私(佐藤)が上京したのは31歳になる年だった。それから早いもので14年もの月日が経ち、今では東京人ヅラしている自分を自嘲気味に笑う時がある。それまでの私の人生を一言で表すと「無知」だ。何も知らない、知らないことさえも知らない。恥ずかしい話、「喫茶室ルノアール」さえも知らない人生を歩んできた。上京して以降、ルノアールを知ることとなる。

本稿では、ルノアールのすばらしさと、関東を中心に展開する各店舗の知られざる魅力について、お伝えしたいと思う。その第1回は新宿・歌舞伎町のド真ん中にありながら、喧噪を忘れさせてくれる「新宿区役所横店」だ。

・喫茶店とは

私は取材に出かけたまま、外で仕事をする機会が多い。もしかしたら、編集部でもっとも外に出ている時間が長いかもしれない。急ぎでパソコンを扱う必要がある時には、まず最寄りのルノアールを探す。スタバではない。そもそもスタバは選択肢にさえも挙がってこない。なぜなら、たばこを吸えないからだ。

私の場合、基本的には「喫茶店に入る」ことはすなわち、「コーヒーを飲む」ではなく、「たばこを吸う」である。たばこの吸えない喫茶店は、喫茶店と分類しがたい。


・別世界

前置きが長くなった。これまでさまざまな地域のルノアールを利用してきたのだが、おそらくもっとも足を運んだのが、今回の新宿区役所横店である。「区役所横」というものの、真横にはなく、小さな通りを1本挟んでいる。

ここは歌舞伎町のほぼ中心にあたる場所だ。飲食店や娯楽施設、ホテルなどが多く立ち並ぶ繁華街であり、1日に行き交う人の数は都内でも有数、世界でも指折りの歓楽街である。そうでありながら、落ち着いた店内の雰囲気には癒されるものがある。店外との雰囲気の落差が激しく、一言でいうなら「別世界」だ。大げさではなく、まさに都会のオアシスである


・アイスコーヒー、ドリップで

ある日のことだ。いつものように喫煙席につき、アイスコーヒーを注文した。

注文するとスタッフに「水出しですか? ドリップですか?」と尋ねられる。毎度のことなので、今日は先んじて「アイスコーヒー、ドリップで」と頼む。ほどなく、ゴブレットに入った黒色の液体が運ばれてきた。水出しのクリアな口当たりも良かったのだが、少し涼しくなった秋口には、水出しコーヒーのキレは似合わない。ドリップコーヒーで気持ちを落ち着かせたい気分だった。


・イカツイ3人組の男たち

アイコスを1本吸いこみながら、ふとお店の奥に目をやると、なかなかイカツイ男性3人組がいることに気付いた。3人には明らかな力関係、いや主従関係に似たようなものがあり、ワイルドな内容の会話をしている。

世のなかにはいろいろな人がいて、それぞれに生活があるんだな。ルノアールはいつもそんなことを、さりげなく私に教えてくれる。有難いと思いながら思わずほくそ笑んでいると、3人のうちの1人が電話口の相手に「おい!」とイキった。会話の内容からかなり緊張感のある状況であることがうかがえる。再び「おい!」と威圧する、その声が何度か繰り返された。


・誰も何も気にしない

別の方に目をやると、高齢の主婦2人が世間話に花を咲かせている。何が面白いのかはわからないが、ケタケタと笑い、時には爆笑。そうしている間に、お店の新人バイトと思しき青年が、真新しいユニフォームを着てリュックを背負ったまま入ってきた。まさか、彼は自宅からアノ格好で来たのだろうか? 私の隣には、サラリーマンがスマホゲームに夢中になっている。

お気づきだろうか? 誰もあのイカツイ輩の「おい!」の声に反応していない。まるであの大きな威圧的な声が聞こえていなかったかのように、気にしていないのだ。


・威圧的な声さえも和らげる

これはすべてルノアールの成せるわざ。あまりの居心地の良さに、緊迫した空気を和らげて、別世界へと誘っているようだ。そこらへんのカフェで、「おい!」と大きな声が聞こえてきたら、店内は氷つき、人によっては店を出ていくかもしれないというのに……。まさにルノアールマジック。

しかも、ここは歌舞伎町のお店だ。危なそうなチンピラ風情が騒いだところで、スタッフは誰ひとりとしてピクリともしない。もしかしたら、出勤1日目だったかもしれない、あの新人さえも。


たくましさと懐の深さがこのお店の魅力。私がここに通う理由である。ちなみにこちらのお店は、2018年10月1日から月~土曜日の深夜営業を廃止する予定なので、利用する際は注意して欲しい。

・今回紹介したお店の情報

店名 ルノアール 新宿区役所横店
住所 東京都新宿区歌舞伎町1-3-5 相模ビル1F及び2F
営業時間 8:00~翌6:00 / 日祝8:00~23:00 → 10月1日より全日8:00~23:00

Report:佐藤英典
Photo:Rocketnews24