邦画史上に残る、さまざまな怖い家。注目の『変な家』のように家そのものを扱った作品のほか、日本の住宅特有の “湿っぽさ” が巧みに表現される作品も数多い。

中でも貴志祐介さんの小説『黒い家』を、エキセントリックに再解釈した映画版は強烈だ。3月15日(金)から2週間限定で、公式YouTubeチャンネル「角川シネマコレクション」にて無料公開中。

映画だけでも面白いが、小説版とは大きく異なる部分もあり、トリビアとして原作との違いをピックアップ。細部を比較してみて欲しい。

※以下、事件の犯人や結末を含む「ネタバレ」が多数含まれます。


・原作との違い① 物語の舞台

「昭和生命 北陸支社」で起こる保険金詐欺をテーマとし、石川県金沢市でロケが行われた映画版。

しかし原作の舞台は京都。京都御所、銀閣寺通、二条城など実在のランドマークが数多く登場し、距離感なども明確に描写されている。

主人公・若槻の勤める「昭和生命 京都支社」があるのは四条烏丸の交差点から北に入ったところ。

「黒い家」こと菰田家は、嵐山にもほど近い「嵯峨駅前駅(後に嵐電嵯峨駅に改称)」から徒歩10分ほどの場所。

若槻の住まいは御池通近くのアパートで、菰田家からは7、8kmの距離に位置する。

京都ならではの地理関係や交通事情がキーになる場面もあるので、撮影など大人の事情もあったのだろうが、舞台の変更はちょっぴり残念なポイント。


・原作との違い② 菰田幸子の人物像

大竹しのぶさんのために作られた映画、と言っても過言ではないほど強烈な印象を残す映画版。彼女の怪演なくしてこの映画は成立しないだろう。

息子を亡くしながら、悲しむそぶりもいっさい見せず保険金の支払いを迫ってくる菰田幸子。映画版独自の演出として、「黄色」がシンボルカラーとして使われている。

車やモーターボートを乗り回し、ボーリングやビーチで遊ぶ活動的な女性として描かれる一方、ほとんどまばたきをしない無表情な瞳や、抑揚のない話し方は「異様」のひと言。

原作の菰田幸子はかなり印象が異なる。人への共感性を持ち合わせない冷淡さは共通するが、「埴輪(はにわ)を思わせる」と描写される原作の彼女は、愚鈍で陰気な印象の女性。

ぼそぼそと話し、身だしなみにも気を配らず、独特の異臭を漂わせている。パチンコをたしなむのは同じだが、交通手段は錆びて汚れた自転車だ。拉致にはリヤカーを使う。


・原作との違い③ 若槻の人物像

主人公の保険会社主任・若槻の性格や家族関係も大きく改変されている。

演じるのは内野聖陽さん。臆病で気弱なサラリーマンとして描かれ、ややオーバーアクションな演技が印象的だ。

水泳が趣味というのは映画版独自の設定。隣のレーンも気にせず水しぶきを跳ね飛ばす行動が伏線になってくる。

若槻が飼っていた金魚の描写は、命あるものをなんの葛藤もなく苦しめられる菰田幸子の異常性を示しているが、これも映画独自の演出。

原作の若槻はもう少し理性的で落ち着いた性格。マウンテンバイクとオートバイを趣味にし、大学で昆虫学を学んだ青年だ。

兄の自殺がトラウマになっており、そこを菰田家に付け込まれるという背景があるのだが映画版ではカット。


・原作との違い④ お色気シーンは映画だけ

現代のコンプライアンスではなかなか実現できないような、生々しい性描写は映画版だけの演出。

たとえば菰田幸子が半裸で襲いかかってくるシーンや、ダンサーが胸を揺らして踊るバーは原作には登場しない。

犯罪心理学を専門とする金石と落ち合うのは、原作では木屋町通にあるスナックで、そもそも彼はゲイを思わせる人物だ。

また、おもに会社内部のシーンで、どこか昭和時代の邦画の雰囲気が感じられるコミカルな描写は映画独自。原作にはコメディ要素はまったくないので、違和感をもった人も安心して読んで欲しい。


・原作との違い⑤ もう一人の犠牲者、高倉嘉子

恐怖の一夜に若槻を支社に留めておくため「相談がある」と電話をしてきた保険外交員・高倉嘉子。

映画版ではカットされているが、原作では彼女の最期が明らかに。彼女は後日、左京区の宝が池公園で全身をめった斬りにされた惨殺遺体として発見される。

成績優秀な外交員だった彼女はメディアにも取り上げられ、菰田幸子に顔を知られていた。脅されて若槻に電話をしてきたが、さまざまな嘘を織り交ぜて危険を知らせようとする。

また、映画にもあった「研修の弁当が足りない」という描写は、菰田幸子が保険外交員の中年女性たちにまぎれてビルに忍び込んでいたことを示唆している。

なお、残された菰田重徳は飛び降り自殺を図り、未遂に終わった後に精神科に入院した。


・映画版には原作者も出演

いま原作の改変はどこまで許されるか、という重い問いが議論となっている。

原作者の中には「原作と派生作品はまったく別モノなので改変OK」という立場もあれば、「原作を壊して欲しくない」という立場もあるという。

どちらが正しいということではなく、原作者が納得しているかどうかが大事だろう。

本作は原作のあらすじをなぞりつつも、テイストは「大きく違う」と言っていいが、著者の貴志祐介先生が脇役として出演している。少なくとも良好な関係のうちに制作されたと言えるだろう。

保険制度の裏側をひも解きながら人間の怖さを描き出した原作小説、生々しく鮮烈な印象を残す映画、どちらも独自の魅力を放っているのでぜひ両方を味わってみて欲しい。


参考リンク:角川シネマコレクション
執筆:冨樫さや
Photo:PR TIMES、RocketNews24.

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