昨年7月。大阪『なんばグランド花月』の前を通りかかった私は、「当日券ありま〜す」の呼び声に思わず立ち止まった。『ミキ』や『笑い飯』をナマで見られるってマジ!? 全く予定になかったけど、ノリで入場しちゃおっかな? ちょうどヒマだしね!

その時、呼び込みスタッフの方に「今日は座長が出ませんけど、いいですか」と念を押されたことが何だか印象的だった。座長とは恐らく、吉本新喜劇の座長のことだろう。 “座長が出るか出ないか” って、そんなに重要なことなのだろうか?

・初めてのグランド花月

このとき、どのみち途中で退席する予定(夕方の新幹線で東京へ戻るため)だった私は、座長不在の件を了承し当日券を購入。次々登場する人気芸人たちに心をトキメかせた。

3分の1ほどしか鑑賞できなかった新喜劇もヒジョーに面白かった。こんなに面白いんなら、わざわざ「座長がいない」なんて言う必要ないと思うけど……ま、大阪にはお笑いにうるさい人もいるんだろうな。大満足で大阪を後にしたワタシ!


そして半年後……


再び大阪へやってきたワタシ!


・新喜劇リベンジ

「座長」という響きの重みが気になっていた私は、なんばグランド花月へ新喜劇リベンジを果たしに来たのだ。なお、この日は “新喜劇には間に合うけど漫才が見られない” という前回の逆パターン。次は必ず泊まりで来るから許してほしい。

この日のプログラムには間違いなく『小籔千豊』の名が記されている。あまりお笑いに詳しくない人でも、新喜劇の座長が小藪氏であることは何となく分かるだろう。

ここは敬意を込めて、あえて呼び捨てにさせていただくが……私はもちろん、テレビで何百回も小藪のトークを聞いたことがある。なんなら彼が参加するバンド『ジェニーハイ』の演奏を観に行ったこともあるので、生コヤブを見ること自体は2回目だ。

しかしながら、私はこれまで小藪に関して何らかの感想を抱いたことはない。特別好きでも嫌いでもない、よくバラエティで見る芸人。多くの人にとって小藪とは、多分そんな立ち位置なのではないだろうか。

そうは言っても、ナマで人気芸人を見られると思えば必然的にテンションが上がる。45分間の上演はあっという間に終了。人生で初めてマトモに見た新喜劇は……


うまく説明できないけど……スゴかった!!!


・最高だった

この日上演された演目『あの人は、ドクターY』は、一言でいうと「なんか妙な作品」だった。新喜劇といえば一般的に “ 何か事件が起きる → すごくインパクトの強いキャラが登場 → 事態はとんでもない展開へ ” ……といったパターンが知られるが、本作は特に大きな事件が起きるわけではない。

また “すごく変わったキャラクターが登場する” でもなく、 “一同がズッコケる” といった場面もなかった。ストーリーの起伏が少なくて、新喜劇ってこういうパターンもあったのか〜って感じ。正直、台本そのものを読んで笑えるワケではないと思う。

そんなシュール系現代劇のような舞台をいかに “笑い” に昇華させていたのかというと……他でもない。ひとえに小藪の存在感であった。小藪がほんの少し動くだけで、なぜだか分からないけどメチャクチャ面白い。あっという間に観客は小藪の魅力の虜になっていった。


これが “座長” ってヤツなのか……!


かといって、他の出演者が面白くないのかというと、決してそんなことはないのだと思う。なぜなら出演者の中には “一切ボケないキャラ” も複数人おり、恐らく彼らはコヤブに笑いを集中させるため、あえて笑わせない役柄に徹していたのではあるまいか。

