人間生きていれば色々とある。良いこともあれば悪いこともあり、嬉しいことがあれば悲しいこともある。だがしかし、戦国時代ではない現代において「人様の頭をカチ割った経験」を持つ人は限りなく少ないハズだ。

これは私、P.K.サンジュンが母から聞いた話──。今から30年以上前、母が父の頭をイスでカチ割った実話である。果たして夫婦の間で何が起きたのか? 母が父の頭にイスを振り下ろした理由は何だったのか? 詳細は以下でご覧いただきたい。

・気が強かった母

7年前に他界した私の母は、とても気が強かった。気と同じくらい正義感も強く、いい意味でも悪い意味でも裏表のない性格だったように思う。「みんなと仲良くできたらいいけれど、無理して好かれる必要はない」と悟ったサッパリした女性であった。

父とも年に1度か2度はケンカをしていたし、特に家族旅行に出かける当日の朝は決まって揉めていたものだ。ただ、私から見ると母は父には基本的に従順で、できる限り父を立てており、自分が間違っていれば素直に改められる性格だった。例えばこんなことがあった。

・父には従順だった

5人兄弟の末っ子として生まれた母は、両親や歳の離れた兄弟から甘やかされ、少々ワガママに育ったらしい。母の母、つまり私の祖母に対しても普段からそこそこ生意気な口を利いていたようだ。

そんな母と結婚して間もなく、父はそのことを知ると「親に向かってあの口の利き方はなんだ?」と注意したという。以来、母は祖母に対して生意気な口を利くことは無くなった。私からすると母がどれだけ怒っても、父に暴力をふるうなんて想像すらできない。

……んが、実際に母は父の頭をイスでカチ割ったという。それは私がまだ4歳、上の妹が1歳のときのこと。父の商売も上手くいっていた時期で、念願のマイホームを建築中、1年ほど住んでいた借り住まいアパートで事件は起こった。

・母から聞いた話

母は専業主婦で、幼い私と妹の面倒をみる毎日。幸せそうな家族に何が起きたのか? 以下で、私が初めて母からこの話を聞いたときのことを再現してみたい。


──ねえ。お父さんに暴力ふるわれたことある?

「ないわよ。お父さんがそんなことするわけないじゃない」

──だよね。もし1度でも暴力ふるわれてたらどうしてた?

「そんなのあんたたちを連れて出ていくだけよ。離婚してそれで終わりじゃない?」

──そっかー。ちなみにさ、お母さんがお父さんに暴力ふるったことってあるの?

「……1回だけあるわよ。大変だったわね、あのときは」

──え! あんの? どうしてどうして?

「ほら、家を建ててるときに1年くらい住んでたアパートあったじゃない? あそこでさ……」

──うんうん。

「お父さんがいつも通り夜の10時くらいに帰って来てさ、私に言ったわけよ……」

──なんて?

明日、引っ越すって

──ええぇぇええええ!

「もうそれで頭に来ちゃってさ、近くにあったイスでお父さんの頭をぶん殴ってやったのよ」

──んで、どうなったの?

「お父さんって絶対によけないのよね。だから頭から血がビュービュー吹き出しちゃって大変だったんだから」

──えええ……。でも「明日引っ越す」って言われたらそりゃキレるね。

「でしょ! もうさ、血を掃除するのも大変だったし、次の日に引っ越しするのも本当に大変だったんだから!!」

──え! 結局引っ越したの?

「引っ越すしかないじゃない! お父さん決めてきちゃってるんだもん」


……そう、母がブチギレた一言は「明日引っ越す」であった。イスで人様の頭をカチ割るなんて言語道断の行為だが、この話を聞いたとき私はごく自然に「そりゃキレるよな」と妙に納得してしまったことを覚えている。

ちなみに、武器となったイスは父が幼い私専用に自作したイスで、角材を組み上げただけのハードボイルドな仕上がりであった。その後も我が家では長らくそのイスを使用していたが、まさか父の頭をカチ割っていたとは知らずにいた。

人間、生きていれば色々なことがある。ちょっと腹が立つこともあれば、メチャメチャ腹が立つこともある。そしてタイミングによっては、夫の頭にイスを振り下ろすほど激怒してしまうことだってあるらしい。「明日引っ越す」は、できれば使わない方がいい言葉のようだ。

執筆:P.K.サンジュン
Photo:RocketNews24.

▼ちなみに父にこの件を聞いたところ、ニヤニヤしながら「覚えてないな」と話していた。