JR東海の「いざいざ奈良」で、西ノ京・平城宮跡編が始まっている。公開済みのCMでは、鈴木亮平さんが唐招提寺や平城宮跡を訪れる様子を見ることができる。

私は歴史の教科書でしか唐招提寺を知らないし、平城宮跡は近鉄の観光特急「あをによし」号で通過した際に見ただけだ。

そんな平城宮跡に来てみないかと、JR東海からプレスツアーに誘われた。要は、平城宮跡についてのPRの仕事だ。

しかし、車窓から見た感じ平城宮跡はただのクッソ広い原っぱだった気がする。いくらPR案件と言えど、さすがの私もただの原っぱの宣伝はできねぇぞ……。

・平城宮

やっぱ門があるだけの原っぱじゃないっすか。開始1秒で見るべきもの全てが見えちゃってるって。築1300年だったらヤバかったが、築25年はうちのアパートより新しいんだよなァ!!


鹿もいねぇし……とディスを加速させたところ、平城宮跡の発掘や研究を行っている奈良文化財研究所の方が登場した。

あまりにも平城宮跡をナメすぎている私に対し、ここは門があるだけの原っぱではないことをわからせるという。ということでまずは「平城宮跡資料館」へ。


この地を特急電車の車窓からしか見たことが無い私は、そんな施設があることすら知らなんだ

奈良県の話で東京に届くのは新しい門とか殿を作った時と、鹿の近況と、最古のゴキブリの話くらいだ。

平城宮=原っぱの中にそびえる朱雀門 みたいなイメージが強すぎて、マジで門の存在しか認知していなかった

出土品やらの扱いは奈良国立博物館とかでやってそうなイメージを抱いていたのだが、ガッツリ現場にこういう施設があったんか。


公式HPを見ると、常設展示では平城京の基本から、発掘に関する専門的な内容、そして最新の研究成果などを見ることができるもよう。

それらは驚くべきことに、Googleストリートビューで公開されている。ぜひ公式HP内「常設展示」ページ最下部のリンクからご覧いただきたい。かなり思い切った素晴らしい試みだ。

また、毎年それなりの頻度で特別展や企画展もやっているようす。この活発さはなかなか侮れない



・残ってる

平城京の歴史そのものについてはまあ、わりと誰もが義務教育で習うであろう通り。しかし、ここではマニアックな発掘手法なども知れて、非常に興味深い! 

また、当時は建材のリサイクルがコモンだったため建物が残っておらず、出土する柱などは捨てられたと思しきものが多いと言った話も興味深かった。

藤原宮の木材で、使えるものは解体して持ってきて平城宮で使用し、平城宮の木材もまた、解体して別の……という感じだ。

てっきり権力にモノを言わせて遷都のたびに都市丸ごと廃墟にしたまま、おニューの建材を使う的なブルジョアムーヴをしてたんじゃないかと思っていた。1300年前のジャパニーズはけっこうエコかつ効率的にやっていたらしい。

では、平城ソウルを宿した建物はもう一切残っていないのか……と思ったら、実はガッツリ残っている場所が近所にあるらしい。

それが、金堂がレジェンド級に有名な唐招提寺の……


講堂(国宝)


実は平城宮の後で唐招提寺にも訪れ、色々と話を伺った。今の講堂の姿は鎌倉時代に行われた改造によるものだそう。

平城宮との関係が判明したのは明治の解体修理の時ということで、わりと最近だ。明治まで誰も知らずに使っていたかと思うと胸が熱くなる。

ちなみに平城宮時代はこんな感じで仕切りや扉の無い構造だったもよう。仕えている役人などが出勤時に待機する場所だったらしい。



・大極門

マジに面白かった「平城宮跡資料館」。文字数的に結構なボリュームに達しているが、資料館の見どころはこんなものではない。皆さんも是非Googleストリートビューで見るか、奈良に行くと良いだろう。

