
きたる2020年7月3日の「金曜ロードSHOW!」にて「レディ・プレイヤー1」が地上波初放送となる。ガンダム、AKIRAの金田のバイク、ゴジラにキティさんと、日本でもおなじみのキャラクターやメカが登場するスピルバーグの本作。楽しみにしている人も多いだろうし、間違いなくネットではトレンド入りすることだろう。
その「レディ・プレイヤー1」を見るにあたり、事前に見ておいた方が少しだけ良いのが映画「シャイニング」。気を利かせた日テレは、6月30日午前2時からの「映画天国」にて「シャイニング」をオンエア。
「レディ・プレイヤー1」に向けた事前知識としてご覧になった方が多いのではと思うが、きっとクオリティの高さに引き込まれ、見終わった後には恐怖と興奮で眠れぬまま夜明けを迎えたことだろう。せっかくなので、今回初めて「シャイニング」をご覧になった方のために、本作に関するちょっとしたトリビアを紹介しようと思う。
・作品を嫌う作者
「レディ・プレイヤー1」において、「シャイニング」は主人公たちが解かなければならない謎解きの鍵として言及される。その際のヒントが “A creator who hates his own creation.”(作品を嫌う作者)
映画「シャイニング」はキューブリックが監督だが、原作者はホラー界の帝王スティーヴン・キング。キングは1980年に映画が公開されたころから現在に至るまで、一貫して映画版を酷評。
しまいには自分でドラマ版の「シャイニング」を撮影し直したレベルで嫌っているのだ。ゆえに、上述のヒントから映画版「シャイニング」が登場する。
一般的な映画版「シャイニング」の評価は、言うまでもなく高い。商業的にも大成功で、演技、撮影技法等全方面でも評価され、後世に大きな影響を与えた。史上最もビッグなホラー映画のうちの一つと言っても過言では無いだろう。
そんな文句なしに成功した映画化を、なぜキングは嫌うのか……それは、映画と原作小説が、ほとんど別物になっているからなのだ。どれくらい違うのかをご覧に入れよう。
・実は
まずは有名な双子。彼女たちは小説に登場しない。一応、舞台であるオーバールック・ホテルのかつての支配人だったグレーディーが、ホテルにて家族を惨殺したという情報は小説でも出てくる。しかし映画のようにダニーの前に双子がやたらと出てくることはない。
そして、エレベーターからあふれ出てくる血。これも小説では登場しない。
ホテル前の、終盤でダニーがジャックから逃げまわるホテルの庭にある迷路。これも映画のオリジナル。小説では迷路ではなく、動物を模してカットされた木が植えられている。
そして、延々と「All work and no play makes Jack a dull boy」とタイプされているばかりのジャックの原稿。ジャックの狂気を印象付けるシーンだが、これも小説には登場しない。
このように、映画「シャイニング」において印象的な多くのシーンが、小説では存在しない描写だ。とはいえ、小説と映画では表現方法が変わるもの。尺の都合などもあるだろうし、これくらいのビジュアル的な改変は、よくあることな気がしなくもない。
・キャラが違う
もしかしたら、これだけならキングもそこまでキューブリックによる「シャイニング」を嫌わなかった……かもしれない。そう、まだあるのだ。実は映画と小説では、キャラクターたちの辿る運命や、人間性も違ったりする。
まずはジャック。映画において、彼は最初からどことなくヤバそうな雰囲気をまとっている感がある(ジャック・ニコルソンの顔的に)が、小説では妻と子供に優しいナイスなパパで、ヤバそうな感じとは無縁の男。
映画では執筆が上手くいかないストレスや閉鎖的な生活、そしてホテルに憑りついた悪霊たちによって狂っていったかのように見える。また、ダニーを傷つけたことについて、自分のせいでは無かったともとれるような言い訳をしたりと、そこまでいいヤツではなさそう。
小説版のジャックはアルコール依存症に苦しんでおり、酔った時にダニーの腕を折ってしまったことをとても後悔している。問題を抱えてはいるが、根はまともな人物となっている。
ラストも違う。映画では迷路で凍死するが、小説では色々あってホテルのボイラー室で爆死する。また、ホテルの壁の意味深な写真などから、ずっと昔にホテルに勤めていた人物の生まれ変わり的な描写があるのも映画オリジナルだ。
・キングがキレたウェンディの改変
そしてダニーのママであるウェンディ。映画をご覧になった方は、彼女についてどのような印象を抱いただろう。受け取り方に多少の違いこそあれど、恐らくは「頼りない」とか「ヒステリーぎみ」だとかそういう感じではなかろうか。
小説におけるウェンディは、もっと決断力と勇気を持った頼りがいのあるキャラクターとして描かれており、ダニーを守るために狂ったジャックに立ちむかう。このウェンディの改変についてキングは
