2023年12月1日から公開となる映画『ナポレオン』。リドリー・スコット監督の最新作で、主演はホアキン・フェニックス! この二人の名前だけで期待するには十分だ!!

私にとっても、今作はクリストファー・ノーラン監督の『オッペンハイマー』(日本では公開されないままだが)と並び、今年の伝記映画枠で最も楽しみにしていた映画の1つ!

一足先に試写会にて視聴させて頂いたので、楽しみを損なわないよう配慮した上で、レビューをお届けするぞ!

・伝記映画なので

本作はナポレオンの半生を、だいたいまるっと描いている。そのため映画内で起こる大きなイベントの多くが、有名な歴史的イベントとなっている。

偉人の伝記映画なので当然だろう。この手の映画の見どころは、作中で描かれる出来事ではなく、その描かれ方にあると思う。

ゆえにこの記事では公開されていない細部を伏せつつも、作中に登場する歴史的にビッグな出来事はネタバレと見なさず、ストレートに言及していく。

ナポレオンって誰!?」「何やった人なのか気になる!!」というくらいに全てを楽しみにしている人にとっては、耐えがたいネタバレラッシュとなるだろう。本文までにスペースを空けておくので、そういう方は映画を見た後でこの記事に戻ってきてくれ。


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・フィクション

この映画は、マリー・アントワネットの処刑の場に、まだそんなに地位が高くないナポレオンが居合わせるところから始まる。

つまり、史実通りではないということだ。実際には断髪されていたとされるマリーは髪がフサフサで、当時は南フランスで戦闘中だったと考えられるナポレオンが、パリの現コンコルド広場にいることになっている。

他にも様々な、実際には起きていない映画オリジナルの描写が登場する。本作にはナポレオン研究で有名なオックスフォード大学の歴史家マイケル・ブロアーズ氏が協力しており、監督も史実を把握した上でやっていると考えるべきだ。

大まかな流れや時系列は史実通りで、衣装やセットのつくり込みが素晴らしい(美術部門ではアカデミー賞の有力候補だと思う)ため誤解されそうだが、本作は最初から史実に完璧に忠実であろうとはしていないのだ。

そしてオリジナル展開の中でも特に大胆なもののいくつかは、公式のトレーラーでガッツリ公開されている。例えばピラミッド砲撃のシーンがその1つだ。”そういう映画だぞ” と、事前に教えてくれていると言ってもいい。

伝記映画における史実と異なる演出を、我慢ならないものに感じる人は存在する。その1人だという自覚のある方は、チケットを買う前に少し考えた方が良い。


・戦争映画ではない

映画の公開に向けて、すでにトレーラーが複数YouTubeで公開されている。楽しみにしている方々は、きっとすべて巡回済みだろう。



これ等のトレーラでは、迫力のある気合の入った戦闘シーンが多めだ。そこはかとなく戦争映画みたいな雰囲気が出ている。

しかし、少なくとも私は、本作は戦争映画ではないと感じた。全編を通して全ての戦闘シーンは凄まじいクオリティに仕上がっている。それは間違いない。

特にアウステルリッツの戦いの演出とカメラワークは神がかっており、ここ10年くらいで最も洗練されたもののうちの1つではないかと思うほど。

しかし、この映画のメインは戦闘ではないのだ。ナポレオンの半生を描いた結果、ナポレオンが戦争ばっかしていたせいで戦闘シーンが必然的に増えたという見方の方が正しいと思う。

また、セルゲイ・ボンダルチュク監督の『ワーテルロー』のように特定の戦闘をじっくりやる感じでもないので、戦闘にばかり期待すると、ちょっと思ってたのと違うとなる可能性がある。


・説明は少ない

ストーリーは基本的に史実の時系列通りに進み、その時々で舞台となる土地の名前こそ出るが、やりとりしている人々が誰なのかという説明はそんなに親切ではない。

観客がある程度歴史を知っている前提で作っているのだと思う。

日本人的には、映っている偉そうな人が誰で、ナポレオンが今どこの国と戦っているのかわからなくなる可能性がある。

登場人物の説明なしに「桶狭間の戦い」が始まっても日本人は大丈夫だが、一般的な西洋人は置いてきぼりになるだろう。そういう感じ。

また、印象的なシーンの多くは、ナポレオンを描いた絵画を模したものであったりもする。例えばエジプトでスフィンクスを眺めてるシーンや、ミイラをガン見するシーンがそうだ。

