
取材で知らない街に出かける時、私(佐藤)かねてからはやってみたいと思うことがあった。それは、フラリと「昼スナック」に入ること。時々、昼スナックに遭遇するのだが、どうしても入る勇気が持てなかった。というのは、せっかくの憩いの場所・憩いの時間を、興味本位で入ってお邪魔をしたくなかったからだ。
だが、今日は夏を思わせるほど天気がよく、何かを決断するにふさわしい日と判断して、意を決して盛り上がっているお店に入ってみた。すると、そこには私が考えもしなかった感動が待っていた。なんて素敵な空間なんだろうと、心が震える想いがした。
・意を決して昼スナックへ
この日は、あるお店を訪ねるために埼玉県越谷市・東武伊勢崎線の蒲生駅で降りた。越谷はレイクタウンに何度か訪ねたことはあるが、蒲生駅で降りるのは初めてだった。
駅の東口を出て徒歩で約10分。ほぼ直進でお店にたどり着く道筋だ。だが、知らない街を訪ねているのに、真っすぐお店に行くだけではつまらないので、適度に寄り道するのが私のやり方。だいたいは目についたものに吸い寄せられるようにして、そちらへと向かって行く。
駅前交差点を通過して蒲生中央通りを真っすぐ行くと、以前はちょっとしたモールだった場所を発見した。「ミコーショッピングセンター」、1つの建物ではなく、3棟に分かれてお店が入居していたらしい。一部を残して今は閉じているお店もある。
さらにウロウロ歩いていると、ホンダの販売店の駐車場に二宮金次郎像。小学校ではない場所で見かけるのは珍しい。そういえば、10年くらいに「ジェット二宮金次郎像」を制作した方にインタビューさせて頂いたことがあったなあ……。
少し脇道に入ったところに、飲み屋街らしき場所を発見した。「寿通り飲食街」、小さなお店が10軒くらい集まっている。良い雰囲気だなあ、こういう通り、大好きなんだよ。さすがに昼だから営業しているお店はないだろうなあ。
入口の居酒屋「おかめ天国」、いい名前だなあ、最高!
「とりあえずせんべろ」もお店の名前だよね? 「3杯 + おつまみ = 1000円」、今でもこの仕組みを維持しててほしいけど、物価高で大変そうだ。
どこもやってないと思いきや、中ほどの1軒からカラオケの歌声が聞こえる。しかもめちゃくちゃ上手い! 今、昼の12時くらいだけど、結構な人数の声が聞こえるな。中が気になる~!
少し話はそれるが、私は今、まさに歌を上手くなりたかった。というのは、生成AIで昔の曲をよみがえらせることができて、音楽欲がわいていたからだ。AIで曲が完成するだけでは満足できない。それをしっかり自分のモノにしたいのだ。
そのためには完成した楽曲に見合う歌声を備えなければ。だが、20代の頃から喉で歌うクセがついたまま現在まで来ているので、どうやっても自分の声が聞き苦しかった。ましてAIの正確な演奏と重ね合わせると、自らの下手さが浮彫になって聞くに堪えない。
「上手くなりたいな~」と思っていたところで、聞いた昼スナックのカラオケの歌唱。どんな人たちが歌ってるんだろう? ご年配の方々であることは想像がつく。高齢になっても上手い人はずっと上手い。それには何か秘密があるんじゃないかなあ。直にその歌声を聞いてみたい。だが、冒頭に述べたように、その盛り上がりの中に私みたいなヨソ者が入っていって大丈夫だろうか?
2~3度店前を通過し、一旦喫茶店に寄り道して、どうしようか考えた末に、「今を逃すと昼スナックに行くことはないかも」と考えて思い切って入店した。
・52歳、最年少
中に入るとカウンター席に6人くらいいらっしゃって、ボックス席に1組のご夫婦。皆さん、おおむね70~80代ではないかと思われる。そこに入った52歳の私は間違いなく最年少で、自分が若者のように思えた。
20歳になりたての頃、カッコいい大人たちが出入りするバーに紛れ込んだような、そんなドキドキと興奮がある。「すみません、お邪魔します」と心の中で皆さんにご挨拶。
入店するとママさんが、ちょっと戸惑ったような顔で出迎えた。それはそうなるよね、間違えて入って来たんじゃないか? と思われても仕方がなかった。そもそも店の仕組みを理解していないし。
実はこのお店、1200円でドリンク(アルコールも可)2杯に、焼きそばやカレーなどのランチが付いてくる。それにカラオケ歌い放題で、12~14時までがランチ営業とのことだった。食事ができてお酒も飲めて、カラオケ歌えて1200円は安い。そりゃ、ご近所さんは自然とこのお店に集うでしょう。
私は食事を済ませていたので、ノンアルコールでトマトジュースをお願いした。お通しがついてきたが、これも1200円に含まれているっぽい。
ママさんに「カラオケ歌いますか?」と言われたが、私は「皆さんのお上手な歌を聞かせて頂きたいので、歌わなくて大丈夫です」と伝えた。
するとママさんの顔がほころんだ。「歌って頂いていいんですよ」と優しく言ってくれた。どうやら、私が遠慮気味に入ってきたものだから、私を気遣って戸惑った表情を浮かべていたようだ。私なりに楽しもうとしている意図がわかって、安心した様子だった。
・今こそ歌わねば!
