春真っ盛り。東京では桜の花が満開に咲き誇っている。そんな希望に溢れる季節に、このような怪談じみた話をしなければならないのは大変心苦しいのだが、長年その恐怖を胸にしまい続けてきた私(あひるねこ)の身もそろそろ限界である。どうか私の話を聞いていただきたい。

そう、これはなにも昨日今日に始まったことではない。この現象が一体いつ始まったのか、それすらとうの昔に忘れてしまった。恐ろしい……。考えただけで体が震える。なのに、私はこの負の連鎖から逃れることができないのである。中華料理チェーン「日高屋」。あれは、悪魔だ。

・「日高屋」という悪魔

首都圏を中心に展開する「日高屋」。値段は安いのに安定してウマい上、遅い時間まで空いている便利なお店だ。まさに庶民の味方といったところか。だが騙されてはいけない。紛れもなく、ヤツは悪魔である。

恐ろしいことに、この日もまんまと悪魔の口の中に飛び込んでしまった私。分かっている。分かってはいるのだが、体が勝手に「日高屋」に向かってしまうのだ。

通常、「日高屋」で私が頼むものは大体決まっていて、ほぼ8割方『野菜たっぷりタンメン』を注文する。おそらくこれも、呪いのようなものだろう。

・起きる異変

注文をしようと呼び出しボタンを押し、店員を待つそのわずかな間のこと。横に置いておいた財布から、私はこの世のものとは思えぬ不吉な気配を感じ取ってしまった。ああ~、やっちゃったな~。やだな~、怖いな~。しかし人間、一度感じ取ってしまったら確認せずにはいられない。あ~怖いな~。でも見たいな~。

震える手で財布の中をまさぐる。すると……


目が合っちゃった。


・悪夢の始まり

中から出てきたのは、「日高屋」のクーポン『モリモリサービス券』。麺・ライスの大盛りが無料になるというお得なクーポンである。こいつ、いつの間に私の財布に入り込んだんだ……? あ~怖い、見るのが怖い! だけど……ちょっと使ってみるか。つい魔が差してしまった私は、注文の際、無意識のうちにクーポンを差し出していた。

・本当の恐怖

その時のことはよく覚えていない。ハッと気が付くと、テーブルの上には熱々のタンメンが乗っていた。見た目は普通のタンメンだ。しかし……なにか嫌な感じがする。上からちょいと酢を垂らそうとする手を、私は思わず止めた。

こいつは、いるなぁ……。タンメンの中に何かいますよこれは……。ああ~やだな~、怖いな~。私はケースから箸を取り出して、ブルブルと震えながらも丼の中に突っ込む! そして、麺を適当にすくってみた!! すると次の瞬間、背筋に冷たいものがザザーッと走ったのである。

大盛りだ。なんとそのタンメン、麺が大盛りだったんです。ああ~やっちゃったな~。麺大盛りにしちゃったな~。一体どこの誰がこんな真似をしたんだ? 周りを見渡しても、いるのは私と他の客だけ。やだな~、怖いな~。……その後? もちろんタンメンは完食しましたよ。途中で酢をこう、サッとかけてね。ええ。

・恐ろしい安さ

店員が置いていった伝票には、「大盛り0円」とハッキリ書かれている。あんなにボリュームたっぷりのタンメンがたった500円。私は空恐ろしくなって、もう一度周りを見渡してみた。でもそこにいるのは、ちょい飲み中のおっさんが1人だけ……。気味が悪いや、とっとと会計を済ませて出よう。

・終わらない恐怖

店を出た私の背中は、汗でびっしょりだった。それが恐怖のせいなのか、熱々タンメンのせいなのかは分からない。だが、ようやく体にまとわりついていた不気味さから解放され、えも言えぬ清々しい気分だ。さあ、レシートを財布にしまって帰ろう!


……その時、びっしょりとかいていたはずの汗が一気に引いていくのを感じた。本来あるはずのないものが、私の手には握られていたのだ。そう、無料サービス券である。

・逃げられない

バカな……。無料券はさっき使ったはず。汗だけでなく、血の気も引いていくのを感じる。再び体が静かに震え出した。これで私は、また「日高屋」に来てタンメンを大盛りにしなければならなくなったのだ。それが終わっても帰りにまた無料券がもらえ……なんという悪魔的トラップ。

この恐怖の連鎖から逃れる術を、今の私は持ち合わせていない。「日高屋」、それはまさに悪魔の化身。我々は未来永劫、あの無料サービス券の罠から抜け出すことはできないのである……。

執筆:あひるねこ
Photo:RocketNews24.