元ネタを知っている方が、圧倒的に楽しめるのは間違いない。戦歴と絵画だけでも簡単に予習をしてから見に行ったほうがいい。


・よくいるおっさん感

ここまで本作における “そうではない” ポイントばかり書いたが、ここからはどういう映画なのかについて触れていこう。

といっても、実のところ私はいま苦悩している。なかなか考えがまとまらず、どうにも見た者の間で見解が分かれそうに思えてならないのだ。

いやむしろ、それぞれの解釈の(恐らくどこにも着地しないであろう)ぶつけあいを含めて、この映画は完成する説まである。

あくまでこれは私の解釈だが、まず、本作は驚くほどにナポレオンを偉人として見せようとはしていないように思う。

次に、数多くの有名な戦闘が圧倒的なクオリティで描かれるが、しかしその全ては短い時間であっさりと過ぎ去っていく。やはり戦闘はメインではない。

映画では戦闘シーンと同じくらい、妻のジョゼフィーヌとの関係も力を入れて描かれる。本作におけるジョゼフィーヌとナポレオンのやり取りは生臭くネチャついた雰囲気が強い。若干キモいまである。



この映画はナポレオン夫妻の、ちょっとクセの強い愛の物語……みたいな感想も出てきそうなくらい、2人の関係を描いた部分はネットリした重みを有している

しかし、ではその辺りこそが主題なのかと問われれば、それも違うように思える。じゃあ一体、描かれているこれらはどこに行きつくのか?

そこでこの2つの要素を均等に扱って1人の個人に落とし込んでみたところ、どうもナポレオンのことが、圧倒的に凄い数多の特徴で着飾った普通のおっさんに見えてきたのだ。

容器と食い物で例えるなら、宝石で飾られた純金製の皿に乗っている超豪華料理ではなく、宝石で飾られた純金製の皿に乗っているビックマックとか、コンビニのおにぎりだ。

まあ2人のその手のシーンはけっこうエグみがあるので、「いや、このジョゼフィーヌは普通の女じゃないだろ! 変だろ!!」とか「このナポレオンは普通の男じゃないだろ! 変だろ!!」という反論が予想されるため問うておくが、では、普通の女や普通の男とは何だろうか? 

私は誰しも、その全てを精査すれば、そこには他人から「変だ」と見なされる個性が絶対に10や20はあると確信している。

ゆえに、変なところを有していることこそが、普通であることの証だと思うのだ。そんなことは無いと思うなら……あなたのプライベートな “癖” をつぶさに世に公開して、変かどうか意見を募ればいい。皆がそれをやった果てには、全員が他人から変人という客観的ジャッジを下される結果が待っている思う。

話を戻そう。本作で描かれた全ての特徴あるあれやこれやは、あのナポレオン・ボナパルト(ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネも)から凄い経歴や、そこから生じる威光を剥ぎ落し、その実は普通のおっさんであると見せるためではないか……というのが、私の今のところの感想だ。

しかし、そうだとしても思考は止まらない。ではそこには、どんな監督の意図があるのか? 単にリドリー(イギリス人)はナポレオン(フランスの皇帝)が嫌いで、それが作品に出ただけか? いやまさかそんなことは……と、いった具合だ。

監督は深いことなど何も考えていない可能性もあるだろうし、結局のところ答えは出ないだろう。何にせよ、あのナポレオンを起用してこのような見せ方をし、思考する余地をよく残すというのは、なかなかに怪作だと思う。

最近は分かりやすい映画が増えたように感じるが、これは久しぶりの、ああだこうだと思考を巡らせるのが楽しい映画だ。私の考察の全てが間違っていても、この点だけは確かだ。

参考リンク:ナポレオン
執筆&写真:江川資具