私の夢は漫画家になることだったが、画力に限界を感じて諦めたのはハタチの頃。ところが素人でもネットで簡単に漫画を発表できる時代がきた。画力はそこそこでも続けてみればよかったなぁと思う。
私はロックバンドの追っかけに思春期を捧げてもいたが、「バンドは男のやるもの」と思い込んでいた。ところが昨今ではガールズバンドが大活躍している。ギターのひとつも弾いておけばよかったなぁと思う。
皮肉なことに当サイトには「ライター兼漫画家」も「ライター兼バンドマン」もいる。今にして思えば2足のワラジを履くことだって十分可能だったワケだ。あーぁ、やりたいことは色々あったのに、やらないまんま30歳を過ぎてしまった。もう何もかも遅いのだろうか……?
・憎い! オールドプロレスファン
ところで私はプロレスファンになって約5年だ。50年選手も珍しくないプロレスファン業界では「ぺーぺー」の部類だろう。しかしペーペーにだって自負がある。私は月に平均1〜2回はプロレスの試合を観戦しており、 “活動している&金を落としているファン” なのだ。
ところが……一部のオールドプロレスファンたちのふてぶてしい態度はどうだろう。我々のことを「オカダとか棚橋しか知らないミーハー」だと決めつけている。あながち間違ってはいないが、逆にそれの何が悪いというのか?
それでいてこっちが「オカダとか棚橋の話」を始めれば、やつらは一瞬で「馬場とか猪木の話」にすり替えてくる。馬場さんを出されたらこっちはお手上げだ。この問題は何もプロレスに限った話ではない。
ファン歴や知識といった一朝一夕には追いつけぬ差を振りかざし、若手をいじめて優越感に浸ろうとする輩は他ジャンルでも多数存在していると聞く。そういうのってよくないよ本当に。だが「よくないよ」といくら諭そうが、奴らはキャンとも言わないだろう。悔しい。憎い。
古参のファンたちを黙らせ、かつ一気に形勢を逆転させる方法が1つだけある。かなりの力技であるため躊躇(ちゅうちょ)してきたが……今回ついに敢行することにした。目には目を、プロレスファンにはプロレス技を、である。
ドロップキックを習得してギャフンと言わせてやるのだ……!
・西川口へ!
とはいえ私は運動経験ゼロの超文化系。逆上がりもできぬ身の上での入門には、かなりの不安がつきまとう。
ということで「体験からでOK」と温かく迎えてくれたのは、埼玉県にある女子プロ団体『アイスリボン』だ。プロ志望者やデビューしたての選手に混じって毎週2回、一般人も練習に参加することができる。
この日のコーチはレフェリーのMIOさんと現役の鈴季すず選手。
元々プロレスラーだったMIOコーチ、この日はなんと生後9カ月の息子さんをおぶって練習に参加するらしい。だ、大丈夫なんでしょうか……?
MIO「アイスリボンは子育てを支援する団体なんです。私はこの子で2人目なんですが、3人目も産んでいいよって言ってもらっていますよ。プロレスサークルは子供さんの参加も大歓迎ですしね」
──「サークル」なんですね!
MIO「ええ。 “どんな人でも来ていいよ” ということでやっています。下は小学生から、上の制限は設けていないです。50代の方が来られたこともあるかな」
──MIOコーチは31歳とうかがいました
MIO「今日が31歳最後の日です(笑)」(※取材日は2月13日)
──ワッ! おめでとうございます! やはり30歳を過ぎるとプロでは厳しいんでしょうか……?
MIO「いやいや、私は怪我をしてしまったので。30代からスタートして、そこからプロになる人も全然いますよ。ウチの現役最年長の星ハム子さん(37歳)は、娘さんもプロデビューしています」
──2世代で現役ですか……! 私は運動経験もないんですが、なにかマスターできそうな技とかありますか……?
MIO「そうですねぇ。関節技はどうですか? 形と入り方が分かれば練習もしやすいですしね。逆に何か希望はあります?」
──モゴモゴ……
MIO「えっ? 何ですか?」
──…………(消え入るような声で)ドロップキックとか……
MIO「ドロップキックですか! これは才能なんですよねぇ。人によってすっごく違います。運動が全くできなくても素直に体を動かせる子は、1〜2週間で形になったりするんです。……そうでない人はかなり時間がかかります」
──最初からできる人もいるんでしょうか?
