人間、生きていると必ずどこかで怪我をしたり、病気になったりする。そんな時に助けてくれるのがお医者さんだ。私(あひるねこ)もこれまで、病院には何度もお世話になった。だがしかし……。正直に告白するが、私は昔から女性医師のことがどうしても信用できない。

誤解がないようあらかじめ言っておくと、過去に医療ミスにあったとか、そういうわけではない。にもかかわらず、女性医師というだけで「この人は信用できないな」と思ってしまうのは、過去に体験したある出来事がきっかけになっている。今から約20年前の話だ。

・小6の冬休み

当時、私は小学6年生だった。あれは冬休みのちょうど終わり頃だっただろうか。母、妹と車で出掛けた際、少々遠出だったこともあり、私は車中で寝てしまっていた。

ガン! という激しい音と振動で目を覚ましたのは、出発から1時間ほど経った後のことだ。当然何が起きたのか分からない。しかし、頭部に鈍い痛みを感じたことだけはハッキリ覚えている。そのあたりで、どうやら事故に遭ったらしいと薄っすら理解できた。

・交通事故にあった

車が動かなくなった後、「痛ってぇ……」と、私はしばらく頭を押さえていたのだが、パッとその手を見て驚く。血がべっとり付いているのだ。初めて見る血の量に一瞬、言葉を失う。人生初の大怪我だった。幸い母と妹は無事だったものの、私は救急車で運ばれることに。

車から降りて周囲を見渡すと、そこは街中の大きな十字路だった。後で聞いた話だが、青信号になって発進したところへ、信号無視をした別の車が横から突っ込んできたらしい。後部座席で寝ていた私は、おそらく窓ガラスに思い切り頭を打ち付けたのだろう。

救急車には歩いて乗り込んだ。その間、信号で停車中の人たちは私を気の毒そうに見ていた。当然だ。小学生の男の子が頭からダラダラ血を流しているのだ。まともな大人なら、きっと心が痛む光景だったに違いない。

・頭に大きな傷

その後、病院に運ばれた私は、頭部に部分麻酔をして手術を受けることになった。傷の長さは約15センチ。カルテを見た医師が「15センチ!?」と驚きの声を上げていた……が、この医師が女性だったわけではない。実は、信号を無視して突っ込んできた車のドライバーが女性医師だったのだ。

母から聞いただけで、私はその女性医師がどんな人だったのかまったく知らないし、結局その後も知ることはなかった。事故にあって、それきりだ。そういった状況の中、当時小6だった私はハッキリこう思ったのである。詫びも何もねぇのかよ、と。

・女医への怒り

何もしていないのに、こっちは頭に一生残る傷ができた。手術のせいで髪もガタガタだ。しばらく頭は洗えないし、体育もずっと見学。休み時間は友人たちが体育館で遊んでいるのを見ているだけ。俺をこんな目にあわせておいて、何の謝罪もないのか? せめて手紙くらいよこすのが当然だろう、と。

これは今にして思えば、というわけではなく、当時の私が実際に感じた怒りである。子供に大怪我をさせておいて一言も謝りもしないなんて、女医ってのはなんて思い上がった連中なんだ! 舐めやがって……!! 少年だった私の心に、「女医だけは絶対に信用できない」と深く刻まれた瞬間だった。

・まだ子供と思うな

ここまで書いてきたが、私は別に「だから女性医師はクソ」と言いたいわけではない。子供というのは、大人が思っている以上に大人をよく見ているのである。大人から受けた仕打ちは絶対に忘れないし、その記憶はいつまでも残り続ける。

自分が通ってきた道であるにもかかわらず、大人になると、子供を必要以上に子供だと思ってしまうのはなぜだろう。そこまで深く物事を捉えていないだろうと、勝手に思い込んでしまう。そりゃあ社会経験は乏しいだろうが、かつての自分がそうだったように、彼らは彼らで様々なことを考え、感じ取っているのだ。

20年経った今でも、私の頭には事故による傷が残っている。同時に、DNA レベルで刻まれた女性医師への不信感も、いまだくすぶり続けている。子供と接する時は、自分がその子にとっての “あの女医” にならないよう気を付けたいものだ。自戒を込めてこの記事を書いた。

執筆:あひるねこ
Photo:RocketNews24.