何があったのかを単刀直入に言おう。私は、素っ裸のゼウスが神殿の敷地内に仰向けで寝ているような錯覚にとらわれたのである。
……もっと具体的に言うならば、神殿の円柱がゼウスのアレにしか見えなくなったのである。
もちろん、神殿の円柱がゼウスのアレであるはずがない。ありえないことである。しかし、私はどうしても円柱を直視できなかった。なぜなら、私の頭の中にゼウスのこんな声が響いてきた(ような気がした)からだ。
「下々の者よ、見よ! 神レベルのサイズを!!」と。
それに対し、私は命乞いするかのように「おぉ、ゼウスよ」と言うしか無かったのである。
・錯覚にとらわれた原因は……
なぜ、こんなことが起きたのか? どうして私は敗北感に打ちひしがれなくてはならなかったのか? その原因はずばり、私が準備しすぎたからである。
というのも、以前の記事でお伝えしたように、ギリシャ神話に残っているゼウスのエピソードはほぼ全て不倫の話。早い話が、ゼウスはクズなのだ。そのエピソードを、ギリシャに旅行する前に私は一応調べていたため、先入観が強くなりすぎたのだろう。さらに!
ギリシャ神話を読むだけでは準備として不十分な気がしたので、私はホテルでゼウス好みの動画を物色。ゼウスの気持ちをより深く知るために、スマホで夜な夜な動画を見まくっていたのである。
その結果、通信量がかさみまくってプリペイドSIM代に数万円を使う羽目になっただけでなく、“あなたへのオススメ” の欄にエキセントリックな設定の動画ばかり並ぶことになったのだが、それはいい。私が言いたいのは、徹底的な準備をしてゼウス神殿へ向かったということだ。
・事態は手遅れ
「その徹底的な準備が、まさか仇になるなんて」と私が気づいたときには、もう遅かった。眼の前の景色が……
おかしいのだ!
神殿の円柱のはずなのに……
なぜかモザイクをかけたくなるのだ!
一体何が起こっているのか?
ゼウスは生きているのか?
よく分からないが、これではギリシャ神話に思いを馳せるどころじゃない。目の前でとんでもないことが行われている(ような気がする)のだから。さらに……!
・錯乱する
混乱した私が周囲を見渡したところ……さらに混乱が深まる光景が目に飛び込んできたのである。“ゼウス生きてる説” を裏付けるような現象と言うか何というか。とにかく、偶然とは思えないことが起きたのだ。何かと言うと……
天に向かってそそり立つ円柱の影が、
ハドリアヌスの門に向かって伸びていたのだ。
繰り返す! 天に向かってそそり立つ円柱の影が、ハドリアヌスの門に向かって伸びていたのだ!! それはまるで突き刺そうとするかのように……。少なくとも、私はそう見えた。
なので私はその場で足を開き、前屈姿勢になって肛門の力を抜いた。神を受け入れるために。運命を甘受するために。「おぉ、ゼウスよ」とつぶやきながら……。
──以上である。
当たり前のことではあるが、ゼウスが生きているわけはないし、神殿の円柱はただの円柱である。そんなことは十分わかっていた……にもかかわらず! 実際その場にいると、上のような錯覚に襲われてしまったのだ。
どうだろう? 準備しすぎることの弊害を、お分かりいただけただろうか? 重要なことなので繰り返すが、過剰な準備が、時には穏やかな旅情をぶち壊すこともある上に、プリペイドSIM代が膨らんで懐を痛めることにもなるのだ。それを痛感した私の経験が、これから旅に出ようとする誰かの役に立てれば幸いである。
[完]
Report:和才雄一郎
Photo:RocketNews24.
▼(注)ゼウス神殿はいかがわしい場所ではなく、めっちゃ荘厳な雰囲気が漂う神殿です