JR東海が仕掛ける「いざいざ奈良」。鈴木亮平さんを起用したCMが話題だ。奈良といえば中学・高校の修学旅行先として、京都とセットでド定番のスポット。

私も高校の修学旅行で半日だけ行った……が、それが最後の奈良体験。以降は旅行先として検討したことすらない。神社仏閣なら京都にもあるし、京都で新幹線から乗り換えるのダルいし、なら京都で良くね? みたいな? 

そんな感じで全ての奈良民が激怒しそうなことを思っていたら、JR東海と近畿日本鉄道を刺激してしまった。奈良をナメている私に奈良のスゴさ……の前に、京都から奈良に行くまでのスゴさをわからせるという。

・近鉄

ということで、プレスツアーでやってきたのは京都駅の近鉄の改札内。ここに近鉄が誇る大阪・奈良・京都を繋ぐスペシャルなトレインがやってくるらしい。


おっ、あれか?


“SIGHTSEEING LIMITED EXPRESS“ ”あをによし“ 


・あをによし

これが2022年4月29日に運行を開始した、観光特急「あをによし」号。もうすぐ1周年。メタリック感のある紫色のボディから品格がただよっている。

公式HPを見ると、 “外装のカラーは天平時代に高貴な色とされた紫色をあしらっています” とのこと。これは昔の冠位制度を意識しているのだろう。

推古天皇が日本のトップだった頃に、甥の聖徳太子が冠位十二階という日本初の冠位制度を定めた。制度の内容や名称は時代と共に変化していったが、往々にして紫は高い位を示す色だったのだ。

名前の「あをによし」も奈良みが強い。奈良界隈で最大級のベストセラー本「万葉集」に掲載されている、小野老さんの和歌において “奈良(寧楽)” にかかる枕詞として知られる究極の奈良ワード!


正面の中心で輝くのは、草を咥えた鳥のエンブレム。これは花喰鳥。聞くと砲金製とのこと。現代風に言えば青銅のことだ。このエンブレムをデザインしたのは東京オリンピックのメダルを手掛けた方だとか。


「あをによし」号では、京都と差別化して奈良みを演出する目的から、奈良特有のコンテンツでひときわ強いものとして宮内庁所轄の正倉院に注目。その宝物に関連する意匠を取り入れているそう。花喰鳥も正倉院の宝物によく用いられている文様だ。

横も見てみよう。”奈良ゆき”と書かれた下に、クセのある花柄が大胆にあしらわれている。これは宝相華という架空の花の文様。


正倉院関連で、この白と奈良漬けみたいな色の宝相華といえば、螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)の背面に違いない。

世界で1つしか現存していない古代の5弦の琵琶。紫檀、今風に言えばローズウッドのボディを、螺鈿やべっ甲の象嵌(ぞうがん)で飾り上げた究極の一品だ。教科書に載っているし、日本一有名な琵琶だろう。



・車内

ここは京都駅だが、「あをによし」号の周辺は奈良に制圧されたといっても過言ではない……! 今回はこれで近鉄奈良駅まで行くという。続いて案内された1号車の内部はこんな感じ。


一般のお客さんが乗っていたので撮影は控えたが、2号車には個室みたいなサロンシートがあり、4号車にはソファーシートとライブラリーがある。


ホテルのラウンジかよ。


コンセントもついているし、Wi-Fiも完備。


このシートも実にグッド! 座ってみると、くるりと包み込まれるような感じがあって心地いい。


頭のあたりの両サイドの出っ張りが周囲からの視線を遮ってくれるのも最高だ! 椅子の向いている角度と合わさり、他のテーブルに座っているグループがほぼ視界に入らない。車両そのものは共用ながら、絶妙にプライバシーが確保されている感じ


・ロイヤル

ちなみにこの車両もストーリーがあるという。かつて、近鉄では新スナックカーと呼ばれる特急を運行していたそう。それらは全て廃止されたが、そのうちの1編成を改造し「あをによし」号として再利用。

その1編成が、新スナックカー時代にエリザベス女王の来日時にお召し列車として使用されたものなのだとか。しかも私が乗っている19301という車両は御料車だったらしい。


デザインから車両のヒストリーまで、あらゆる箇所に誰もが「へぇー!」となれる要素が含まれている!! 車両の内外を眺めるだけで観光が成立するとは、まさに観光特急。


・2号車

聞くと、2号車には色々売っている販売カウンターがあるという。見に行ってみると、ビールのサーバーがあった。ここで飲めるらしい。


ぜひ一杯キメたかったが、これでも仕事中なので断念。他にもバターサンドやプリン、オリジナルグッズも販売しているもよう。これは記念になるなぁ。


ここにはクールな記念乗車証も置かれていたので、皆さんも乗ったらとりあえずこれを貰いに2号車まで来た方が良い。2023年4月29日からは1周年記念Verを配布するそうだぞ!


