廃墟、廃校、廃線など、ノスタルジーをともなう不思議な魅力で人を惹きつける生活遺構。とはいえ多くの場所は人里離れた山奥であったり、立ち入りが危険だったり、法的・倫理的にアウトであったりと、訪問のハードルは低くない。

しかし福島県には、昔ながらの和船を借り切って、船頭を兼ねたガイドさんとともに安全に廃村を訪ねられるツアーがある。「霧幻峡(むげんきょう)の渡し」に乗って、かつては船でしか行き来ができなかったという秘境を訪ねた!


・かつての生活航路「霧幻峡の渡し」

それは会津若松市や喜多方市からも遠くない、奥会津エリアにある。深く切り立った峡谷に流れる只見川。これだけでもう秘境ムード満点である。

かつて流域には橋や道路がつながらず「船でしか行けない」集落があり、どの家でも家人みずから「マイ舟」を自家用車のように乗り回していたのだとか! 

そんな生活の足を、観光用に現代に再現。夏の朝夕には一面の川霧でおおわれ、幻想的な雰囲気になることから “霧幻峡” と命名された。その光景は「夢か幻か」「奇跡の絶景」などと称されて国内外で有名に!

船着き場には待合室などはなく、時間になったら船頭さんが来てくれる。料金もそのときに支払う。

簡易トイレだけはあるので用を済ませておこう。船で周遊する「周遊プラン」は約45分間、村に上陸する「散策付きプラン」は約90分間のコースとなる。

乗るのは昔ながらの平底の和船。かつては子どもたちが遊びながら操船を覚え、自分で対岸に渡っては列車に乗って学校に通ったのだという。しかもダムがなかった当時は今ほど流れが緩やかではなく、急流の勢いにのって斜めに下っていったという。たくましい……!

ライフジャケットを着用して出発だ。いざというときの安全対策として船外機も積まれている。

霧の季節ではないのだが、山々の深い緑が目に鮮やか。各所にダムがあるせいで、川面は鏡のように穏やかだ。

しかも手こぎなので、人工の音がまっっったくしない。時間が合えば全国屈指の秘境ローカル線、只見線が走っている姿が見られるというが、それ以外の時間は静寂そのものだ。

舟は滑るように、ゆっくりと進む。予約枠も限られているので同時に何艘も出航することはなく、周囲には誰もいない。見渡す限りの山、鳥の声、柔らかい秋の陽光。贅沢すぎる……!

自分がどこにいるか忘れるような、不思議な浮遊感に包まれる。川霧の季節だったら、本当に異世界に迷い込んだような気になるだろう。

クルージング時間は20分ちょっと。ほどなく山あいに青い屋根が見えてくる。かつて10戸が暮らし、約60年前に廃村となった三更(みふけ)集落だ。



・廃村を訪ねるウォーキングツアー

対岸の船着き場に到着。ここからはちょっとしたウォーキングツアーとなる。坂道も多いので歩きやすい靴で参加しよう。

最初に訪れるのは廃村の原因となった「玉造硫黄鉱山跡」。採算悪化のためわずか7年で閉山になった硫黄鉱山で、採掘穴の埋め戻しをしなかったために水がたまり、大崩落を引き起こした。

ほとんど人災と呼べるもので、何度も予兆があって集団移転が進んでいたため奇跡的に死者が出なかったのだという。廃墟や廃坑につきものの怪異譚とはまったく縁がないので安心して欲しい。むしろ後述するように、運気を上げるパワースポットとして知られている。

道沿いにところどころ現れる平地は、かつての住宅跡。しっかりヤブが刈られ、きれいに整備されている。崩れゆくままに放置されている荒れた廃屋は一軒もない。

元住民はすぐ近くの高台に移転しており、現在は道路で行き来ができるため、たびたび訪れているのだという。大事に手入れされていることがわかる。

霧幻峡のシンボル、往時のままの「霧幻地蔵」。

そもそも三更という地名は、地震や地滑りなどの度重なる災厄で三度も集団移転していることからネーミングされたのだとか。この地に移ってからは300年のあいだ住むことができたが、そこで前述の鉱山跡の崩落にあう。

それでも死傷者を出さず、無事に集団移転できていることから、近年パワースポットとしても注目を浴びているという。安全のご利益がありそう。

眼下には只見川がよく見える。幼少期に操船を覚えた元住民は、現在でも普通に舟をこげるという。何度もやっているうちにあるタイミングで突然に体得し、その技は一生忘れないものらしい。自転車の乗り方みたいだ。

最奥部には古民家が残る。川から見えていた建物であり、現存する唯一の家屋でもある。


雪が玄関の両側に落ちるように切り立った屋根をもつ曲がり屋。


現在は個人所有の別荘となっているが、船頭さんの案内のもと見学が可能。


往時の古写真も見せていただいたが、立派な家々が並んでいることがわかる。かなり大きな家が隣接して建っており、人の気配の感じられるにぎやかな集落だったろうと思う。

我々も引っ越しで住まいを移すことは普通にあるが、「住んでいた場所がエリアごとなくなる」という経験はそうそうない。

計画的に集団移転し、大事に保存された「明るい廃村」なのだが、それでもやはり「失われた暮らし」がしのばれて切なくなる。

もちろん筆者はこの村の出身ではないし、手こぎの舟で川を渡った経験もないのだが、懐かしさや寂しさが込み上げるような……まさか前世の記憶?

違う違う。世の中にはなくなったら二度と戻らないものがたくさんあり、それは幼少期の原体験だったり家族だったり郷土の風習だったりするが、自身がなくした風景とオーバーラップするからだろう。

再びライフジャケットを装着し、同じ航路を戻ってツアーは終了だ。1人の船頭さんがマンツーマンでガイドしてくれ、質問なども自由にできる非常に贅沢なツアーとなっている。

その分、1日に予約可能な人数も限りがある。もし大勢の観光客が殺到したらこの風情もなくなってしまうのではないかと思う。“最後の秘境” と呼びたくなるような場所だ。



・完全予約制で、11月下旬まで運航

「霧幻峡の渡し」は完全予約制で、11月下旬まで運航。夏の霧のシーズンはもちろん、紅葉の時期も素晴らしいと思う。

周遊プラン(2名まで6,000円、3名以上は1名あたり3,000円)と、散策付きプラン(2名まで8,000円、3名以上は1名あたり4,000円)があり、どちらも1グループ貸し切りだ。

福島を訪れることがあったら、ぜひとも乗船してみて欲しい。ホラー映画に出てくるような「いかにも」な廃墟や廃屋の代わりに、日本の原風景に触れるような感動体験が待っている。


参考リンク:霧幻峡の渡し
執筆:冨樫さや
Photo:RocketNews24.
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