平城宮跡を何もねぇ原っぱとか思っていてすみませんでした! それじゃあ私も反省して東京に帰りますね……となったが、奈良文化財研究所の方は、まだ終わっていないという。

平城宮跡におけるダウンタウンを朱雀門から大極殿までのラインだとすると、この資料館があるのは超僻地と言っていいくらい端の方だったのだ。東京で言えば奥多摩みたいなもん。


これより中心部に向かい、平城宮の真髄を知らしめるという。ということでやってきたのは大極門。


正直に言おう。これは、門だけ見てもぶっちゃけそんなに面白くない。その辺にいた社会科見学と思しき地元の中高生たちも、数分で興味を失ってスマホを弄っていた。

こいつの真の面白さに気付くには、この近くにある「第一次大極殿院 復原事業情報館」に行くべきなのだ……!


こちらではその名の通り、復原に関する展示が行われている。平城宮の建築物は、先に述べた通り解体されて建材がリサイクルされた。

そのため建物は残っていないので、デザインやらはよくわからない。文献も多くない。しかし復原するからには、どうにかして解明しなければならない。

復原事業情報館では、その辺の行程や、用いられた技術などを知ることができるのだ! なぜその部分がそういうデザインなのか……という疑問が、だいたいここで明らかになる。

例えば、この木でできた模型。


当時の建物は木組みだが、出土した遺物より、当時の職人は事前に縮尺模型を作って検討していたと考えられるそう。


つまりこの模型から、どんなデザインでどう組んだのかというのがわかる……と思うじゃん? 模型が出たなら完コピすればええやんと。

出土したのは、この黒い部分だけなのだ。


……は? 1ミリも参考にならねぇぇぇえええええ!!! ガンプラで言えば関節のポリキャップだけ出土して、そこから何の機体か当てるようなもんじゃねぇか! 

この木片から全体像を解明するなど、もはや狂気の作業である。推理がウリの探偵ものドラマに通じるエンタメ性を有した実話。

アラン・チューリングがナチスのエニグマ暗号を解読する映画はアカデミー賞をとったが、第一次大極殿院復原のドラマを映画化してもアカデミー賞行けるだろ。

大極門の近くには色々と細かい説明のあるパネルも設置されており、そちらも必読だ。


今は門の隣にあった東楼の復原を行っている。この辺からは、最古の立ちション禁止看板が出るなどしたとか。


最後は第一次大極殿から、かつての天皇陛下や、出入りしていたであろう超エリートと同じ視点で平城宮を眺めてフィニッシュ。



ということで、来るまではマジでナメにナメきっていた平城宮跡。「あをによし」号で横を通過した時は、果てしなく広がる原っぱの中に門が立ってるだけにしか見えなかったからだ。

なんならGoogleMapで見ても原っぱがメイン。近所に東大寺や唐招提寺、薬師寺などのレジェンドがある中で、平城宮に勝機は無いやろ……と、本気で思っていた。たぶん日本全国で、私と同じような人は少なくないと思う。

しかしいざ来てみたらどうだ。門やら殿やらは、ただそれだけ見てもぶっちゃけそんなに面白くない。オフィシャルの提供でも、そこは正直に述べようと思う。

しかし発掘と調査過程でのノウハウや、復原に至るまでのドラマも込みで見るとマジで面白いぞ! 平城宮跡はドラマとロマンに満ちている。

参考リンク:いざいざ奈良奈良文化財研究所国営平城宮跡歴史公園
執筆&写真:江川資具
ScreenShots:GoogleMap

▼新CM

メイキング。7月だかに撮ったそう。日本全国が殺人級の酷暑の中、長袖で秋っぽさを出している鈴木亮平さん。


▼第一次大極殿


▼第一次大極殿から見た東大寺。


▼朱雀門前の「朱雀門ひろば」には色んな施設がある。ここは「天平うまし館」。23年4月にリニューアルしたばかりだ。


遣唐使船。