突然だが「無機質カフェ」をご存じだろうか? 近頃若い人(いわゆるZ世代)の間で流行っているお店なのだとか。床や壁はコンクリートむき出しで、簡素なテーブル椅子が置かれている。飾り気のないカフェのことをいうそうだ。

そんなお店のひとつに行こうとしたんだけど、大幅に予定が狂ってキーズカフェのコーヒーゼリーを食べることになった。

少々長い話になるけど、今回は私(佐藤)に原因があるのではない。あのたばこ屋のオヤジの長話を、いかに切り抜けるかで苦慮してしまったんだよ。まあ、聞いてくれ。

・変わり行く街並み

その日は東京・中野駅から始まった。中野は私の生活拠点であり、どこに行くにもこの駅から始まる。いわば取材の玄関口といっても良いかもしれない。だが、この日は電車に乗らなかった。歩いて行ける距離に、当初の目的のお店があったからだ。

この辺もずいぶん様変わりしてきたよな。引っ越してきた当時と比べると、デカいビルが目につくようになった。2026年までに南北通路と橋上駅舎を建設予定で、現在工事が進められている。それに伴って駅周辺の再開発が進んでいるのだ。南側にあった公営住宅は取り壊されてデカいビルが2棟も建っている。いつの間にこんな高さに……。


北口を出てすぐのアーケード「サンモール商店街」はコロナ禍で老舗がバンバン潰れてしまった。100年近い歴史を刻むお店もシャッターを下ろし、気づけば無料PCR検査の会場になってしまっている。

裏通りの飲み屋街は変わらない様子だけど、知らない間にお店が入れ替わってるんだろうなあ。駅周辺の再開発でまた活気と賑わいが戻ることを願っている。


店に向かう道すがら珍しい光景を見た。遠くから救急車のサイレンが近づいてくる。だが、目の前にも救急車がいる。あれ? どこから音がしてるんだろう。振り返るともう1台の救急車が、停車している1台の脇を通り過ぎていった


コロナの救急搬送だろうか、それとも熱中症だろうか。いつまでこんなに厳しい状況が続くんだろう。オリンピックはコロナに打ち勝った証と言っていた頃が懐かしくさえ思える。早く本当の終息を迎えて欲しい。以前のようになる日は来るのか?


・あの声を忘れない

救急車といえば、思い出すことがある。あれは、俺が12歳の時だ。理科の実験中にアルコールランプをひっくり返して、ヤケドを負ったんだ。1カ月入院したかな。

今思うと、かなり重いヤケドで腹の右側には痕が残ってる。大人になったら植皮手術をするなんて聞かされてたんだけど、あの話はどうなったんだろうな。

あの日、俺は校長先生の車で市の大きな病院に運ばれた。救急車を呼んでもらえなかったんだ。事を荒立てたくないっていう校長判断でね。あとからそれを聞いたうちの親父が怒ってね。学校に苦情をいったら教頭が飛んで来たそうだよ。


ヤケドを負ったその瞬間のことは鮮明に覚えている。服に火の着いた俺はパニックになって廊下に駆け出した。それを担任の先生が「走るな!」って叫んで俺に覆いかぶさった。身体で火を消してくれたんだったな。

それで先生も腕にヤケドしたんだ。なのに治療しなかったんだよ。手に包帯を巻いて毎日病院に来てくれてた。俺の腹と先生の腕にはあの時の痕が残っている。いつかちゃんとお詫び、いやお礼をしないと。そう思いながら36年。そんなに時が経ったのに、あの「走るな!」の声を忘れることはない。


・ひさしぶり!

思い出にふけってる間に目的の店の前まで来たけど……。なんか違うな。殺風景というか味気ないというか、こういうのを無機質カフェというのかね。

イメージと実際が違うってよくある。とくに、ネットのイメージ写真ってキレイに撮られたものだから、良く見え過ぎてしまうんだよね。う~ん、参ったなあ。仕方ない、出直すか……


あ! そうだ!! この近くにあのたばこ屋さんがあるな。独特の理論でたばこの値上げを解釈している、おしゃべりなオヤジさんのやってる店。最近こっちに来ないから、ちょっと顔出していくか。

店に入ると、すかさずオヤジさんは手を挙げて「ひさしぶり!」と声をかけてくれた。良かった、覚えててくれた。お店に通っていたのはかれこれ2年前。肩を痛めたときのリハビリで近所の病院に5カ月も通ってたんだっけ。