まぁ私は素人のため、全ては想像でしかないが……とにかく新喜劇って、想像してたより全然奥が深そうだ。こうなったらプロに意見を求めるしかないな。


・プロに聞いてみた

ってことで東京に帰った私は、すぐさま当サイトの中澤星児記者に話を聞いた。彼は生まれも育ちも大阪。紛れもないプロの大阪人である。


──新喜劇の思い出を教えてください

中澤「土曜日の昼間にテレビで新喜劇が放送されるんです。少なくとも僕が子供の頃、大阪人はほぼ全員がそれを見ていたと思います。うちは両親共働きで、土曜日はオトンしかいなかった。土曜の昼はオトンが寿司を買ってきてくれて、僕は毎週バッテラ(鯖寿司)を食べていて……」

──毎週バッテラ……キツかったでしょう

中澤「いえ、僕は自ら望んでバッテラを食っていました。僕の寿司好きは、間違いなくあの習慣によるものだと思います。バッテラを食いながらずっと新喜劇を見ていたので……今でもバッテラを見ると、新喜劇を思い出すんですよね」


なんと! 回転寿司マニアとしてテレビ出演まで果たしている中澤記者、その原点には新喜劇が深く関係していたのだった! やっぱり大阪人の生活と新喜劇って切り離せないものなんだなぁ。新喜劇、面白いですよね!


中澤面白い……とは、思っていないですね」

──えっ

中澤「それはすごく難しいところなんです……今となっては『一周回って面白い』と思う部分もあります。ただ子供の頃の僕は、新喜劇を無言で見ていました。見るものがそれしかないから。新喜劇って “日常系アニメ” みたいなもので、すごくラクに見られるんです。別に見逃してもいいし。だから茶の間の賑やかしには持ってこいなんですよね」

──なるほど……大阪人にとって “新喜劇座長” ってどんな存在なんですか?

中澤「ずっと新喜劇を見てきた者からすると、小藪は座長にしては、ちょっと新喜劇以外のテレビなどに出過ぎな感はあります」

──それを苦々しく思っている?



中澤「いえ、タレント性がありすぎて新喜劇の座長っぽくはない、ってことです。たとえば池野めだか師匠とか、新喜劇以外にあまり出ないじゃないですか。ただ……小藪はすごいと思いますよ。彼が新喜劇の座長をやっていることに関しては、すごく新喜劇に対する愛があるんじゃないでしょうか」

──愛、ですか

中澤「新喜劇って “間” の笑いなんですよ。うまくアドリブができない人でも、ある型にハマったら笑いが起こせる。内容自体は面白くなくても『このタイミングでツッコんだら何となく面白い』とかね。そういうのを極めてる “劇団” なんですよね、新喜劇は。

小藪みたいなタレント性の強いタイプの芸人ってある意味、新喜劇向きじゃないとも言えるんだけど……そこをあえて座長になったことで、魂(たましい)見せたなぁって。僕はそう感じるんスよ」

──それ、大阪人の総意ってことでいい?

中澤「え…………はい(笑)。大丈夫だと思います!」


・衝撃の事実判明

う〜む。ちょっと意見を求めただけのつもりが、とんでもなくイイ話が聞けてしまったな。やはり新喜劇はあれで相当奥が深いもののようだが、同時にあまり気にせずガンガン見ればいいもの、ということも分かった。

調べたところ現在、気軽に新喜劇を見るには大阪へ行くしかないようだ。よ〜し、春になったら大阪へ行って、新喜劇ガンガン見るぞ〜!


と、思ったら……!



こ、小藪が夏で座長退任!!!!!!!!?


なんと、実は私が新喜劇を見るわずか4日前。小藪は突如「新喜劇の座長を辞めることになりました」と発表していたのであった。そんな話って、ある!? ひとこと言っといてくれよォォォオ!!!!!!!

とはいえ……調べを進めるうち、新喜劇が現在 “座長4人制” であることなど、意外な新事実が次々と判明。小藪がいなくなるのは寂しいが、新参者なりに「今後も新喜劇を見守り続ける」と決意させていただいた次第だ。とりあえず小藪が座長のうちに、もう2、3回大阪へ行くしかあるまい……!

参考リンク:Instagram @koyabukazutoyo_shinkigeki
執筆:亀沢郁奈
Photo:RocketNews24.

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