・まだ産まれてなかった

対応してくれた女性スタッフはこう言う。


「いま9.5cmといったところですね。10cmになったら中にお呼びしますので、ここでしばらくお待ちください」


9.5cmって何のことだっけ? と思ったが、やらかした罪悪感ゆえに質問できなかった私は、「分かりました!」とだけ返事。それから病院のベンチに座って再びGoogle先生に教えを請い、9.5cmとは子宮口の開き具合のことを指すと理解した。

スタッフの話から考えると、10cmまで開いたらブルーシグナル点灯といったところか。あと5mm。もうすぐやん……と思うかもしれないが、結果からいうと私はここから分娩室に入るまで3時間ほど待つことになる。


まぁ待つ分には全然構わない。ただここで、全力疾走が喉の渇きという形で私を苦しめることになった。水でも買えば解決する話なのだが、いつ呼ばれるか分からないから「ここでお待ち下さい」と言われた場所を離れてコンビニまで行くわけにはいかない。

また、もし私の周囲に親戚がいたら「ちょっと水買ってくる」と言えるのだが、その場には私しかいない。先に述べたように、病院に行けるのは妊婦以外に1人だけと制限されていたからだ。

まさか、コロナ禍が立ち会い人の喉にまで影響を与えるとは……と思いながら渇きに耐えることになったので、私と同じような条件で立ち会う人はお気をつけいただきたい。

そしてもちろん、出産予定日にスマホのバイブを解除したまま掃除機をかけることだけは絶対にしてはいけない。


・分娩室へ

さて、喉がカラカラになった状態で待つこと3時間。ドアが開いて、「和才さーん、中へどうぞ」と声がかかった。いよいよである。

スタッフに導かれるまま分娩室に入ると、ピッピッという規則音が耳に入ってきた。心電図的な機器だろうか。ドラマでよく見るやつだ。

ベッドに目を向ければ、見慣れない病院用のマスクをした妻の姿が。点滴やら酸素ボンベやらに取り囲まれた妻は、助産師さんにマッサージらしき処置をされていた。ときおり医師が来ては妻の状況を確認し、周囲のスタッフに何やら指示を与える。

想像していた通りの光景……と言ってしまえばそれまでだが、実際に目の当たりにすると圧倒される。あまりにも圧倒されてビビったからか、助産師さんが「ご主人、しんどくなったら外に出ても全然大丈夫ですよ〜」と優しく声をかけてくれた。

いまこの部屋で、なぜか私が1番心配されているという事実。その おかしさに妻が笑い、それを見て私もちょっと笑った。


・緊張感が高まる

しかしながら、時間の経過とともに笑う余裕などなくなってくる。どうやら、赤ちゃんがなかなか動き出さないもよう。医師の口からは「状況によっては帝王切開での処置もありえます」的な説明があり、私の中で緊張が高まっていく。

その気持ちをなだめるかのように、助産師さんが私と妻に話しかけてくれる。あまりにも私がテンパっていたので内容は覚えていないが、落ち着いた口調だけは今も記憶にある。なんと言うか、産まれる前から その場にいる医療スタッフ全員への感謝が止まらなかった。


そうこうして、私が分娩室に入って2時間くらい経過した頃だろうか。ようやく赤ちゃんが重い腰を上げたらしい。待望のムーブオンに胸をなでおろす一同。

ただ、そこから妻が苦痛の表情を見せる頻度が多くなる。医療スタッフの皆さんも何やら慌ただしくなる。その状況で、助産師さんの1人が私にこう言う。


「いきむタイミングで奥さんの頭をちょっと持ち上げて下さい〜」


もちろん私は引き受けた。ベッドの横に立ち、助産師さんの合図とともに妻の頭をちょっと持ち上げ、合図とともに下ろす。少しでも “いい感じの角度” になるよう、ゆっくりゆっくり動かす。渾身(こんしん)の微調整。


その作業を3回ほど繰り返した頃だろうか。誰かのひと声で、分娩室の空気が一気に変わったことが私にも分かった。


「もう頭が出てますよ〜!」


来た! ようやく射した光明! トンネルの出口が見えたぞ!! ……と思うと同時に、ド素人である私は「誰だって頭部より肩の方がデカいんだから、今からが1番苦しいのではないか?」と単純に考えた。

これ以上大変になる? もう見てられない。私は妻の頭を支えながら何か声をかけたような気がするが、混乱していたので何と言ったかよく覚えていない。ただただ、この時間がなるべく早く終わってくれることを心の底から願った。


早く出てこい!


早く出てこい!!


そう思いながら医師の方を見ると……


うん?


なんだあれ?



あのビローンとしたヤツなに?


ハッ!


あれが「へその緒」というヤツか!


つまり「へその緒」が出てる?


え?


さっき頭が出たばかりなのに もう「へその緒」?


え?


ってことは……


……


……


……


……



(おわり)


執筆:和才雄一郎
Photo:RocketNews24.


▼ちなみに、私は予定日周辺で有給を入れまくった。妻の入院日等が決まったのは産まれる1週間前。直前にならないとスケジュールが確定しないことは分かっていたので、2ヶ月ほど前からヤマを張って有給を取ったらうまくいった形。ただ、予定日と出産日がズレることはよくあるので、立ち会いたい人は事前に上司に相談しておくことが大事かと思う