シンガポールを訪れて5日目にもなると、だんだん行くアテがなくなってくる。仕方がないので今回3度目のマーライオンへ……いやぁ、それにしても暑い。来たばかりではあるが、暑すぎてマーライオンどころじゃないのでホテルへ帰ろうっと。

……と、その時だった! 私の後頭部に一瞬、鋭い痛みが走る。何者かにボールをぶつけられたような感覚だ。一体誰がそんなひどいことを!? ……と、さらにその時だった! 一連の流れを目撃していたオジサンが私に駆け寄り、満面の笑顔でこう告げたのである。

「君はラッキーガールだ」と……!

・で、誰!?

立ち尽くす私に、満面の笑顔をキープしたままオジサンは頭上を指差した。

ハハ〜ン……なるほど。どうやら頭上には硬い実を有する木が生えており、それが偶然にも下を歩く私の後頭部を直撃した。「こんなことは滅多にない。だから君はラッキーである」と、オジサンはそう言っているワケなのだな。

オジサンは木の実を拾い上げ、なぜか私に「ついてきなさい」と言う。海外旅行のセオリーとして、見知らぬ男についていく行為はタブー中のタブー。しかしながらシンガポールが極端に治安のよい国であること、また記者としての好奇心から、私は彼の後を追うことにした。危なくなったら逃げればいいじゃないか、うん。

自らを「デイビッド」と名乗るオジサンはバリバリの華僑(中国系移民)。「年に2回はトーキョーのマルノウチへ行くよ」と言い、大手企業のロゴ入り名刺をくれた。

近くの高級リゾートホテルへズンズンと足を踏み入れるデイビッド氏。ホテルの従業員たちが彼に頭を下げているところを見ると、これでなかなか偉い人なのかもしれない。そして海が一望できるテラスへ到達したとき、彼はとんでもないことを語り始めた。


・シンガポールはなぜ繁栄しているか

シンガポールは国民1人あたりの購買力平価GDPが世界第2位。実際に訪れてみると、アジアの中でもズバ抜けてリッチな国であることが分かる。

シンガポールがこれほど豊かな理由……そこには国民の多くが英語を話せること、外国人を広く受け入れていること、歴史的な偶然など様々な要因が複雑に絡み合っており、どれか1つに絞るには壮大すぎるテーマであると推測される。

しかしながら謎のシンガポール人・デイビッド氏は「シンガポールがこれほど豊かな理由」を簡潔に説明できると豪語した。ここからお伝えすることは、あくまでも私がデイビッド氏から伝え聞いた話であり、真偽のほどは明らかでないことをご理解いただけると幸いだ。


デイビッド「シンガポールは小さな国である」

「はい」

デイビッド「シンガポールに特別な資源や産業はない」

「なるほど」


デイビッド「にも関わらず、シンガポールは大いに栄えている……なぜだか分かるかい?」

「分かりません。なぜです?」

デイビッド「フフ……教えてあげよう。シンガポールが豊かな理由、それは…………



デイビッド「風水(ふうすい)なのだ!!!!!!」


え!!!?


『風水(ふうすい)』なん!?!?!?


・そうだったのか?

「シンガポールは風水のおかげで繁栄した」と断言するデイビッド氏。風水は物の位置で気の流れを操るという中国の思想だ。続けざまに彼は「HEALTH(健康)、LOVE(愛)、BUSINESS(仕事)の中で、君が最も欲しいものはどれだ?」とたたみかけてきた。


「そりゃもちろん、ビジネスですよ」

デイビッド「ほう、君は “シャチョー” になりたいのか。それとも、まずは “カチョー” かな? ハハハ……よし。それじゃあ海を背にして、さっきの木の実を握るんだ」


「握りました!」

デイビッド「心の中で “自分の名前”  “自分の国”  “自分の会社” を順に思い浮かべながら、木の実を海に放り投げる」

「投げますね!」

デイビッド「よし今だ、スマホを出して!!!



デイビッド「ハイ、チーーーーーーーズっ!!!!!!」


・お分かり頂けただろうか

あまりの意味不明さに自分で書いていて震えが止まらないのだが……以上がシンガポールで私の身に起きた、100%真実の記録である。

これで「撮影代を払え」とか言われたならば、まだオチとしては分かりやすい。しかしデイビッド氏にそんなそぶりは一切なく、ひとしきりカメラマン役に徹した後は「じゃ、よい旅を!」と言い残し、颯爽とその場を立ち去ったのだった。一体誰だったんだデイビッド……。

ちなみにシンガポール在住の友人に聞いたところ、風水を気にするシンガポール人が多いことは紛れもない事実らしい。逆説的には「風水を気にする人が多いシンガポール人には豊かな人が多い」とも言えるわけで……今後の私のビジネス展開、多少は期待が持てるかもしれん。

デイビッド氏のおまじないにどういう意味があったのかは不明。しかし彼の行動が善意によるものであることは確かだ。摩訶不思議なシンガポールでの体験を、私は生涯忘れないだろう……みんなも旅先で頭に木の実が当たったら、願いを込めて海に放り投げてみてくれよな!

執筆:亀沢郁奈
Photo:RocketNews24.