椅子だけで自力でトイレを探すのは大変なことだろう。

社会に出たばかりで日々やる気に満ち溢れていた筆者は、「困っている人は助けなければ」となんの疑いもなく快諾し、男性が乗る車椅子を押して百貨店の身障者用トイレを目指した。


・エスカレートする要求

いざ到着すると、男性の話は少し変わった。なんでも、車椅子からトイレに座り替えるのを手伝って欲しいというのだ。

少し戸惑ったのだが、1人で移動するのは難しいのだろうと無理やり納得した。そして言われるがままに体を支えてトイレに座らせた。

こちら側に寄りかかってくるような体勢の男性は想像以上に重い。両腕で脇のあたりを持ちながら「大丈夫ですか?」と声をかけ、必死で支えた。



ところが、男性の要求はさらにエスカレートした。なんと、そのままズボンを降ろすのも手伝うように言われたのである。お人好しが過ぎる筆者もようやく何かがおかしいと感じた。


──思い返せば、違和感は他にもあった。

人の手を借りなければトイレに移動できない状態で、どうして一般人、しかも女性である自分に声をかけたのだろう? 周りにはもっと力が強そうな男性もたくさんいたのに。

車いすからトイレへ移動するのを支えている時、こちらの肩とか腰とかを掴むときの手の力は普通に強かったような? 少なくとも、ズボンぐらいは自分でおろせそうだ。

それに、あれは支えていたっていうよりも男性が抱きつこうとしてくるのを遠ざけるような感じになっていたような。


………………。

「この人、本当は助けを借りなくてもトイレに行けるんじゃないか?」


気づいた瞬間に、背筋をゾワゾワと虫が這うような感覚が走った。

その後トイレの中でどのようにやり過ごしたのか、正確な記憶は残っていない。「無理です」と言ってトイレの隅っこへ移動し、男性が用を足すのを待ったような気がする。

そしてトイレから出たら逃げるように男性から離れた。たぶん、あれは痴漢の一種。騙されたんだ。男性を憎むよりも先に、世間知らずで馬鹿な自分を強烈に恨んだ。



・男性は常習犯?

あまりの嫌悪感からだろうか。男性に出会った時の記憶はスッカリ筆者の頭から抜け落ちていた。

思い出したのは数年が経ってからのこと。おそらく同じ人物からだろう。車椅子に乗った男性から痴漢被害に遭ったという女性が、ツイッターで注意を呼び掛けているのを発見したのだ。

ツイートを見た瞬間に記憶がよみがえり、あの時と同じように全身の毛がゾワゾワと逆立った。


男性は常習犯であり、また昔からよくある痴漢の手口らしく、ツイートのリプ欄には似たような被害を受けたという女性がたくさん声をあげていた。人によってはお金を貸すよう迫られたり、しつこく付きまとわれたりしていたらしい。

当時の筆者の状況を振り返ってみると……もしも男性がもっと踏み込んでくるタイプの加害者だったら、もしも自分がもっと深入りして手伝おうとしていたら。考えるだけで恐ろしいし、無事に帰れたことが幸運であったようにすら感じてしまう。



・被害を受けないためには

あの時、被害を受けないためにはどうすればよかったのだろうか? JR東日本に対応方法を相談してみたところ、このような回答をもらった。


「お身体が不自由な方に助けを求められた場合、お近くの駅員にご相談ください。今回のように犯罪に巻き込まれる可能性がありますし、本当にお身体が不自由な方であったとしても、一般の方が慣れない手助けをすることで転倒などのリスクがあります。

もちろん、トイレなどについて行くのは絶対に避けてください。駅員がいない無人駅であっても、お問い合わせ窓口へお電話をいただければ対応いたします」


ちなみに前述の被害女性のツイートには「駅員さんを呼びましょうか?」と聞くことで男性が逃げ、運よく難を逃れたというリプライも来ていた。被害を避ける対応としてはまず間違いないだろう。


誤解しないでいただきたいのは、大前提として車椅子を利用しているほとんどの方は悪意を持っていないということ。実際に階段やエスカレーター、段差などでうまく移動できずに困ることは珍しくないのだと思う(本来あってはならないし、今後もっとバリアフリー化が進まなければいけないのは間違いないが……)。


ただ 知っておいて欲しいのは、世の中には稀に人の善意を利用して自分の欲を満たそうとする悪い奴がいるということ。全体で見ると本当にごく一部の人間だが、確かに存在するのだ。

特にこの春新生活が始まったばかりの方は初々しさを察知され、かつての筆者のようにターゲットにされやすい。

大事なのは、1人でなんとかしようと思わないこと。なにかイレギュラーなことが起きた時は、周りの人々に助けを求めることを覚えておいて欲しい。

執筆:高木はるか
イラスト:いらすとや