さて、席について先輩方の歌に耳を傾ける。最初の30分はお隣に腰かけているご夫婦が交互に歌っていた。お2人とも唸るほどお上手、身体つきは細く、どちらかといえば華奢(きゃしゃ)なのに、どこにそんなパワーを秘めているのか? と思うほど、芯のある歌声。
とくにご主人は、音程が正確でのびやかなロングトーンは聞いていて心地よい。どうやって声を出しているんだろう。あまりまじまじと見るのは失礼なので、チラリと様子をうかがうとまぶたを閉じて、気持ちよく喉を鳴らしている。
ああ、自分は力むばかりでこんな風に、音に身を委ねるということができてないなあ。
どの歌も素晴らしく、曲が終わる度に盛大に拍手した。そうしたところ、ご主人が私が真剣に聞いていることを察したらしく、無言でデンモク(カラオケ専用リモコン)を私のテーブルに置いた。
あ! これは「よろしかったらどうぞ」ということだな。く~……、こんな人の前で歌えないよ。でも、せっかくのご厚意を無下にするのも失礼。というか、勧められて断るのは無粋だろ。いくしかねえな、でも何を歌おう……。
そうしていると、ママさんがテーブルにやってきて「コレ、どうぞ」と玉子豆腐を置いていってくれた。食事をしないと言ったから気遣って出してくれたんだな。有難い。
玉子豆腐を食べていたところ、隣のご主人が無言でデンモクをひっこめた。しまった! チンタラしてたからチャンスを逃した。何を躊躇(ちゅうちょ)しているんだ。下手でも誰も聞いてないんだから、こういう時は思いっきり行くべきなのに、チキショー!
ちょっと後悔していたところで、またママさんがやってきて、モズクを置いていった。なんかいっぱい食べさせてもらって申し訳ないです。学生にドンドンご飯を勧める食堂に来た気分だよ。学生気分といってももう52歳なんだけどね。
さらにママさんは来る。今度はかぼちゃの煮物・かまぼこ・鶏肉の煮つけかな? の3品を置いていった。実はちょっとお腹いっぱいだったけど、絶対に全部食うと私は固く誓った。
ほどなく、また隣のご主人が、スッと私のテーブルにデンモクを置いた。このチャンスは絶対逃さねえ! すかさず私は軽く会釈をしてデンモクを取り、吉幾三さんの『雪國』を叩き込んだ。
親父の好きだった曲なんだ。これならこの場にふさわしい。探るようにメロディを追いかけて何とか完唄、お隣のご夫婦があたたかい拍手を送ってくれて、とても嬉しかった。会話はしていないけど、心が通う感覚が気持ちいい。
・その人を通して発せられる言葉
その後にカウンターにいらっしゃる皆さんも順番に歌い始めた。
軒並み全員上手い! なんだろう、ここは。ゲームとか映画とかで場末の飲み屋に入ったら、すでに現役を引退した戦士や魔法使いがいて、若造が舐めた態度をとったら、伝説の技や魔法を遊び半分で繰り出してきて「ワシももう歳じゃ、ハッハッハ」って言ってるシーンみたいになってるぞ。みんな猛者すぎる!
私は軽く戦慄しつつも、畏敬の念を抱かずにはいられない。だって、音楽に対する深い愛情を感じるから。そして、それぞれの皆さんの歌声から人生が見える。
1人の方がBOROさんの『大阪で生まれた女』を歌ってらっしゃる。その横顔は、まるで遠い記憶をたどっているに見えた。私ですら出会いと別れを繰り返して、ようやく50年を生きている。皆さんはそれよりも長い時間、時にはツラいことだってあったはず。
「たどりついたら1人の部屋 裸電球をつけたけど また消して」(大阪で生まれた女)
その歌詞のリアリティ、歌う方の人生を通して発せられるその言葉が、胸に迫って思わず目頭がアツくなった。上手いとか声が出るとかではなく、それらを越えたものがメロディに宿っている。これが「歌」なんだなあ。
・2人のメモ帳
ふと、お隣のご夫婦を見ると、手元には小さなメモ帳があった。そこには曲のリストが記されているようだった。おそらく半世紀は連れ添って来られたんじゃないだろうか。そのお2人が、小さなメモ帳を見ながら「次はどれにしようか?」と話し合っている。
その姿にも私は感動してしまっていた。美しい光景、私もこうありたいと憧れてしまう。
よく見ると、皆さん生きいきとしていらっしゃって、今この瞬間をとても楽しんでいる。1曲、また1曲と聞きながら、その上手さに聞きほれている私もまた、この瞬間を楽しめていることがうれしかった。
とはいえ、1時間で帰ると決めていたのでそろそろ時間だ。短時間ではあったけど、昼スナックを経験でき、ママさんのおもてなしと、皆さんの人生を感じさせる歌声、そしてカラオケを共に楽しむ仲睦まじいご夫婦。それらに感動できて本当によかった。
自分の歌が上手くなるかはわからないけど、快い経験をさせて頂いた。お会計に席を立つと、隣のご主人が小さく「もう帰っちゃうの?」と言ってくれたのが、嬉しかった。「お邪魔しました」と笑顔で礼をして、店を出た。
昼スナックって、思っていた以上に素晴らしい場所だ。お酒を飲まなくても十分に楽しめるし、勉強になる。また機会があれば訪ねてみたい。店を出た時にまだ14時、日が高くてビックリした。
執筆:佐藤英典
Photo:Rocketnews24
▼ご夫婦に敬意を表して、歌詞を書いてAIで曲を付けた演歌『夫婦マイク』
佐藤英典











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