「覚えてますか?」と尋ねると。


オヤジさん「あの~、何だっけ? 魚屋の定食の話したよな?」

佐藤「してませんけど」


オヤジさん「あ、してないか。何だっけ?」

佐藤「コロナの感染状況とか、オリンピック本当にやるのか? なんて話をしてましたよ。時事ネタね」

オヤジさん「おお、そうかそうか、そうだったか」


オヤジさん、本当に思い出したのか怪しい……。とはいえ、喜んでくれてるところを見ると、良い思い出として記憶されているようだ。俺のたばこの銘柄を覚えているかな? 覚えてないよな。


佐藤「アイコスのスムースレギュラーください」

オヤジさん「スムース? スムースね、スムース。はい。アイコス吸ってんの?」


佐藤「ずっとコレです。イルマ(アイコスの新しいデバイス)は合わなくてね」

オヤジさん「あ、そう。もし買うなら言ってよ。うちには本体ないけど、すぐに持って来させるから」


佐藤「そうだね、イルマに変える気になったらね」

オヤジさん「本体登録してんの?」

佐藤「してないよ。アレ、面倒くさいんだもん」


「本体登録」とはカスタマーサービスのひとつだ。もし本体が故障した場合、登録しておけば無償で交換してくれるというものである。オンラインで完結するカンタンではあるけど、買い替える度に登録するのがわずらわしい。


オヤジさん「面倒だよな。そしたら、言ってくれたらこっちでやるから。うちで買えば面倒じゃないよ」

佐藤「ほんと! それは助かるな」


オヤジさん「でしょ! 今、使ってるヤツは登録してんの?」

佐藤「いや、してないよ。面倒なんだもん」


オヤジさん「そうだよな。面倒だもんな。うちで買えば面倒じゃないよ。こっちでやるから。イルマに買える予定はあるの?」


佐藤「ないよ、イルマは合わなくてさ」

オヤジさん「今後はもう全部イルマに変わっちゃうよ」


佐藤「だろうね。そんな予感はしてた。全部イルマになるんだろうって」

オヤジさん「買い替える時は言ってよ、本体登録もこっちでやるから。買い替える予定はあんの?」


ヤバい……、モードに入ってる。無限ループモードだ



終わりなき話の始まり。できるだけ早く、この状況から離脱せねば


そこから約5分、相づちを極力少なくして、オヤジさんの呼吸のタイミングを観察した。そして……。


オヤジさん「本体登録はこっちでやるから」(スッ(息を吸う))


今だ!!


佐藤「そんじゃまた来るから!」

オヤジさん「あ、ああ。また寄って」


オヤジさん、ごめん! このまま無限ループに付き合っていられないから。ふと見ると、オヤジさんは少し寂しそうな苦笑いをしていた。ごめん、本当にごめん! 来るから、俺絶対また来るから!


・絶妙なバランスで

時間食っちまった。あの店には本当に時間のある時じゃないといけないんだよな。ゆっくりお話したいんだけどね。そういえば、中野区役所周辺も大きく様変わりするってオヤジさん言ってたな。まわりが活気づいてお店が繁盛するといいんだけどなあ。


さて、長話に付き合って疲弊した脳を癒すために糖分を摂取したい。ってことでやってきたのは、中野駅南口マルイの5階にある「トップスキーズカフェ」だ。ここはチョコレートケーキでお馴染みの「トップス」と、キーコーヒーが運営する「キーズカフェ」が合体した特殊なお店だ。


余談だが銀座ルノアールもイタリアントマトもキーコーヒーのグループ会社である。


注文したのは、「氷温熟成コーヒーゼリー」とアイスの「カフェラテ」。セットで税別730円。注文時に焦ってコーヒーゼリーにカフェラテを合わせてしまった。別の飲み物にすればよかった……。


ドリンクのストローはルノアールと同じ紙製だ。なかなか慣れないんだよなあ。


ゼリーの上のコーヒーソフトがほんのりと汗をかいている。室内でも溶けるほど暑い。もう夏は終わりにしませんかね……。


ゼリーは柔らかくてキレのある苦味、大人の味わいだな。ソフトクリームと一緒に食べると甘さと苦味が互いに引き立て合い、絶妙な味のバランスを生み出している


いつの日か、俺もあのたばこ屋のオヤジさんとちょうど良い距離感で会話を楽しめるように、絶妙なバランス感覚を身につけたいものだ


・今回訪問した店舗の情報

店名 トップスキーズカフェ 中野店
住所 東京都中野区中野3-34-28 中野マルイ店5階
時間 10:30~21:00(L.O.20:00)
定休日 なし(施設に準ずる)

参考リンク:トップスキーコーヒー中野区
執筆:佐藤英典
Photo:Rocketnews24

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