広島の観光において、原爆ドームと厳島神社は不動のレジェンド。続くのが、呉や尾道の町並みなどだろうか。

全て素晴らしいが、同じくらい素晴らしいものとしておススメしたいものがある。それが、海上からの観光だ。漠然としていてピンと来ないかもしれないが、とにかく見てくれ!

・シースピカ

海上からの観光。つまり瀬戸内海を航行する船に乗って、島々や海上からの眺めなどをエンジョイするというもの。

瀬戸内海には恐らくその手のサービスがいくつもあるのだと思うが、今回紹介するのは「SEA SPICA(以下シースピカ)」の、広島港~三原港間だ。

シースピカとは、瀬戸内海汽船とJR西日本による観光型高速クルーザー。2020年の夏に就航したばかり。

先日、広島県によるプレスツアーの一環で乗船することに。乗る前は、正直言って三原にある取材対象までの “移動手段の一環” みたいな認識だった。

ぶっちゃけ期待していなかったのだ。しかしこの航路の充実度はぶっちぎっていることが発覚。ガチにスゴかった……!


・プリンスホテル前

シースピカの乗り場は、広島港から三原港までの航路の間に複数存在し、東向きと西向きのコースでも違ってくる。詳細は公式HPにて各自で確認していただきたい。

私が体験したのは東向きコースの「SEA SPICA お手軽乗船プラン」というものだそう。お値段は6500円~7500円。忙しさ次第で推移するもよう。

乗り込んだのはプリンスホテル広島の目の前の桟橋から。ここはホテルのロビーからはほぼ直結のような感じで、マジに徒歩2分くらいで乗れる。宿泊客にとっては便利さが極まっている。


紺と白で塗られた双胴船で、ロゴと船名は金色。クールだし、なんだかラグジュアリー感もある配色。


船のスペックはこんな感じ。最速で時速44キロまでとなっている。高速クルーザ―と言っても、例えば東海汽船のジェットフォイルのような凄まじい速度を出すものではない。定員は90名だが、コロナ禍中は70名とのこと。


2階建てで、1階のシートはこう。両サイドのシートは外に向かって3度傾斜しているそう。船内は車椅子にも対応している。


航行中でも船内をウロつくことができるし、2階にあがればテラス席のようなオープンなエリアが広がっている。


2階の船尾にはこんなシートも。


・海上自衛隊

ここからは、この日の乗船で実際に私が見た光景を順に紹介していこう。何が見えるかはその時々によって変わるため、常に紹介した通りではないことはご了承いただきたい。

出発して早々、前方に巨大な艦影が。船については全くの門外漢な私だが、明らかに民間船のフォルムではない


どんどん近くなるぞ!


これは……


海自の


おおすみ……! ニュースで見たことはあったが、海で実物とすれ違ったのは初めてだ。思っていたよりずっとデカい。


おおすみ の反対側は、海自が管理する大麗女島(おおうるめじま)と、海上保安大学校の校舎。


そして船は呉の港内部へ。「大和ミュージアム」が見える。いつか行ってみたい。


隣には巨大なクレーンと、乾ドック内に鎮座する巨大な船の姿が。ジャパン マリンユナイテッドの敷地だ。好きな人にはたまらないだろう。


その先は最大の見どころの1つ、呉基地係船堀。まず見えたのは補給艦と練習艦。「とわだ」「かしま」「しまかぜ」と書かれている。


隣には護衛艦「とね」が。各種ミサイルなどの装備がよく見える。隣は訓練支援艦「てんりゅう」。


新しい油槽船も見ることができた。


その向こうには潜水艦が。水蒸気を出しまくっている。


何かの作業をしていた。イベント的な一般公開デーでもない時に、海側からこんなに近づけるのはスゴいと思う。ときおり艦上の自衛官が双眼鏡でこちらを見ていた。


一通り見終えたところで、船は再び港の外へ。ここだけでも見応えが凄まじいが、まだまだ序盤だ。

船は左手に日本製鉄の瀬戸内製鉄所呉地区を見ながら東へ進んでいく。ものすごい広さの敷地に凄まじく巨大な設備。閉鎖が決まっているが、解体されたらどうなるんだろう。


・下蒲刈島

そんな感じでしばらく航海が続き、やってきたのは下蒲刈島。江戸時代に朝鮮通信使の宿泊地だったらしい。それに関連した美術館や資料館などがあるもよう。


島には長雁木という、江戸時代に作られた階段状の構造を持つ船着き場が残っている。水面の高さに関係なく陸のそばまで船を接岸するための工夫だ。普通に小型の漁船が係留されており、地元の方が作業していた。


