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本当にサッカーが好きな中国人は、“スポーツとしてのサッカー” が好きな中国人は、「日本のサッカー」のことを悪くは言わない。みんながみんなそうではないが、多くのサッカー好きな中国人、そしてサッカーのことを報じる多くの中国メディアは、恐ろしいほどに謙虚である。

そこに “反日感情” なんて一切ない。あくまでも純粋に「サッカー」を論じているのだ。それでは、サッカーに乗じての反日感情が突如むき出しになった “あの時” はどうだったのだろうか。2004年に中国で開催された『AFCアジアカップ2004』の時である。

・反日感情がムキ出しになった重慶

アジアカップ2004における反日感情がピークに達したのは8月7日、決勝戦(日本vs中国)の北京だった。暴動にまで発展した。だが、それ以前もスゴかった。そもそも、突如として反日感情がムキ出しになったのは重慶だった。それはもうスゴい有り様だった。でも、そこには、今回ご紹介するような中国人サッカーファンもいたのである。

・GK川口が神セーブ連発したあの日

2004年7月31日、場所は重慶オリンピックスポーツセンター。グループリーグを勝ち進んだ日本代表は、準々決勝においてヨルダンと戦い、奇跡のPK大逆転で勝利をおさめた。GK の川口能活が、「神」とも称されるスーパーセーブを連発した伝説の死闘である。現場にいた数十人の日本サポーターは、奇跡の勝利に歓喜した。その中に、私(筆者)もいた。

・不穏な空気の中で「出待ち」をした

あまりにも感動的。ブーイング轟く逆境のなか、奇跡の勝利をおさめた日本代表に、せめてものエールをおくりたい。そう思った私と、重慶で偶然再会した旅の友、そしてその場で知り合った2人の日本サポーター、合計4人は、日本代表が乗るバスをスタジアム裏で待っていた。俗にいう「出待ち」である。

スタジアム裏では、数百人の中国人のサッカーファンたちも “何か” を待っていた。それと同時に、百人以上の警備員も駆けつけた。防具を身につけた機動隊のような警備員である。私の記憶が正しければ、警備員が動員されたのは、この試合からである。

ちなみに、日本人が一箇所に集められたのも、この試合からである。座席指定のチケットを持っていても、日本人ということで、おそらく危険が伴うという理由で、強制的に一箇所に集められたのだ。それ以前の試合(オマーン戦、イラン戦)では、そんなアナウンスは一切なかった。

・数十人の中国人サポーターに囲まれる

ともかく、不穏な空気のなか、日本代表が乗るバスを待った。まわりがイライラした中国人だらけなので、当然ながら「青いTシャツ」や「日本代表ユニフォーム」などはあらかじめ脱いでおき、中国人のフリをしながら待ったのだ。しかし、アッサリと見破られ、数十人の中国人サポーターたちが我々4人のまわりを遠巻きに囲んでいた。

一定の距離はたもっているが、彼らは我々4人に対し、指をさしたり、ニラミを効かせたり、何かを言っていた。スタジアム内でも叫ばれていた「日本人に対する差別的な言葉」もガンガン聞こえた。でもまあ、手出しはしてこないし、警備員も近くにいるし……ということで、とくに感情的になるわけでもなく、気にしないでバスを待った。

・日本代表のユニフォームを来た青年

……そんな時だった。1人の中国人青年が、我々のほうに歩み寄ってきた。よく見ると、日本代表のユニフォームを着ている。一体これはどういうことだ? 彼は「日本サポーター席」にはいなかった。中国人席にいたはずの中国人だ。それなのに、中国人なのに……なぜか日本代表のレプリカユニフォームを着ているのだ!

そして彼は、つたない英語で、我々に対してこう言った。「俺は中国人だけど日本のサッカーが好きなんだ。今日も日本を応援していた。勝ってよかった! 俺は日本のプレイが好きなんだ。フェアなプレイが好きなんだ。だから日本のユニフォームを着てるんだ!」と。

我々は、「君はこんな状況で日本ユニフォームを着て大丈夫なのか?」と心配した。しかし、彼は「ひそかに持ってきていたんだ。俺は、日本を応援しに、ここに来たんだ。いま、きみたち日本人を見つけたから、いま着たんだ」とか言っていた。その後、我々は「ガシッ」と5人で抱き合った。そして、サワヤカに別れた。

だが、この後、我々は悲しい光景を目にすることになる。

・飛び交う水入りのペットボトル

ひとり帰ろうとしていた彼めがけ、まわりにいた数十人の中国人サポーターから、飲みかけのペットボトルが投げつけられたのだ。水しぶきが舞っていた。数個のペットボトルは、彼の頭にコツンと当たっていた。その度に、彼の頭は「ガクッ」と傾いていた。

しかし、彼はこちらを振り返らず、力強く一歩一歩、徒歩でスタジアムから離れていった。日本代表の背番号を背負いながら。

また、この数分後に、日本代表が乗ったバスが出てきた。その瞬間、まるでマシンガンのごとく、バスめがけてペットボトルが四方八方から投げつけられていた。この場所で “何か” を待っていた中国人サポーターの目的は、この “ペットボトル攻撃” のためだったのだ。

・あいつは今、何をしているんだろう

とても悲しい出来事だった。結局のところ、この日、この重慶スタジアムにやってきた多くの中国人サポーターたちは、ヨルダンのファンなんかではなく、純粋にサッカーが好きなサッカーファンなんかでもなく、単に日本代表が負けるところが見たかっただけの反日集団だったという印象がある。とにかく異常な雰囲気だった。「これがアウェイだ」と言われたら、その通りなのだが。

だが、そんな緊迫した状況のなか、むき出しの反日感情マックスのなか、ひそかに日本代表のユニフォームを持参して、スタジアム内ではヨルダンを応援するフリをしながら心の中では日本を応援し、危険を承知で、我々日本人に「日本サッカーが好き」ということを見せるために、わざわざユニフォームに袖を通し、結果、危険な目にあった中国人がいたということも、私は決して忘れない。

あいつは今、何をしているんだろう。もしかしたら、あいつ、中国のサッカージャーナリストになっているのかも知れない。そして公平な目でサッカーを論じているのかも知れない。おそろしく謙虚な中国のサッカー報道は、実は彼が書いているのかも……。そうだったら、いいな。いや、そうであってほしい。

Report:GO羽鳥
Photo:RocketNews24.

▼とにかく暑い日だった。まさに死闘だった
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▼コートチェンジ前のPK時
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▼日本サポーター席に向かって挑発をする中国人サポーターたち
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▼中指を立てる人もたくさんいた
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▼この試合だ

▼この神セーブだ

▼試合後、スタジアムの外は厳戒態勢
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▼何かを待っていた中国人サポーターたち
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▼バスを守ろうとしている警備員たち
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▼しかし、バスが出てくるとペットボトルが飛び交った
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