そんな感じで堪能していると、窓の外に朱雀門が見え、ほどなく近鉄奈良駅に到着。


もうちょっとゆっくりしていたかったが、車内外を眺め回っている間に降りる時間が来てしまった。時間にしてたったの34分しか乗れていない。毎日乗ってる通勤電車だってもっと長いぞ。

2倍か3倍くらいの乗車時間でちょうど良いのではないかというレベルだ。しかも、ここまでの大人1人あたりのお値段は、たったの1490円!(2023年4月時点) 

ソロ旅でツインシートを1人で独占したい場合は、自分の分の乗車券・特急券・特別車両券に加え、子供分の特急券と特別車両券を追加で購入すればいいらしい。

京都~近鉄奈良間であれば、大人1人分の1490円にプラス370円(2023年4月時点)でツインシートを独占できるということ。詳しくは公式HPの運行料金を見て頂きたい。


・哀しみ

ああ、しかし、なんということだろう。私は今、「あをによし」号が抱える余りにも哀しい弱点に気付いてしまった。

記してきた通り、「あをによし」号は圧倒的な奈良力(ぢから)をまとっている。車両の内外は驚くべき仕上がりだ。窓も広く眺めも最高で、大和西大寺から新大宮間は両サイドに平城京の跡地が良く見えた。

素晴らしい乗車体験に対し、破格の料金設定。近鉄のおもてなし精神とか、良いものを提供しようという心意気が溢れている。

しかし、こうして限界突破したクオリティは、京都から近鉄奈良間の34分という乗車時間を余りに短すぎるものに感じさせるという問題を生み出してしまっている。

そういえば前に、近鉄奈良線は大阪方面の眺めも凄いとバズっていたのを見たことがある。確か生駒山を抜けて高台から、大阪の都心部分までが一望できるとかいうヤツだ。

窓がデカく、シートを独占できる「あをによし」号からの眺めはさぞいいことだろう。大阪方面もマストと考えると、今回の私の乗った京都から近鉄奈良間だけでは、車窓面でも「あをによし」の全力を味わい尽くせていない。

では、この素晴らしいクオリティを堪能するには、どこからどこまで乗るべきだろうか? 答えは1つしかない。最長の大阪難波駅から京都駅間だ。それでもたったの1時間14分

内外の写真を撮り、椅子の座り心地に感心し、ビールやお菓子などを食べ、さらに車窓を楽しむには足りない気がする。ベストは最長ルートを往復するスタイルかもしれない(第1便と第8便になるが)。

しかしそれは奈良で下車しないことを意味する。これだけ奈良力が高い車両なのに、圧倒的なクオリティを堪能しきるには奈良で降りないという選択肢が出てきてしまう……! なんというジレンマ。


ということで、素晴らしすぎて片道だと満足しきれないことは確かだが、京都や大阪から奈良に向かう道中の楽しさが爆上げされたこともまた確か。

皆さんも是非、この乗車時間・移動距離・料金に対し、計算がバグってるんじゃないかというほどクオリティが盛られた「あをによし」号に乗ってみてくれ! もう新幹線で乗り換えて奈良入りするのは全くダルくない。むしろ観光の本編冒頭部分。

参考リンク:あをによし
執筆&写真:江川資具

▼天井などの天平文様も凝っている。この部分はオレンジ色の照明で照らされているため、薄い色の文様は意識して見ないと気付けないかもしれない。精巧さがマジで凄まじいことになっている。


▼4月1日から28日の期間に先着1000名で、JR東海と近鉄のコラボを記念した巾着が貰える。「あをによし」号乗車当日か前後3日に、EXサービスで東海道新幹線に乗車・予約した人が対象。引換えは「あをによし」号2号車の販売カウンター。


▼バターサンドを頂いた。気合が入った格好いい箱。


金箔が乗っている。ウマい。


大仏プリンもある。


ビールは瓶もある。

▼あをによし