2022年の秋ごろに開業を予定している西九州新幹線「かもめ」。工事に関して中々話し合いがまとまらない様子は全国に報じられていたので、皆さんもなんとなく把握しているだろう。

長崎から武雄温泉までの区間は順調に工事が進み、9月の開業に向け走行試験を行っている。しかし、武雄温泉から新鳥栖の区間は進展が無さそうだ。今からではどうやっても9月の開業には間に合わない。ぶっちゃけ未着工でフィニッシュしそう。

実は2021年の夏に仕事で九州を訪れた際、新幹線が開通予定の区間や、その他の将来的に影響を受けそうな区間がどのような感じなのかを試していた筆者。開業が迫った今、その時の工程を紹介しようと思う。

・2021年6月時点

ところで、博多から新鳥栖までは九州新幹線が通っているが、今回は利用しない。また、特急「みどり」は博多から武雄温泉に行くまでに二日市や鳥栖にも停車する。しかし、本記事ではあくまで新鳥栖から武雄温泉までの区間にフォーカスするぞ!

あと、超重要なことだが、本記事内の情報は、全て2021年6月時点でのものだ。「今は違うのに!」「なんで情報が1年前なの!?」と言われても、そういうものなので。その辺よろしくな!


・特急みどり

ということで、皆さんこんにちは。今は2021年6月16日。時刻は午前10時過ぎ。JR九州の博多駅に来ている。今日は、ここから特急「みどり」7号に乗って武雄温泉まで行き、西九州新幹線の着工が未定な新鳥栖から武雄温泉間のルートを体験する予定。

まずは簡単に特急「みどり」について説明しておこう。この列車はJR九州が運航している特急列車。もし西九州新幹線が全線フル規格化する日が来るのであれば、廃止が懸念されるであろうやつだ。

使用される車両や編成によって列車の「顔」的な部分に複数のパターンがあるもよう。今回筆者が乗ったものは、片方が扉の付いた緑色で


もう片方がシャープな形状でシルバーのタイプ。

ちなみに、カラーリングの違う同じタイプの車両を使用した特急ハウステンボスも滞在中に見かけた。オレンジで格好いい。


せっかくなので、今回はグリーン車を利用してみることに。乗り込んですぐの、踊り場的なエリアはこんな感じ。かなり広い。


反対側からはこう。


謎の仕切りや、何かが取り外されたような痕跡が残っている台みたいなものも。昔は電車内によく喫煙所や電話が設けられていたが、その手の設備の名残りなのかもしれない。


グリーン車はこんな感じ。座席下の床が通路よりも一段高くなっている。通路を挟んで片方は座席が1つで、反対側は2つ。座席が高くなっているのと窓が広いおかげで、眺めはかなり良好だ。


車掌さんから聞いて知ったのだが、これらの仕様はこの車両(先頭にCM35と書いてあるやつ)特有のものだそう。

なんでも元は先端がシャープな形状をしたパターンの車両だったものを、先端を切り落としてドア付きに付け替えたのだとか。通常はここまで広くないらしい。筆者は少しラッキーだったのかもしれない。


平日の中途半端な時間ということもあるのか、武雄温泉駅で降りるまで他のお客さんは誰も乗ってこなかった。車掌さんによると、平日に混むのは佐賀から博多や佐世保に通勤・通学する人が利用する朝と夕方で、それ以外は空いているとのこと。

グリーン車の座席は足元がかなり広く、小型スーツケース並に大きい荷物を置いても余裕がある。めっちゃ快適だ! ぶっちゃけ新幹線より快適な気がする。座り心地の面では、長時間の移動など全く苦にならないだろう。


・新鳥栖~武雄温泉

こんな感じで色々と車内の写真や動画を撮っていたら、あっという間に新鳥栖に到着。その間ちょうど30分。ここからは、本命である新鳥栖から武雄温泉までの行程に集中していこう。


新鳥栖から武雄温泉までの区間は距離にして約50.4キロ。特急「みどり」での所要時間は約45分。ちなみに、2022年秋に運行開始予定な西九州新幹線「かもめ」の最高速度は時速260キロ(スペック的には360キロ以上出るもよう)。

対して特急「みどり」の運行速度は時速130キロなので、仮にこの区間も新幹線になった場合、所要時間がそれなりに短くなる可能性は高い。単純計算で20分くらいで着くようになるとすれば……確かに急ぐ人にとっては便利かも。

窓の外の風景は基本的に控えめな住宅街か田んぼかと言う感じ。とてものどかだ。ちなみにこのルートは、途中でかの有名な吉野ケ里遺跡のそばを通過する

日本人なら誰もが義務教育で習う、遺跡界で最大級の知名度を誇るエース! 楽しみに外を眺めつつ、最寄りであろう吉野ヶ里公園駅を待ち続けたところ……


あっ!


国内の遺跡界最大級なレジェンドの名を冠した駅のホームは思っていたより短かった。もっと立派な駅舎で、周辺も商業施設とかで賑わっていると思っていたぜ。

今回、スケジュール的に遺跡には立ち寄れないのだが、せめてチラっとでも車窓から高床式倉庫とかを見てみたい。弥生時代を再現した、めちゃくちゃ広大な集落があるって噂だし……


見えねぇぇえええええええええ!!!