“One of the most misogynistic characters ever put on film, she’s basically just there to scream and be stupid and that’s not the woman that I wrote about.”(映画史上最も女性嫌悪的なキャラクターで、ただそこにいて馬鹿みたいに悲鳴をあげるばかり。私が書いたウェンディはそんな女性ではない)
とBBCの取材で述べるほどブチ切れている。
・シャイニング
ダニーも割と違う。映画のダニーはその辺にいそうな普通の子供だが、小説のダニーは頭の切れる優秀な子供。タイトルの「シャイニング」とはダニーが持つテレパシーや予知を可能にする超自然的な能力のこと。
小説では一貫してダニーのこの能力が重要となるし、だからこその「シャイニング」というタイトルなのだ。しかし映画では序盤にちょろっと出てきただけで、シャイニングの力はそこまで役にたたない。
また、ダニーが鏡を見ながら指を動かして1人で会話していたトニーという「見えないお友達」的な存在。ともすれば「子供によくある空想」みたいな感じで流されそうだが、実はトニーは未来のダニーで、ガチに存在する。
・ディックは死なない
そしてダニーと同じ能力を持つディック・ハロラン。映画では序盤でちょっとダニーと話したり、途中でダニーの危機をテレパシーで察知する描写も。オーバールック・ホテルに舞い戻るが、ジャックに斧でワンパンされ、ほとんど何もしないまま退場する。
小説ではもっと頻繁かつ明確にテレパシーでダニーと交信しあい、窮地を脱するために割と活躍し、ダニーやウェンディと共に生還する。特殊な能力を持つがゆえに苦しむダニーのよき理解者としてダニーを支え、「シャイニング」36年後を描いた続編「ドクター・スリープ」にも老人になって登場する。
・オーバールックホテル
人物とは言い難いが、最も改変がなされたのはホテルそのものについてだろう。映画では過去に起きた惨劇由来の悪霊が憑りついている的な描写こそ共通だが、ホテルはホテル。ジャックを狂気に追いやったのは、あくまでストレスと悪霊的な感じがある。
しかし小説では、全ての元凶がこのホテルなのだ。原作においてホテルはギャング等に頻繁に利用されて血なまぐさい事件の舞台になったり、売春宿になったりと、多くの仄暗い歴史を持っている。ちなみにバスルームの裸の女は過去にホテルに泊まっていた弁護士の妻で、アレな薬をキメすぎて死んだという経緯がある。
長い期間にこのホテルでこういった惨劇が繰り返された結果、悪霊たちが住み着くようになり、ついにはホテルそのものが意思を持った悪意ある超自然的な存在へと変貌を遂げた感があるのだ。先に軽く触れたホテルの庭にある動物を模した植木を動かして、ダニーを襲ったりするレベルでアグレッシブ。
映画版のシャイニングでは、これらホテル関連は完全にカットされている。なお、小説のラストでホテルはジャックもろともボイラー室の爆発で吹っ飛んで終わる。そして続編の「ドクター・スリープ」では、ホテルにいた悪霊たちがダニーに憑りついていたことが発覚する。
・30年経っても
他にも細かいところはたくさんあるが、代表的なところだとこんな感じだろうか。この通り全く別物だが、映画版と小説版に優劣は無いと思う。まあ、キューブリック至上主義者は映画版こそ至高だと主張するだろうし、キング至上主義者は原作こそ至高だと主張するだろう。ここで言いたいのは、単に事実として別物という話である。
しかしこの違いが、本作における呪いじみたものとして30年経過した今も影響力を持ち続けている。2019年に映画化された「ドクター・スリープ」。映画の出来は良かったが、小説と映画のどちら基準かという点においては中途半端な感じだった。
一応は小説版「シャイニング」の続きである「ドクター・スリープ」の映画化なのだが、映画版「シャイニング」のファンにも配慮したのか映画オリジナルの要素も取り込んでおり、明確にどちらの続きなのかが曖昧になっている感がぬぐえない。詳しくはぜひ映画をご覧になって頂きたい。
まあ、キングとキューブリックという、ファンの数的にも各業界への影響力的にも拮抗しそうな二人に、絶妙に配慮した出来と言えなくもないが。
個人的には映画版「シャイニング」は一つの完結したものとして楽しみつつ、小説通りの「シャイニング」を見てみたくもある。当時より撮影技術も進歩したし、超常的な描写も上手くやれるだろう。「IT」のリメイクも上手くいったし、今の流れならイケる気がするのだが、どうだろうか?
というわけで、結構な分量で「シャイニング」の映画版と小説版の違いについて語ってきたが、一番お勧めなのはやはり原作を読むことだろう。ややページ数の多さにおののくかもしれないが、読み始めたらあっという間である。映画と同じくらい引き込まれるはずだ。
参照元:金曜ロードシネマクラブ、映画天国、CBC
執筆:江川資具
Photo:RocketNews24.
江川資具







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