「人と同じ」であることに安心感を覚えるジャパニーズにとって、個性を貫くというのは難しいことだ。たとえ頭のなかに画期的なアイデアが浮かんでも、それを口に出したり実行に移せる人は決して多くない。しかし──。

おそらく未だかつてないであろうアイデアを、実行に移してしまった映画館が京都に存在した。ロシアの戦車映画を一晩ぶっ通しで鑑賞するという、ハードボイルドすぎる上映会。そこから見えてきた至上の映画愛とは何か。現地取材でお届けします!

・えっ……!?

そんなブッ飛んだイベントは、京都市にある京都みなみ会館で2020年2月22日に行われた。同館はユニークな番組編成に定評のあるミニシアターで、長年にわたって京都の映画ファンから愛されている劇場である。

たまには映画でも行くか。なにげなく同劇場のホームページを眺めていた筆者だが、あるイベントの告知に目が留まった。そして次の瞬間、戦慄が走った──。

目に留まったイベント名は、【オールナイト上映】『T-34 ダイナミック完全版』公開記念NIGHT。

オールナイト上映というのは、その名の通り夜中から朝方まで映画を楽しむイベントのこと。作品の長さにもよるが、一定のテーマに沿った映画を2~4本ほどラインアップするのが一般的である。

そこまでは良いのだが、恐るべきは当日のプログラムである。本イベントで上映される映画の内訳は、何と……


①T-34 レジェンド・オブ・ウォー(通常版)
②T-34 レジェンド・オブ・ウォー(ダイナミック完全版)
③T-34 レジェンド・オブ・ウォー(ダイナミック完全版)


ファッ!?


この『T-34』というのは第二次大戦下を舞台にしたロシア製の戦車映画で、ロシア映画史上最高のオープニング成績を叩き出し──と、それはどうでもいい。

問題は同じ映画を3本ぶっ続けに上映するという常軌を逸したプログラムである。確かに1本目と2本目はバージョン違いなので、まだ分かるといえば分かる(分からない)。しかし2本目と3本目は、1ミリの違いもない全く同じ映像……

この人類の常識への挑戦ともいえる無謀な上映会に参加するべく、筆者は京都みなみ会館へと飛んだ!


・TAKE.1 普通に面白い

チケットを購入して館内へ。23時35分、ついに1回目の上映が始まった。ここから朝6時45分までの長丁場。もう後には引けまい。

いちおう作品の感想を述べておくと、これは普通に面白かった。「ロシアの映画ってどうなんだろう?」と思っていた部分も正直あったが、作風としてはハリウッドの大作映画に近いものがあり、娯楽映画としての完成度は非常に高いと感じた。

迫力が命のアクション映画ということもあり、やはり大音量&大スクリーンでの鑑賞は格別。あとは「面白かったね~」などと感想を言いながら、メシでも食って帰るのみである。普段なら。


・TAKE.2 お腹いっぱい

しばしの休憩を挟み、2本目「ダイナミック完全版」の上映に。勝負はここからである。

確かに映画には「2回目ならではの面白さ」というのがある。サスペンスならストーリーの伏線に気付いたり。悲しいラストを迎える映画なら、破滅へと向かっていくプロセスで泣けてきたり。

しかし『T-34』はド直球のアクション映画なので、基本的に伏線とかは存在しない。したがって「2回目ならではの面白さ」というのは残念ながらない。それでも先ほど鑑賞した通常版との違いを探したりしながら、なんとか2回目の上映を乗り切った。なんとか……

気力は限界に近づきつつあるが、あと1回上映は残っている。そして時刻は午前4時を回っている。ぶっちゃけ帰って寝たい気もするが、この時間に電車は動いていない。つまり今の筆者には電車という選択肢はなく、戦車という選択肢しかないのである。

・悟りの境地へ

逃走手段も封じられ、ついに3回目の上映に突入してしまった。

もはやこの映画について語ることはない。主人公のニコライをはじめ、登場人物たちの動きは手に取るように分かる。これは既に映画鑑賞ではなく、作品への愛を確認する作業であり、炎の前で経を唱え続ける護摩行である。これは護摩行なんだよ……

全てを終えて朝を迎えたとき、筆者がトキに秘孔を突かれた後のレイのように悟りの境地へと達していたことはいうまでもない。南斗水鳥拳の美しき舞いを見せようではないか……


・「映画を観に行く」ということ

それにしてもエクストリームな映画体験だった。一体どういった経緯で、こんな個性的なイベントが誕生したのだろうか。今回は京都みなみ会館の館長を務める吉田さんに話を伺うことができた。

──今日はありがとうございます。それにしてもワイルドな企画を思いつかれましたね(笑)

「ありがとうございます。同じ映画を一晩で3回上映するという企画は、前からやってみたかったんです。『T-34』は通常公開した際にリピートしてくれるお客さんが多かったので、この作品なら行けるんじゃないかということで実施に踏み切りました」

──SNSなどでの反響もあったのではないですか。

「そうですね。良い意味で振り切っているイベントだという意見はいただきました。ウケるか不安な部分もありましたが……」

──オールナイト上映というのも今では珍しいのではないですか。

「頻繁に実施しているのは、当館と東京の新文芸坐さんでしょうか。当館では80~90年代くらいからオールナイト上映の歴史があり、特に京都の大学に通う学生さんによく来ていただいています」

──少し話は変わりますが、今はスマホで簡単に映画を観られる時代ですよね。映画館にとっては難しい時代になりつつあると思いますが。

「『映画を観に行った』という思い出が残るところに映画館の価値があると思っています。もちろん作品が面白ければ記憶に残りますし、仮に高いチケット代を払って作品がつまらなければ、それはそれで忘れられない経験になりますよね」

──なるほど。「誰と行った」とか「帰りに何を食べた」とか、そういった部分も含めて記憶に残りますよね。

「そういう思い出が人生のなかに残るというのは、素敵なことではないかなと思うんです」

確かに吉田さんの言うとおり、劇場で観た映画というのは不思議と心に残り続ける。筆者も子供のころ親に手を引かれて『ゴジラVSメカゴジラ』を観に行ったのを覚えているが、それが映画に関する最古の記憶である。

今回の極端なイベントにしても、良くも悪くも忘れることのできない体験にはなった。まさに「映画を観に行く」という行為を楽しんでもらおうとする、映画愛にあふれたイベントだったといえるだろう。

いずれにせよ周りの人と感動を共有しながら大画面で楽しむ映画というのは、やはり良いものだ。たまには皆さんもスマホを置いて、ふらりと劇場に出かけてみてはいかがだろうか。

参考リンク:京都みなみ会館
Report:グレート室町
Photo:RocketNews24.

▼幕間にはプレゼントの抽選会が実施されるなど、お客さんを飽きさせない工夫も凝らされていた

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