マタギ文化の残る秋田県。田沢湖という景勝地を旅していたとき、とある土産物売り場で「ご当地レトルトカレー」が目に入った。
いつ頃からか、全国各地のお土産店には「地元産○○使用」「○○をイメージ」といったオリジナルカレーがずらりと並ぶ。手頃な価格や陳列のしやすさもあり、ローカルカレーはブームを通り越して定番化したと言ってもいいだろう。
カレー自体はさして珍しくもない……と思ったのだが、そのシンプルながら強烈なビジュアルに視線がクギづけ。マタギとは書いていないものの、地元の「猟友会監修」だというのだ。
・田沢湖猟友会監修「熊肉カレー」(税込1080円)
とにかく絵面(えづら)が強い! 黒背景に白抜きで「田沢湖猟友会監修」の文字。そして価格も強気の1人前1080円である。
童話やキャラクターグッズの「クマさん」のイメージとはまったく異なる、迫力ある顔写真。「田沢湖猟友会捕獲」と書かれているが、感心したらいいのか冥福を祈ればいいのか複雑な気持ちになる。
さらに追い打ちをかける「秋田県田沢湖玉川地区で採れた 新鮮な月ノ輪熊のお肉を」という、どこか現実離れした説明文。いくら地元民でも「あら、今日の熊肉は新鮮ね!」といった会話はしないだろう。
「月ノ輪熊」という文字にもどこかインパクトがある。「ああ、ツキノワグマね」となるまで一瞬かかった。
裏面には「ジビエの為まれに熊の毛が肉についている場合がございます」とある。それはスリリングだ。
山が身近な地域では、春の山菜採りやタケノコ採りが恒例行事になっているところも多いと思う。そして熊との遭遇事例も毎年のように報じられる。
慣れた人に聞くと、「直前まで熊がいたらしい痕跡」を見つけてしまう……いわゆるニアミスもあるのだという。そういった場所は、なんとも言えない獣臭が残っているのだとか。
そんな話や、「熊鍋をすると翌日まで臭い」といった話も聞いていたので、筆者は熊料理にあまりいいイメージをもっていなかった。
しかし、何事も経験。人生初の熊肉といこうじゃないか。
・食べてみた
レトルトカレーなので調理は不要。湯せん、または容器に移してレンジで加熱するだけだ。筆者はレンジと違って温めムラのない湯せんが好み。
お皿に移すと、ゴロッと熊肉が出てきた。普通にカレーの匂いが広がり、この時点ではまったく臭くないし、クセも感じない。
具材は熊肉とジャガイモのみで、それぞれ2個ずつ入っていた。内容量はルウと具材を合わせて180g。
では、生まれての初めての熊肉、いただきます。
………………
………………ん?
………………
………………んー
………………
…………普通…………?
「ちょっと硬くてスジっぽい肉だな」という印象は受けるが、言われなければ熊肉だとはわからないほど。獣臭さもまったくなく、カレーの味と匂いに完璧に調和している。
「中辛」とあるものの、ほとんど辛みを感じないマイルドなスープである。むしろパッケージとは真逆の「優しい味わい」と言っていい。
てっきり最初から甘いルウなのかと思ったが、「熊肉は甘い」という感想もあるようなので、もしかしたらそのせいか!
ひとつ思ったのは、意外に脂があるなということ。家畜と違って厳しい自然環境にいるから筋肉ばかりなのかと思ったら、結構な脂肪を蓄えているようだ。
どちらにしても、普通の美味しいカレーなのである。「鼻を抜ける野性味」や「飲み込めないほどのスジっぽさ」や「かめばかむほど染み出てくる臭み」もない。なんのドラマもなく、ただ美味しく「ごちそうさま」してしまった。しまった、こんなはずでは……!
・熊肉は美味いのか?
よくジビエは「食べられたもんじゃない」という声も聞くが、まったくそんなことはなかった。
本当に「新鮮なお肉」が効いているのかもしれない。あるいはよほど調理法が巧みで、熊肉の本来もつポテンシャルを最大限に引き出しているのか。さすが猟友会である。
冒頭で書いたとおり秋田県には伝統的狩猟法のマタギ文化が残る。県出身漫画家の矢口高雄氏が緻密なタッチで作品化したほか、人気漫画『ゴールデンカムイ』には谷垣源次郎というキャラクターが登場した。
マタギ猟は多くの決まりを守り、自然の恵みに感謝と畏敬の念を示しながら行うものだという。また、山と街との境界線が曖昧になった現代では、猟友会には獣害対策という大きな役割がある。
熊ほどに大きく知恵のある山の住人を捕獲するのはちょっと心が痛む気もするが、娯楽のためのトロフィーハンティングなどとはまったく異なるものだろう。
今回の結果では「そもそも熊肉は美味い」のか「調理法がいい」のか「新鮮だと美味い」のか判別がつかない。かくなるうえは、レトルトカレーではない「さらにフレッシュな熊肉」を食べられないものか。その機会をうかがっている。
執筆:冨樫さや
Photo:RocketNews24.
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