2020年4月7日に発出された緊急事態宣言は、5月25日に全国で解除された。まだまだ予断を許さない状態ではあるが、これから少しずつ失われた日常を取り戻していくことになると思う。私(佐藤)は26日の午前中、買い物の用事のついでと食事をとるため「喫茶室ルノアール」へと足を運んだ。

思えば、飲食店を店内利用するのはいつぶりだろうか? 最後に利用した日を思い出せない。久しぶりに喫茶店で飲む淹れたてのコーヒーは、ため息が出るほど美味しく、テーブルに供されるものすべてが有難いと感じた

・生活の一部だった

外出自粛前まで、喫茶店は私の生活の一部だった。取材等で出かけることが多く、出先で作業をするのに頻繁に利用していた。また、ちょっとした息抜きの場として打ち合わせで利用することも珍しくない。こんな風に、喫茶店をどう利用していたかを説明するのも妙な感じがする。しかし、緊急事態宣言以降、1度たりとも行くことはなかった。


自宅で自ら淹れる、インスタントのドリップコーヒーの味気なさと言ったらなかった。美味くはない、だが不味くもない。味わうに値する何かが足りなかったのだ。眞踏珈琲店のデリバリーコーヒーを飲んでしまってから、やはり喫茶店の味は違うと実感。「出かけられるようになったら、まず喫茶店に行こう」と強く心に誓った。


・帰ってきた

ルノアールは、地域や店舗によって営業時間の短縮や休業による対応を行っていた。5月31日までをめどに短縮営業、並びに休業を継続。本格的な営業再開は6月1日からになるものとみられる。幸い、私の住まいから近い東京・中野北口店は臨時休業しておらず、朝から営業を行っていた。


久しぶりに店内に入ると『大正ロマン』をテーマにした店舗の装飾に、懐かしい気分になる。「帰ってきたな」という気持ち。久しぶりにお店の席に腰を下ろす。椅子の感触を確かめてクラシックのBGMに耳を澄ますと、少しずつ自分がもといた場所に馴染むのがわかった。


そういえば、ルノアールは4月1日から喫煙席でも紙巻きたばこを吸えなくなっていた。そういえば、飲食店での喫煙の扱いが、都内ではこの4月から変わったんだったな。正直なところ、それどころじゃなかったよ。


見るともなく壁や天井に目を向けてぼんやりしていると、「ご注文はお決まりですか?」とほど良い距離からスタッフが尋ねている。そうだ、注文をしなきゃ。「ブレンドコーヒー、それからAモーニング」。+60円でトーストとゆで卵、スープをつけることができたんだ。

自分のなかのルノアールが完全にリセットされている。トーストでいい、トーストで十分だ。60円という価格に改めて驚いた。


・人のため

ほどなく、コーヒーとモーニングが来た。真っ白いカップとソーサーにコーヒー、真っ白い器にスープとゆで卵、トースト。それから紙ナプキンと塩、コーヒーフレッシュにシュガー。それらが自分のためだけに、テーブルの上に置かれる。

家での飲み食いは自分で全部やらなきゃいけない。お店でサービスを受けるって、とても心地よいものだな。客だから、金払うからって言ったって、これら全部が当たり前じゃないんだ。


コーヒーをひと口含むと、深いコクと酸味、かすかな甘さが混ざり合って、舌の上を滑って食道を駆け抜けて胃袋へと達する。その軌道がわかる。鼻から苦みの余韻が抜けていく。長い自粛期間で委縮した心を解いてくれるようだ。

脱力、力が抜ける。心のなかの張りつめたモノがプツンと切れた。味がしている、インスタントドリップでは感じることのできない味がしている。

私が私のために淹れるコーヒーには、人のために向けられた想いがない。だから味気ないんじゃないのか。このコーヒーには、人に向けられた想いがある。ルノアールに限ったことじゃない。すべての飲食店で提供されているものには、人に向けた想いがあるはずだ。

まだまだ油断はできないけど、もう1度それらを味わいに行こう。自分だけでは味わうことのできない、想いを味わいに行こう。


モーニングを食べ終えて、またぼんやりしていると、スタッフが熱いお茶をもってきてくれた。


そうだ、そうだった。ルノアールはお茶を出してくれる。それさえも忘れていたよ。もうオールリセットだ。出かけられなくて衰えた筋肉を再び鍛えなおすように、頭も心も鍛えなおそう。やられっぱなしじゃ、かなわんからな


参照元:喫茶室銀座ルノアール(PDF
執筆:佐藤英典
Photo:Rocketnews24