8noji1

以前の記事で、マイクケーブルを8の字巻きにするコンテストについてお伝えした。この大会は日本音響家協会が主催したもので、私(佐藤)はこの大会に猛烈に出たかった! 残念ながら気づいたのが開催当日であったために、会場の幕張メッセに行くことさえもできなかったのである。ショック……。

・大会に秘められた意義

それにしても、一体なぜこのような大会が開催されたのだろうか? それにも増して不思議なのは、前回大会(第1回)は2008年、今回の第2回が開催されるまでに7年ものブランクがある。なぜそれだけの時間を経て、再び開催されるに至ったのだろうか? 大会を主催した日本音響家協会の会長に直々に尋ねてみたところ、この大会に秘められた意外な意義を知ることとなった。

・音響家協会の会長

同協会の会長八板賢二郎さんとお会いしたのは、東京・府中市である。私(佐藤)は「音響家協会」という名前からてっきり同世代(40代)の方が会長を務めているものとばかり思っていた。音響といえば、全国各地にイベント・コンサートホールは存在するし、何よりライブハウスに勤めるスタッフは若い方が多い。

したがって、会長も結構若い方が務めているとばかり思っていたのだ。ところが柔和な雰囲気の紳士的な男性があらわれ、かなりびっくりした。

8noji8

・「音響」という呼び名がなかった

今でこそ「音響」という言葉はすっかり定着している。大抵の人がその言葉を聞けば、何の仕事か容易に想像がつくはずである。しかし八板さんが国立劇場に勤め始めた当時、今から約50年前は自分たちの仕事を「音響」と呼ばなかったそうだ。では、「音響」のことを何と呼んでいたのだろうか?

「当時はね、音を調整する意味で「音調」とか、舞台効果から「効果」とか。あとはPA(Public Address(公衆伝達・大衆演説など))もあったかな。とにかくね、呼ばれ方が統一されていなかったんですよ」

言葉が統一されていなかったがゆえに、その職種に従事する人たちが横のつながりを持つことも難しかったようだ。そうして生まれたのが日本音響家協会である。任意団体として同協会が設立したのは、1977年にまでさかのぼる。

・当時の音響事情

今でこそ音響家のプロの世界は確立され、コンサートや舞台、イベントなどでその役割が認知されている。しかし昔は今ほど洗練された音響環境がなく、それこそスピーカーを積み上げて大きな音を出していれば良いと思われる時代があったそうだ。

・音響家の地位向上を目指して

そのような状況を打破し、音響家の技術向上を目指して、専門性の高い知識を学べるように書籍を発刊したり、セミナー・講習会を開催したり、さらには資格制度を設けている。地道な活動を経た後に2008年12月に「一般社団法人日本音響家協会」に組織変更するに至っている。初回の8の字巻き大会が開催されたのもこの年だ。

・ケーブルさばきから

では、8の字巻きはいつ頃誕生したのだろうか? 八板さんによると、もしかしたらこの巻き方は日本発祥かもしれないという。誕生の舞台裏には、日本らしい気の遣い方があったのかもしれない。

「昔は歌手のお弟子さんなどが舞台袖でケーブルさばきをしていたんですよ。今みたいなワイヤレスマイクがないから、マイクには必ずケーブルがついていた。ステージ上で歌手があちこち動くと、それに合わせてお弟子さんやスタッフがケーブルを伸ばしたり縮めたりするのだけど、絡まってしまうと怒られちゃうもんだから、ケーブルがスムーズに解けるようにと8の字巻きをやったんです」

その当時はステージ床に「8」を書くようにしてケーブルを置いていたそうだ。そこから今の8の字巻きが生まれたと、八板さんは考える。なるほど、歌手に怒られないように、工夫したというのは納得できる。

8noji7

・音響家の立場

話は8の字巻きから、日本の音響の現状へと広がっていた。八板さんによると、日本はまだまだステージに関わる音響の地位が未だに低いそうだ。アメリカなどでは、音響・照明の立ち場が非常に強いという。たとえば、アーティストがその劇場が響きすぎて歌い辛いとクレームをつけると、音響エンジニアは「慣れれば大丈夫」と言ったりする。音響を取り巻く背景は、国によっても随分違うのではないだろうか。

・コンテストの意義

音響家の地位を確立するために、まずは誰でも参加できるところからという意味を込めて誕生したのが、8の字巻きコンテストである。ただケーブルを巻くだけ、シンプルなルールだからこそ、誰でも興味を持つことができるし、その気になれば参加できる。そうして、音響家の初歩的な仕事を広く知らしめるのがこのコンテストの意義なのである。八板さんはこう言う。

「音響に携わる人たちに、それぞれの仕事の地位を確立してもらいたいと思う」

・次はもう少し短い期間で

本当はもっと短いスパンで大会を開催したいそうなのだが、手間と時間、そして費用がかかるため、初回から第2回までの間に7年もの時間が経過してしまったそうだ。できることなら次回はもう少し短い期間を経て開催して欲しい。そして、このコンテストをきっかけに音響家の仕事が広く世に伝わることを願う。

取材協力:一般社団法人 日本音響家協会
執筆:佐藤英典
Photo:Rocketnews24

▼第2回マイクケーブル8の字巻きコンテストの告知映像

▼第2回大会の決勝の様子

▼ケーブルをストレート(一方方向)に巻くと、巻きグセがついて伸ばしたときに絡まり易くなってしまう
8noji6

▼8の字巻きにすると、ケーブルの両端を持って伸ばしても、ヨレがなくなる
8noji5

▼日本音響家協会会長の八板さんに直々にレクチャーしてもらった。マイクケーブルを巻く場合、まずはメス(XLRメス)端子側を持ち、端子の方へとケーブルを手繰り寄せる
8noji1

▼手繰るときに、外巻き・内巻きを交互に繰り返していく
8noji2

8noji3

▼最後にゴム紐で結わえて完成。伸ばしても絡まない
8noji4

▼ちなみに8の字巻きのルーツは、床に「8」を描きながら置くケーブルさばきかもしれない
8noji7