真っ青な海に高く吹きあがる白い霧。時折波の隙間から、黒く大きな背中が見える。世界中どの水族館に行っても見ることのできない動物・ザトウクジラの姿を、心ゆくまで観察する。

……そんな体験ができるはずだと思っていた時もありました。

筆者は確かにホエールウォッチングに参加してクジラに接近した。にも関わらず、ある事情によってその姿を拝むことがほとんどできなかったのである。

うぅ、どうしてこうなった……あまりに悲しすぎる結末だったので、本記事でその思い出を供養させていただきたい。


・期待度MAXで出航

2022年の12月末、筆者は家族と共に沖縄にいた。

人生で1度は自分の目で見てみたいと思っていたクジラとついに対面できるかもしれない。このホエールウォッチングは、今回の旅で最も楽しみにしていたと言っても過言ではないイベントだった。


朝8時という少し早めの時間にショップの前に集合し、他のお客さんと一緒に受付を済ませる。

その後はスタッフの方に案内されてショップの目の前にある港へ。停泊していたクルーザーに乗り込んで、今回のターゲットであるザトウクジラの生態や見つけ方をレクチャーしてもらう。


確率はかなり低めだけど、運が良ければ「ブリーチング」と呼ばれる大ジャンプも見られるそうだ。

おおお、これは是非見てみたい……! 皆の期待が最大限にまで高まったところで、いよいよクルーザーが出航した。


この日の天気は雲一つない快晴! 海のアクティビティにはうってつけのコンディションだ。

うわ~、やっぱり沖縄の海って綺麗だなぁ。もちろんクジラも楽しみだけど、ついでに船旅も楽しめそう!


……などと思っていられたのは防波堤の内側まで、だった。


防波堤を超えて外洋に入った瞬間、それまでは鏡のように静かだった水面が一気に波打ち始める。えっ嘘!? 陸から見た時は穏やかそうだったのに!!

レクチャーの時にスタッフさんから「船の移動中は立ち上がらないようにしてくださいね~」と言われていたけれど、なるほどこういうことかとすぐに理解した。

これでは何かにつかまっていないと確実に転ぶ。クルーザーの後方には壁がないので、下手したらそのまま海に落ちる。

これまでにも何度か船に乗ったことはあるけれど、こんなに揺れるもんなんだっけ? と思い返してみたところ……

そういえば過去に乗ったのは、フェリーなどの大型船や波の穏やかな湖の上を走る船だった。クルーザーサイズの船で外洋に出ると、こんなに波に揉まれるものなのか~!! 


ここで、出航前までは全く気にしていなかった「船酔い」の3文字が脳裏をかすめる。ここまで揺れるとなると、クジラを見つける前にもしかしたら……

い、いやいや、別に私乗り物酔いしやすいわけじゃないし! 念のため酔い止めも飲んできてるから大丈夫だ。そう自分に言い聞かせつつ、クジラを探すことに専念する。


・突然

──海上に出てから約1時間。筆者たちは、未だにクジラを見つけられずにいた。

沖縄のホエールウォッチングのベストシーズンは12月下旬からとされているけれど、実は最もザトウクジラが集まるタイミングはもう少し後の時期。

クジラたちは団体でやってくるわけではなく各々のペースで徐々に沖縄にやってくるため、12月下旬ではまだそれほど遭遇できる確率が高くないのだ。


スタッフさんたちも辺りを見回したり、おそらく他の船と連絡を取り合ったりしてくれているものの、なかなかそれらしき姿は見当たらない。

う~ん、やっぱりそう簡単にはいかないか。まあ、酔い止めを飲んだおかげか気持ち悪さも全くないし、まだまだ粘れそうだと思った瞬間……


胃が明らかに変な挙動をした。


あっ(察し)。これ、もしかして来ちゃったか? 念のためスタッフさんに袋をもらう。「全然気持ち悪くないんだけどな……」などと思っていたけれど……

数秒後、筆者の胃の中に入っていた物は袋の中に納まっていた。こうなるともうクジラどころではない。幸いなことに気持ち悪さは全くなかったのだが、とにかく胃が大暴れしている。

気持ち悪くなくても吐き気って感じるものなんだ……と頭の片隅で新発見をした気持ちになりつつ、たまらず座席に横にならせてもらう。ここからひたすら己の胃と戦う時間が始まった。


・根性勝負

うお~、これはさすがにちょっとキツい……早く陸に帰りたい……などと思い始めたその時、不意に「クジラがいました!」とアナウンスが流れる。


嘘でしょこのタイミングで!?!???


船の前方では、皆がクジラを発見したのだろう。波の音に交じって歓声が聞こえてくる。う、うわああああいいな~~~~っ!!!! 私だってクジラ好きなのに!! 

苦しいことは回避しまくってきた人生だけど、ここまで来てクジラを見ないで帰るなんてできるか……!!

「全然吐き気とかない、大丈夫大丈夫」と自分に暗示をかけつつゆっくり体を起こす。

とたんに船の揺れがダイレクトに体に伝わってきたけれど、すぐ先にはクジラがいると思ってなんとか1歩ずつ歩みを進めた。そしてついに……


いた~~~~!!!!! 波の間から見えるのは魚ともイルカとも違う、真っ黒で大きな背中。時々白い霧が吹き上がっており、そこにクジラがいることがはっきりと分かる。

これが野生のザトウクジラか……! ついに目撃できたその姿に、一瞬吐き気を忘れて見入ってしまった。

距離はそこそこ離れていたにも関わらずしっかりと目視できることから、どんなに巨大な体なのかがよく分かる。頭では分かっていたけれど、やっぱりイルカたちとはスケールが違った。

このままずっと眺めていたかったものの、数分にして胃が「揺れすごいやんけ」と勘づき始めたためやむなく撤退。人生で初めてのホエールウォッチング体験は、ほぼ船の上で横になっただけで終わってしまった。


・次こそは……!

一緒に参加しておりしっかりとクジラを観察できた妹によると、どうやら今回見つけたクジラは親子連れで子クジラのブリーチングも見ることができたらしい。どうやらかなり運のいい回を引き当てたようだ。

ぐお~~~っ、羨ましすぎる……! 私も次回は絶対に時間いっぱいクジラを観察してみせる……!

そんなわけで、もしこれからホエールウォッチングに参加される方がいたら慎重すぎるくらいに船酔い対策をしていくことをおススメする。せっかくの機会を無駄にしないためにも、良質な睡眠と酔い止めを忘れないようにしてくれよな。

執筆・イラスト:うどん粉
Photo:RocketNews24.