夏だからか、草が生い茂っていて完全に草しか見えませんでした。すぐそばにレジェンド級の遺跡があるとは全く感じられない仕様。GoogleMapでリアルタイムに真横を通っていることを把握しながらでないと、気づかず素通りしていた可能性が高い。

ギリギリで一瞬だけ植物の壁がなくなって、それっぽい柵が見えた。吉野ケ里遺跡、完。


楽しみにしていたポイントゆえに少し残念ではあるが、まあこういうこともあるだろう。その先は、佐賀駅が近づくにつれてビルが多くなるのだが、ランドマーク的な建築物はあまり見当たらない。

こんなこと書くと佐賀県の方に怒られそうで非常に申し訳ないのだが……新鳥栖から武雄温泉までの間に進行方向に向かって右側の窓から見える景色は、どちらかというと地味だ

遠くの方の山には雲がかかっていて、なんだか雰囲気がある。中途半端な市街地よりも、田んぼと山のみに振り切ってる景色の方が綺麗かもしれない。


あとは似たような緑豊かな光景が続き、ほどなくして武雄温泉に到着。


・武雄温泉駅

ここにはいずれ長崎から走ってきた新幹線が乗り入れることになるため、駅のホームも絶賛工事中。改札は機械化されておらず、ICカードは使用不可。もともとの利用客数がなんとなく窺(うかが)えてしまう。


まさかこの駅に新幹線が止まる日がくるなど、誰も想定していなかったのでは。駅前はこんな感じ。個人勢の観光客は、こちら側の出口からバスなりタクシーなりで温泉に行く……という流れになるのだろう。西の方向に直線距離で600メートルほどの所が温泉だ。



そして、反対側の出口はゴリゴリに工事中。かなり広いロータリーがある。団体旅行客向けのバスなんかは、元からこっちの出口で捌く感じだったんじゃないかという気がする。


駅舎内には立派な土産物屋があり、そこでは駅弁が展示されていた。ここのカイロ堂というお店の駅弁は、「九州駅弁グランプリ」で何度か優勝した経験があるもよう。美味そうだ。


この後、武雄温泉まで歩いて行ってみたが、端的に言えばトラディショナルな、こじんまりとした温泉街という感じだった。


立派な門は重要文化財とのこと。1915年にできたそうだ。


他に見るべきものといえば、寺とかがいくつかあったが、それくらいだろうか。大規模な商業施設等も周辺には無いので、滞在するとなればガチに湯治がメインとなるのだろう。

強いて言えば、温泉街にありがちなことだが、ここも石鹸(ソープ)的な土地(ランド)感あるエリアという側面もあるようなので、まあそういう。コロナの影響か一般のお店や旅館はシャッターが目立ったが、そっちは元気に営業してた。

駅まで帰る途中、長崎街道沿いに「宮本武蔵の井戸」なるものを発見。武蔵の井戸と言えば熊本城のものが有名だと思うのだが、佐賀にもあったとは。これは「湯元荘 東洋館」という旅館の敷地内だったので、見せてもらうだけというのも申し訳なく感じたためスルーした。


この後は長崎まで行く予定があるので、再び特急「みどり」に。こんどは自由席に乗ったのだが、やはりガラ空きだった

たまに、車を運転できなそうな老人が乗ってる感じ。あとはやはり、朝夕の通勤通学での利用がメインなのだろう。なるほど、どうやら特急「みどり」は、車で移動し辛い人のためのアラモの砦になっているもよう。

ちなみに最前列の車両の一番前のシートは、運転席越しに前方が見えるようになっていた。眺めがとても良い。


・このままでいい気がする

ということで、西九州新幹線で最も議論が難航している新鳥栖~武雄温泉の区間と、武雄温泉駅の様子はこんな感じ。もしこの区間も新幹線にできたなら、長崎から博多まで鉄道で移動する際の便はそれなりに良くなるだろう。


しかし、少なくとも新鳥栖から武雄温泉までの区間の地域住民には、新幹線の恩恵がほとんどなさそうな気がしたのも事実。

それで物理的な理由で在来線の特急の本数が減るなり、あるいは財政的な理由で廃止が検討されるなどしたら、むしろ困るだろうとも。

すでにお手頃な値段で乗れる在来線の特急が完成されているというのもあるし、財政力指数で下位が常連の佐賀県に建設費を負担するだけの財政的な余裕も無いのでは。現状維持が、佐賀にとっては一番良さそうじゃねって。

単にメリットが無いからと反対しているなら「身勝手な」という意見もわかるのだが、推し進めたところで県にも住民にもマイナスな影響しか残らなそうな気配がするのだ。

東京にいて「佐賀が非協力的で工事が進まねぇ」的なニュースを見た時には、佐賀やべぇなと思ったのだが、実際にこの区間を利用してみたら、佐賀が非協力的なことに納得できてしまった感じ。

国が全額負担かつ、在来線はJR九州が従来通りに維持し、在来線を止めないよう工事する的な全面譲歩プランでも提示されない限り、佐賀がこの区間の新幹線建設を受け入れる道理が無いように思えてしまった。これは難しいな。

参考リンク:JR九州
執筆:江川資具
Photo:RocketNews24.