すみませんすみませんすみません。真っ暗なトンネルの中、私(中澤)は心の中で呪文のように繰り返していた。マジで軽い気持ちだったんです。だが、もう後戻りはできない。

と、その時、響き渡る鈍い音。ギャー! また来たァァァアアア!! すみませんすみませんすみません……!

・さかのぼること30分前

なぜ、こんな状況になってしまったのか? それはさかのぼること30分前のある思いつきがキッカケだった。以前の記事で、奥多摩山中の日原鍾乳洞に行ったことをお伝えしたが、見終わって最寄りのバス停「鍾乳洞」に着いたところ、次のバスは1時間32分後だった

最初に思いついたのは、日原鍾乳洞の前にある売店で時間を潰すプラン。次に思いついたのは、日原集落を見て時間を潰すプラン。私は後者を選び、バス停から下りの道沿いに広がる日原集落の散策を始めた。

木造建築が多く、閉店した店には色褪せた看板だけが残っている日原集落。時が止まったような集落は夏目前の日差しと相まってひどくノスタルジックだ。セミが鳴き始める頃にはもっと雰囲気が出そうである。

ちょっとした『ひぐらしのなく頃に』みを満喫して、富竹ジロウばりに写真を撮り歩きしていたところ、集落の端のバス停「東日原」にたどり着いた。

・最初の罠

結構歩いたなあ。そこで少し休憩する気持ちで、バス停に貼られていたマップを見ていたところ、本当に思ったより進んでた。これ、あと半分ちょっとじゃね? 戻ってバス待つよりそのまま歩いて下山した方が早くないだろうか?

後から画像をよく見たら文字で書き込まれているバス分数が5倍くらいになっているので絶対にそんなことはないんだけど、この時は大まかな絵の位置だけ見てそう判断してしまった。

幸い、水は残ってたので「ハイキングも良いか」という軽い気持ちで下山を開始。ウグイスの声が聞こえる。のどかですなあ。

・日原トンネル

そんな感じでしばらく歩いているとトンネルが姿を現した。「日原トンネル」という名前のそのトンネルは1100mあるらしい。これまで歩いた距離を考えると1.1kmは短い。トンネルの中に歩道も設置されているし危険もなさそうだ。余裕やろ

だが、入ってみると出口の光が一切見えないトンネルは思ったより薄気味悪い。今自分がトンネルのどの辺りにいるか分からなくなるのだ

ぼんやり大きくなっていく不安を現わすように、進めば進むほど暗闇も広がっていく。ぼんやりした電灯はその闇を点々としか照らしてなくて、その薄暗さの中に浮かび上がる「非常電話まで○○m」の看板が不気味に映える。ヤバイかもしれない……そう思ったのは大分進んでしまってからだった。

・迫ってくる音

じわじわした不気味さの中進んでも進んでも見えてこない出口。その先の見えなさに私のSAN値は限界近い。でも、ここから来た道のりを戻る方が発狂しそうだ。進むも地獄、戻るも地獄。そして、何より怖いのは、さっきから聞こえている音だ

ォォォオオオゴオオオォォォ


……そんな長くて鈍い低音が遠くからずっと響いているのである。実はこれ、車の走行音だ。トンネルの構造上の話だと思うけど、車がトンネルに入って抜けるまでずっと走行音が聞こえるのである。

まるで再生速度を落としたみたいな聞きなれない音の壁がゆっくり迫ってくるものだから普通に怖い。こんなに長いトンネルを歩いたことがなかったため、トンネルの中の音がこんなことになっているというのを知らなかった。すみません。舐めてました。もう勘弁してつかあさい。

・嘘だろ

あのカーブの先には光が見えるだろうか? 希望を持っては裏切られ、座り込みたくなるがここで止まっても問題は悪化する一方だ。絶望しかける度に自分を鼓舞して歩き続けた結果……ついに出口が見えた!

外の光だ……。体感では2時間くらい歩いた気がする。でも、時間を見たところ経過していたのはたったの10分だった。嘘だろ!? あの道のりが10分!? 体感時間が狂いすぎて異世界を歩いていたみたいな気分だ。

一説によると、人間は何もない空間に72時間閉じ込められたら精神崩壊するという話がある。普通は陥ることはない環境だが、山中の長いトンネルの中はそれに近い環境になっているのかもしれない。

というわけで軽い気持ちで山中のトンネルを歩いて抜けようとしてはいけない。あと、山の地図を見る時はちゃんと文字まで読もう。イメージ絵で端折られている部分に罠が潜んでいる場合があるぞ。皆さんも山に行った際はくれぐれもご注意を。

執筆:中澤星児
Photo:Rocketnews24.
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▼外の光にマジで感動した

▼山の地図には気をつけろ

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