MIO「いますね! センスがとても重要です。あとは思い切りの良さもすごく大事。怖がらずに何でもチャレンジする子は意外とすぐにできたりしますよ」
子供のころ誰もが憧れたドロップキックを「初日でモノにできる人もいる」と、MIOコーチは確かにおっしゃった。年齢と経験では圧倒的に劣る身だ。せめて ”センスのかけら” くらい有していなければ今後の道のりが険しすぎるというもの。わずか2時間強の練習ではあるが、形だけでも掴んで帰りたい……!
・準備運動で挫折
この日ご一緒したプロ&プロ候補生の面々は、現役高校生や外国の方も含む6名。皆さんの礼儀が正し過ぎて逆に慌てたものの、イジメられる心配はなさそうでひと安心だ。
まずはストレッチから。
イテテテテ……!
自分の体が柔らかくないことは分かっていたが、想像以上のカチコチさに少しショックを受ける。
続く前転、後転まではなんとかクリアできたものの……
側転で早くも挫折。
開始5分で恥かきっ子寸前だ!
・準備運動長すぎ問題
同じ動作を順番に披露するという準備運動。迷惑だけはかけまいと必死で周りの動きを観察するが、見よう見まねにも限界がある。
開始15分後には「倒立」をやれと言われ、私は早くもギブアップ……
……という選択肢はなかったようで、コーチに2人がかりで補助をしていただいた。
寝転んだ状態から重いシリを浮かせ……
足を引っ張ってもらい、どうにか “倒立の雰囲気” を感じることに成功だ!
コーチいわく、この「感じをつかむ」のが大切とのこと。練習生たちの中にはもともと前転すらできなかった人もいるのだそうだ。自力で倒立できる日が来るとは全く思えないが、自分に腕の筋肉が絶対的に不足していることは分かった。それだけでも収穫といえなくはないよね。
「ブリッジ」もできないから補助してもらう。
補助に補助を重ねた結果……
エクソシスト風ブリッジスタイルの完成だ!
コーチ、ありがとう……!
・プロレスをナメすぎてた
「準備運動」と書けば簡単そうに聞こえるかもしれないが、運動不足であることを差し引いても相当ハードであったと思う。
「飲み物持参で」と事前に聞いていたのでお茶を購入して来たが、生まれて初めて自分の体が “ポカリ的なもの” を欲していると感じた。
そして「ロープを使った練習」へ突入したときのこと。
いつも何気なく見ていたリングサイドのロープ。その3本目がどれほどの高さに位置していたかを、私は生まれて初めて知った。
スッゴク高い……そしてメチャクチャ怖いのだ!
プロレスの試合においてこのメチャ怖いコーナーのてっぺんに立ち、あまつさえリング上にダイブするプロのレスラーたち。彼らに対して「キレが足りない」等と感じたことのある過去の自分に対し、私は心の底から怒りをおぼえた。しばらくして悲しくなった。
残念ながら私はプロレスラーになれないだろう。リング上で60分間の死闘に耐えうる能力を持っていてもなお、有名になれるレスラーはごく一握り。基礎運動すら満足にこなせぬ自分が入り込む余地などあるはずがないではないか……。
・僥倖……まさかの個人レッスン
開始40分で早くもプロデビューを諦めた私に、ありがたくもコーチ達は「ドロップキックを教えてあげる」と申し出てくれた。せめて思い出作りを、ということなのだろう。人情が身に染みるなァ……。ええと、キックは右足からですか?
と思ったら……
そこからずっと……
ただひたすらに……
何度も何度も……
繰り返し……
前方に倒れる練習!!!
コーチいわく、これは「受け身」の動作。受け身ができていないとお話にならないらしく、まずはひたすらに実践なのだ。
さらに「座って後ろに倒れる動き」を習得する。
「倒れながら腕で床を叩く瞬間に首を引く」という動作は何度やっても難しい。
次は「立って後ろに倒れる動き」。
「落ちることを怖がっていないところが良い」とコーチに褒められ、気を良くする一幕アリ。
「受け身の美学」という言葉を聞いたことはあるが、派手な技はこうした地道な練習のうえに成り立っているのだな……。
ちなみにこの間、他の練習生は自主練習だ。コーチを独占して少し申し訳ない気持ちになるものの……
気をつかっている余裕もなく……
受け身の特訓はつづいてゆく。
この時すでに練習開始から1時間半が経過していた。さすがにここからドロップキック習得は難しいだろう……が、それでよかったと思い始めている自分がいる。苦しい……もう帰りてぇよ……!