残念ながら、美術館などに入るほどの時間的余裕は無かった。そこで島内を散策するなどしていたのだが、どうやらこの島は蜜柑の産地でもあるもよう。早生の蜜柑(10月だった)が売られているのを見つけた。1袋200円という東京の感覚からすると恐ろしく安い値段。


衝動買いして食べたのだが、素晴らしく爽やかな味わいでウマかった。この蜜柑は個人的にマジでおススメ。プライベートだったら買い占めていたと思う。



・大久野島

下蒲刈島を出て、最後にやってきたのは大久野島。ここは大日本帝国による毒ガス製造の島として非常に有名だ。毒ガス資料館があり、島内には当時の遺構も残っている。


興味があったので一般客として資料館に入ってみたのだが、戦時中の日本軍による毒ガス製造に関連する概要が主だった。島内の毒ガス施設にフォーカスした情報は控えめな感じ。


当時の遺物(島内のそれとは限らず)の展示などはあるため、興味がある人にとっては見応えがあるだろう。10分程度で見終わると思うので、船の時間を気にせず気軽に入って大丈夫だ。

ちなみに終戦直後の広島については、英連邦軍の一員として進駐していたオーストラリア軍が豊富な記録を残している

この大久野島もしっかりカバーされており、オーストラリア戦争記念館のHPでは、当時の島内の毒ガス施設の写真や、戦後に毒ガスを廃棄する時の写真などが90枚も公開されている。興味のある方はどうぞ。

今はすっかり平和な島で、桟橋にイカを釣っている人がいた。話を聞くと、実は人気のスポットなのだとか。すでにオフシーズンとのことだが、イカはいた。


・ボリュームがヤバい

大久野島を出たら、そこからは終点の三原港までノンストップだった。しかし途中で見える島々についての解説などは随時行われるため、全く退屈しない

航行中は私にも1階部分に座席が確保されていたのだが、テラス席からの見応えがありすぎて10秒くらいしか座っていなかったレベル

島独自の言い伝えやら祭事など、素直に「へぇー」となる小話が次々と語られるのだ。最後の最後までボリュームが凄かった。単なる移動手段みたいに思っていてすみませんでした!!

今回は晴れた日に朝から乗り込んで東向きに移動したため、常に太陽は高く、海も青かった。夕方に三原から広島方面へ向かう西向きのコースに乗る場合は、夕日のもと全く違った乗船体験になるもよう。

ということで瀬戸内海汽船とJR西日本の「SEA SPICA (シースピカ)」で体験した広島港(プリンスホテル前)から三原港までの航路。これはガチに推せるクオリティだ! 

例えば新幹線で関西なり関東エリアまで帰る場合などは、新幹線に乗るのを三原から(乗り換えが必要になるが)にして、三原まではシースピカを利用し、観光の〆にするのもイイと思う! 乗船中は荷物を船に預かってもらえるしな。広島に行ったら是非乗ってみてくれ!

参考リンク:SEA SPICA広島公式観光サイトオーストラリア戦争記念館(英語)
執筆&Photo:江川資具


▼よく見れば「とわだ」の前と


▼「しまかぜ」の左に、ヘリ格納庫を有する艦名を消された船が写っていた。除籍済みの「しまゆき」と「せとゆき」かもしれない。


▼油槽船の前には「ぶんご」と「さざなみ」も。


▼潜水艦周辺は忙しそうにしていた。


▼下蒲刈島。白雪楼という江戸時代の豪農が建てた由緒ある邸宅らしい。


▼松濤園。江戸時代の庭園があるとか。


▼路地。野良猫がいた。島の路地を探検するのはいつだって楽しいと思う。


▼港には小魚が沢山。サビキ釣りでワッと釣りあげて素揚げにして食いたい。


▼毒ガス資料館の英語パンフ。記述内容に怪しいところがあるが、地方のこの手の施設ではままあること。帝国軍の遺構に関するものだし、国が専門家による監修を世話してやればいいのにと思わなくもない。


▼ウサギの島としても一部では知られているらしい。野生化したウサギが跋扈(ばっこ)しているとか。関連するモニュメントのようなものも建てられている。しかし私がハリウッド版「ピーターラビット」で学んだ限りだと、安易に野生のウサギに近づくのは危険だと思う。


▼三原港。降りる間際に隣に停泊していた黒いクルーザーについて、「デヴィ夫人が夏のバカンスで乗った」と言う話を聞いた。マジで?


▼ググったらマジだった。瀬戸内海のクルーズはデヴィ夫人にも選ばれるクオリティ……!