誰にでもなんとなく人生がどん詰まりに感じるときってあると思う。そういうとき、私はだいたい本を読んできたように思う。

ネットニュースの記者がこんなこと言うのもなんだが、心が疲れているときにネットを見ると心がズンと重くなる。結局、悩んだときは本と自分だけの世界に没頭できる読書が一番いいと思っている。

最近読んだ『芸人という病』(双葉社)はそんな「人生なんとなくどん詰まり気分」のときに寄り添ってくれる1冊であった。

長い潜伏期間を経て「THE SECOND」準優勝で再ブレイクを果たしたマシンガンズ。ツッコミ担当の西堀氏が「売れない芸人」たちの生活に密着した芸人ドキュメンタリー本なのだが……。

・貧乏でも楽しそうな売れてない芸人たち

この本に登場するのは、自身が撮影・編集を行うYouTube「西堀ウォーカーチャンネル」に出演している、土木作業で稼いだ金をその日に使ってしまう芸人、定期的に無観客単独ライブを開催する芸人……といった面々。

共通しているのは全員が「長年売れていない芸人」ということ。コアなお笑いファン以外からはほぼ無名。さらに若手というには年を取りすぎており、もうM-1にもR-1にも出られない年齢になっている。

彼らの常人とは違ったブッ飛んだ生態(あるいは妙に慎ましすぎる生態)が西堀氏のYouTubeの人気コンテンツになり、ついに本にまでなった。

「売れない芸人」のドキュメンタリーというと、悲惨な苦労話が思い浮かぶかもしれないが、彼らはなぜかちょっと楽しそうだったり、妙に達観したりしているのだ。

同じく売れない芸人時代が長い西堀氏が彼らに売れてないし金もないし、いい年なのになんで芸人を続けているのかということを質問していく。これは同じ立場だからこそできるのだろう。



・破綻してるようで破綻してない、ちょっとだけ破綻してる生活

今はなにかと成果や成功を求められる時代であり、コスパやタイパ(タイムパフォーマンス)が重視され、無駄は嫌われる。それを思えば、何十年も売れない芸人を続けているのはコスパもタイパも最悪ということになる。

さらに彼らはチャンスがあれば売れたいけど、売れるための積極的な努力はあまりせず、ひたすらチャンスを待っている。

ある者はなぜか謎の無観客無配信ライブを続けており、あるものはトーク主体のテレビは合わないと感じて、寄席でのライブや営業(お祭りやイベントのステージに立つこと)に軸を移したという。

全員がいい年をしてバイトをしながら芸人を続ける生活をしているにも関わらず、ほぼ全員が迷いなく

「ずっと芸人でいたい」

と語っているのである。

これまで一緒に地下でライブをやってきた永野やハリウッドザコシショウ、錦鯉が突然ブレイクしていて、一夜にして一攫千金が狙える世界だということもあるが、芸人を続ける理由はそれだけではないようだ。



・繰り返される「芸人はストレスがない」という言葉

どうしようもない苦労話や貧乏話、器量の悪さといったウイークポイントが強力な笑いの種に変わるという芸人ならではのイリュージョンもある。たしかにそれは納得できる。

だけど、個人的に一番印象に残ったのは


「芸人生活はストレスが少ない」

「今より収入が増えたとしてもストレスがたまる仕事はしたくない」


と、ほぼみんなが言っていることである。苦労も貧乏話も、芸人仲間とのライブの打ち上げの肴になって笑いあえる。芸人なので基本的にみんな話していて面白い。その状態を西堀氏は「ずっと文化祭が続いてるような毎日」と表現していた。

社会人をやっていると、仕事内容だったり人間関係だったりでストレスはある。仕事で楽しいことがある方が少ないかもしれない。生活のためにやりたくないことをやっている人のほうが圧倒的に多いことを考えると、彼らは幸せなのかもしれない。


・夢と理想との折り合いをつける

いっぽうで、普通の暮らしを送っている人からすると、彼ら「売れない芸人」の生活はツッコミどころが多い。「今はまだそんな暮らしでどうにかなるけど、老後はどうするんだ」「汗水たらして真面目に働くべきだ」などと将来を見据えてアドバイスする人もいるだろう。

一般論や常識を持ち出して人の夢を潰すなんて簡単だ。だけど、彼らの生き様はそんな一般論なんかよりずっと達観している。



売れない芸人を続ける彼らの言葉を読んでいると、自分が世間一般の成功の価値基準に合わせて、もっと稼がなくては、もっと努力せねばと思ってきたことに気付かされる。

SNSにキラキラした生活がアップされていたり、胡散臭いお金稼ぎの方法が流れてきたり、暗いニュースが多かったりと、なんとなく焦らされることの多い世の中にあって、この本はなぜか読んでいるとホッとする。

登場する芸人たちの姿を見ていると、自分なりに夢と折り合いがついていて、楽しく生きられているなら、世間的な成功はしてなくてもいいのではないか……と思うのだ。自分の夢と現実にどう折り合いをつけるか。そのヒントが隠されているように思う。

ちなみに、芸人たちのインタビューの前には彼らのリアルな収入と支出の家計簿が掲載されている。

そこで「月にいくら収入があったら満足か」という質問があって、大半が「30万円」と答えているのが現実的だった。

ここに出てくる芸人たちが、月収30万円を得られるようになって、死ぬまでお笑い芸人でいられる世界であってほしいな……と思うのだった。


参考リンク:双葉社
執筆:御花畑マリコ
Photo:RocketNews24.