この春、15年住んだ部屋から引っ越したので、家のものを処分しまくった。

家にモノが増えた結果「小ダサい部屋」になってしまったこともあり、これを機にインスタグラムで見るような、物が少なくてオシャレな部屋に住みたいと考えたのだ。引っ越しを転機にして全て捨て去り「小ダサ部屋住人」から「ミニマリスト」への転生をはかろうと思ったのだが……断捨離は甘くなかった。

もともと、可愛いものが好きで、物集めが趣味であった。4月からの新生活に向けて「断捨離」しようと思っている人に伝えたい。断捨離、想像の10倍くらいしんどかった。

・最初は簡単……だがしかし

断捨離のステップはまずはゴミや明らかな不用品の処分から始まる。これはめちゃくちゃラクだし、気持ちよささえある。

使ってない家電の説明書とか、クーポンとか、古い化粧品とか、賞味期限の切れた調味料とか……。明らかに理由があるものを捨てるのは気持ちがいい。だから最初はどんどんゴミ袋がパンパンになる。

「捨てるってなんて気持ちいいんだろう!」

「なんで今まで断捨離しなかったんだろう!」

と、ちょっとした断捨離ハイみたいになる。この勢いで全部捨ててやるぜ! みたいな。ところがどっこい、これは登山で言えばまだまだ山の麓であった。


・「判断に迷うものは後回し」のルールが…

雲行きが怪しくなってくるのが、よく断捨離や片付けの本に書いてある「迷うものは保留ボックスへ」ってところである。全部捨ててやるぜって勢いで始めたわりに、洋服や趣味のアイテムや本なんかは、次第に選別するスピードも遅くなっていく。

「気に入ってはいないけど、運動用の服はこれしかないんだよなあ」

「あ、昔の旅行で買ったものがこんなところから出てきた。かわいいなあ」

「うーん、これは高かったからメルカリで売るといいかも……」

と、こんな感じでどんどん保留ボックスに物が吸い込まれていく。ゴミ袋がなかなかいっぱいにならず、気づけば保留ボックスの物の方が多くなっているのである。

そして振り向くと、片付けをしているはずなのになぜか部屋がぐちゃぐちゃになっている。蝶が羽ばたく前にサナギの時期を経るように、片付けをしている途中の部屋は一番散らかるのである。

苦労しているわりに、思ったより成果が目に見えない。元々、片付けが苦手だった人間が一念発起しているわけで、この辺りでだんだんしんどくなってくる。変わらない山の景色を進んでいる山の中腹あたりだろうか。


・保留ボックスに立ちはだかる2つの矛盾

で、なんとかざっくり部屋の不用品は処分しおわって、ようやく保留ボックスに手を付け始めるわけだが……。ここから断捨離のつらいところが始まる。私の前に立ちはだかった2つの矛盾について伝えたい。


①ときめきとガラクタの共存

私は一人暮らし。部屋にあるものは基本的に「自分が一度は欲しいと思って買った物」なのだ。さらにいえば、私はカワイイもの好き。

保留ボックスに残ったものは、テイストは違えどどこかに「カワイイ」要素があるものばかり。

レトロでカワイイもの、シンプルでカワイイもの、カラフルなカワイイもの、エスニックなカワイイもの、おちゃめでカワイイもの……。いわゆる「こんまりメソッド」でいえば「ときめくものは残す」だけど、それでいえばほぼ全残しになる。

ところが、一点一点見るとカワイイのに、それらが集まると輝きを失い、なぜかゴミの山に見える。「ときめき」と「ガラクタ」が両立してしまうという矛盾が私の前に立ちはだかったのだ。

片付けの師匠であるT子ちゃんが言っていた。「おしゃれな部屋はテイストをそろえることが大事」だと──。つまり、センスのいい部屋を目指すなら、この中から、テイストをしぼって物を厳選しなくてはならない。

かわいいしまだ使えるけど、今の自分には合わないものを捨てるときは、もったいなさと申し訳なさで胸が引き裂かれるほど辛かった。


②ときめかないけど必要なもの

いっぽうで、全然ときめかないけど、生活のために捨てられないものというのもある。もちろんそれを一気に処分して、気に入った物に買い換えられたら気持ちいいと思うけど、お金がかかりすぎてしまう。

たとえば冬物の暖かいコートなんか、1着2〜5万はするから簡単に買い換えられない。家具や家電だって高いし「本当に気に入ったもの」を探すのは時間もかかる。さらに新しいものを買っても、値段を理由にまた妥協したら本末転倒である。

人生にはいつだって矛盾がともなう……と思うけど、こうした「生活に必要だから残したもの」には苦々しさすら感じた。まあ、私がこまごました雑貨などで無駄使いを繰り返した結果、家電や家具が安物になっていたことも否めないけど。

この矛盾を抱えながら、保留ボックスを整理している時間は、山頂は見えているようで実は全然前に進まない時間のようだ。足腰は痛いけど、もう引き返すこともできないし、なんで山に登ろうと思ったんだろう……みたいな。


・自分と向き合うしんどさ

断捨離は自分と向き合うことになる……とよく言われることだが、まさしくそのとおり。15年分の物の量だったので、15年分の人生とお金の使い方を見つめ直すような時間であった。自分が買ったものから、なりたかった自分像が見えたり、妥協したダメな自分が見えたり……。

で、この保留品を捨てるかどうするか判断する時間というのは、想像以上にエネルギーを使ってグッタリした。最初は「仕事から帰ってきてから毎日1時間は断捨離タイム♪」なんて思ってたけど、疲れた頭と体で断捨離すると『明日のジョー』のラストのように灰になってしまう。

必要かどうか考える苦しさ、使える物を捨てる苦しさ……。物にあふれた生活をしなければ、捨てることでこんなに苦しい思いをすることもなかったのに……! と、断捨離中に浮かれてホイホイ物を買っていた過去の自分を恨んだ。

ついでにいうと、買ったときは安かったのに、粗大ゴミとして処分するためにお金もかかるし手続きが面倒なものもあった。


そんなこんなで、買うことより、捨てることのほうが数倍しんどい……それが分かった結果、私は物を買うのが怖くなってしまった。

慎重にお金を使うようになったとも言えるが、あんなに買い物が好きだったのに、カワイイ店に入っても捨てるのが怖くて何も買えない。「買う前から捨てること考えるバカいるかよ」と怒られそうだが、持たない暮らしというのはそういうものかもしれない。

ちなみに、理想のスッキリ部屋を手に入れるには、まだまだ物を捨てる必要がありそうだ。なんと断捨離道は長いことか。あらためて、きれいな部屋に住んでいる人を尊敬するのだった。というわけで、これから断捨離する人は頑張ってください!


執筆:御花畑マリコ
Photo:RocketNews24.