・だが時は満ちた
……が、突如として「じゃあドロップキックやりましょう」と言い出すMIOコーチ。
私「マジで!?」
残り時間も迫る中、間に合うのだろうかと半信半疑でキックの指導を受ける。すると……
なんと先ほど練習した受け身の知識と技術全てが、ドロップキックの動作に関連していたと判明! そういうことだったのかっ……!
あとはステップと蹴る位置を調整してみたら……
あっさり!
ドロップキックできちゃったァァァーーーーー!!!!!
・メチャホメられた
なぜかドロップキックを2時間で習得できてしまった私。その理由についてMIOコーチの見解は「思い切りのよさと性格」とのこと。
ちなみに練習生に混ざって「相手を3分間タコ殴りにしてもよい(蹴りアリ / グローブ装着)」というルールの練習に参加させてもらった際、コーチから「そこまで思い切りよく人を殴れるのは才能」とお褒めの言葉をいただいた。
また169センチの私は参加者の中で一番背が高く、そのことはやはりプロレスをやるうえで有利なのだと身をもって体感。
つまり私は「体力」「運動神経」「年齢」というハンデを抱えているが、「体格」「バトル向きの性格」という特性を持ってもいる……ということらしい。自分ではよく分からんが、とりあえず “まるっきり見込みナシ” ではないと分かって素直にメチャクチャ嬉しいぞ!
私のドロップキックを何発も受けてくれた若干17歳・すずコーチの意見も気になるところだ。
──すずコーチは……可愛いですよね。失礼ですがひょっとして、アイドル兼レスラーとか?
鈴季すず「いえいえ! 専業ですよ。中学生の頃からプロレスが好きで、特にデスマッチ(凶器を使ったプロレス)をよく見ていました」
──同世代でプロレスは流行っていたんでしょうか?
鈴季すず「全然流行っていなかったですね。私は最初ファンとして見るだけだったんですけど、自分でもやりたくなっちゃって」
──そこから3年でプロですか! すごい!
鈴季すず「いえいえ、亀沢さんもなれますよ! 今日は本当スゴかったです! 150……いや、もう200点あげてもいいですよ。満点です」
──そんな……テヘヘ!
鈴季すず「本当ですよ。教えたことをすんなりできる人って、なかなかいないんです。こんな短時間でドロップキックができるって……コレはなかなかですよ。何週間か通ってようやくできる技なので!」
──嬉しいです! ちなみにこれ、家の布団で練習したら危ないでしょうか?
鈴季すず「そうですね(笑)。気持ちはわかります! 私も試みたことがありますよ。やりたくなっちゃいますよね、でもやめときましょう!」
──がんばれば対人ドロップキックできるようになりますか?
鈴季すず「もうできていますよ! 亀沢さんデビューできると思います。通っていただければ絶対できますよ。がんばって!」
・まだ遅くないのかもしれない
最後はリングの掃除をし、私のプロレス体験入門は終了した。
「自分がプロレスラーに」などとは考えたこともない。3時間前の自分なら「そんなの無理だ」と即答しただろう。しかし今は「やればできるかも」と思い始めているのだから、やはり何事も体験してみるべきなのだなァ。
そしてオールドプロレスファンを憎む気持ちも、この数時間ですっかり消え失せてしまった。華やかなリング上の景色は、努力と歴史の積み重ねによって作られていると知ったからだ。私のほうこそ意地をはらず、馬場さんや猪木のこと知るべきだったと反省したのである。
ちなみに本日2月19日は『プロレスの日』。覚えたてのドロップキックで先輩をギャフンと言わせるオチを考えていたのだが……新型コロナウイルスの感染予防のため、残念ながら当サイトメンバーは現在みな自宅作業中だ。
先輩たちと次に会うのは1週間後。それまでに「ドロップキック・改」を完成させておかねばなるまいて……!
取材協力:アイスリボン
Report:亀沢郁奈
Photo:RocketNews24.
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