令和のナウなヤングにはピンとこないかも知れないが、ジュディ・オングが1979年に歌った『エーゲ海のテーマ〜魅せられて〜』は30代以上の日本国民ほぼ全員が知る大ヒット曲だ。80年代生まれの私も、当然の常識としてこの曲を口ずさむことができる。昔は今ほど音楽のサイクルが早くなかったワケなんだね。
テレビの歌番組で『魅せられて』を聴いた幼少期の私は「好きな男の腕の中でも 違う男の夢を見る」という歌詞に感銘を受けた。なんか “大人のイイ女” って感じでカッコイイ。でも「魅せられる」って、一体どんな状態なんだろう? 大人になったら分かるんだろか?
先日、人生で初めてギリシャの地へ降り立った私は、早速エーゲ海へと向かった。大人の女になった今、私はエーゲ海を見て「魅せられる」のだろうか……?
・魅せられたい
ちなみに『エーゲ海のテーマ〜魅せられて〜』(通称:魅せられて)の作詞は『プレイバックPart2』(山口百恵)、『DESIRE -情熱-』(中森明菜)などでも知られる大作詞家・阿木燿子先生。 “大人のイイ女” の心情を書かせたら右に出る者はいない御人である。
ギリシャの首都・アテネ中心部から車で30分ほどゆけば、ギリシャの玄関口たるピレウス港が見えてくる。ここからフェリーに乗って離島へ行けば、思う存分エーゲ海と向き合える……という寸法だ。
もちろん港から見える海も正真正銘のエーゲ海なのだが、さすがにコレで「魅せられる」ほど私は安くない。「魅せられる」にはムードやシュチュエーションも大切なのである。
目的地の『エギナ島』へはフェリーで1時間少々の道のり。料金は日によって変動するが、この日は往復2796円だった。これで「魅せられる」なら安い。
船は定刻通り出航し、気持ちの良い潮風がビュンビュンと吹き付ける。天気もいいし、来てよかったな〜!
・魅せられたい
出航から30分経過……早くもデッキには、1人たたずむ女性の姿がチラホラと見られ始めた。
あそこにいる彼女は恐らく「魅せられて」いるに違いあるまい。ところで今気づいたが、「魅せられる」という状態はサウナでいう「ととのう」に近いのではないだろうか? ととのい経験がないので自信はないが……。
ちなみに私はと言えば、今のところ全く魅せられる気配がない。
それもそのはず、私の前の席に陣取ったパリピ風の連中が『ムトゥ 踊るマハラジャ』みたいな曲を爆音で流し続けているのだ。これじゃ気が散って魅せられないじゃないか! ちなみに船内はタバコ吸い放題、ペット放し飼いOKの無法地帯。
逆を言えばこの状況で「魅せられて」いるデッキの女性は、かなり熟練した「魅せられ」の技術を習得していると言えるだろう。
さて目的地が近づくにつれて、だんだん海の透明度が上がってきたようだ。エーゲ海美しい〜!
透明度と比例して私のテンションも急上昇である。
少しだけ「魅せられ」の予感…………☆
・魅せられたい
エギナ島は小さな島。フェリーを下船するとすぐにメインストリートが広がる。
港には漁船や高級クルーザーが多く停泊しており、裕福そうなムードを放出しているぞ。
とりあえず腹が減っては魅せられるもんも魅せられないので、レストランでビールと食事を注文しよう。
この島の名物はタコをはじめとしたシーフード、そしてピスタチオ。
ピスタチオアイスうまっ!
さてお腹も満たされたのでビーチへ向かうが、想像したより浜辺が汚れていたため少し「魅せられ」から遠のく。
ただし海の透明度は抜群である。もうちょっと頑張れば魅せられそう……しばし待つ。う〜ん、それにしてもこの暑さ、たまりませんなァ……あっ! しまった、油断してたら蚊に刺されてしまった。カユい……暑い……でも透明度は抜群……う〜む、う〜む…………。
とかやってたら……
あっという間に帰りの時間になってしまいました。
・諦めかけたその時
エーゲ海はとっても綺麗だし、エギナ島は素晴らしい場所である。しかし「魅せられました」と胸を張って言えるほどの感情の高まりには……私は今回、至らなかったのであった。
やはり好きな男の腕の中で違う男の夢を見た経験のない自分にとって、「魅せられ」は予想以上にハードルの高いものだったようだ。こればっかりはマジで仕方がない。今後さらに成熟した大人の女になって、また来ればいいじゃないか。
……とはいえ、ここまで1週間ギリシャに滞在した体感から、私は「ギリシャはそう頻繁に来るところではない」という事実に気づき始めてもいた。この先再び訪れることもあるだろうが、おそらく最低でも5年以上は先の話……果たしてその頃、自分は好きな男の腕の中で夢を見られる身分なのだろうか? あ〜ぁ、なんだか悲しい気持ちになってきちゃったな〜! 帰ろ帰ろ!
と、その時だった。デッキの彼方に眩しい光を感じ、ふと顔を上げた私は……
ほぼ「魅せられ」た。
なんて壮大な夕焼け……そして穏やかに暮れゆくエーゲ海の美しさよ。行きは「邪魔だな」と感じていた往来する船たちも、今はどこか寂しげで情緒がある。ずっと眺めていると「海に落ちても怖くないや」といった気持ちになり、もしかすると「女は海」の境地に少し近づいたのかもしれぬ。
陽が落ちるにしたがって吹っ飛ばされそうな強風と寒さが襲うが、不思議とデッキを離れたくない。これは大体70〜80%くらい「魅せられて」いる状態と言っていいのではないか。
女が1人でエーゲ海に来たら「魅せられる」のか?
その問いの答えは「本人の感受性による」という、当たり前っちゃ当たり前の結果となった。ちなみに『魅せられて』のカップリング曲は『クレタ島の夜明け』……なんとジュディ、エーゲ海を見るだけでは飽き足らずクレタ島にまで到達しちゃっていたのである。さすが “ガチの大人のイイ女” はスケールがデカイ。
女なら誰にも、人生で一度は “エーゲ海へ行くべきタイミング” が訪れる。その瞬間を見逃すのか、思い切って行っちゃうのかは本人次第。もしも貴女がその時を迎えたら、海辺でそっと口ずさんでみてほしい……そう、『エーゲ海のテーマ』を……
南に向いてる窓を開け
一人で見ている海の色
美しすぎると怖くなる
若さによく似た真昼の蜃気楼
Wind is blowing from the Aegean
女は海
好きな男の腕の中でも 違う男の夢を見る Uhー Ahー UhーAhー
私の中でお眠りなさい
Wind is blowing from the Aegean
女は恋…………
〜 Fin 〜
執筆:亀沢郁奈
Photo:RocketNews24.