先日、何かエクストリームな旅行体験があれば教えて欲しいという旨の連絡が、当編集部の中澤記者からきた。その時に即座に出てきた話は、他の記者の体験と共に旅の日の記事に記されている。

それがきっかけとなり、他にも色んな目にあってきたなぁ……と、写真を見返していたところ、これは殆どの日本人が体験したことが無さそうな、激レアなヤツが出てきた。

自粛続きできっと皆さんもどこかに遠出したくなっている頃合いだろう。この記事を通して、皆さんが少しでもリアルな旅行気分を味わってくれれば幸いだ。あれはそう、筆者が初めてイタリアに行った時のこと。

・ミラノ発

その頃滞在していたコペンハーゲンから、飛行機でミラノに降り立った筆者。夜の8時前だったかと思う。季節は冬で、雨が降っていた。目的地はメストレという街だ。

空港から駅まではバスで移動し、そこからは電車で一本。その日の最終電車に、発車ギリギリで滑り込むように乗り込んだ。車内はガラ空きで、好きに座ることができたのを覚えている。


あとは2時間ほど座って到着を待つだけ……なはずだったが、車両はなぜか途中で停まったまま動かない。イタリア語で車掌によるものと思われる放送が何度かあったものの、何を言っているのかはさっぱりだ。

ただ、他の乗客は特に気にしたふうでもないため、たいしたことではないんだろうと思っていた。公共交通機関が予定通りに運行されるのは日本くらいのもの。かつて住んでいたLAでは、バスの運転手がマックでバーガーをキメるためにルートを外れるのを見たこともある。

イタリアの電車が、途中で少しばかり予定になく停まるくらい、どうということもあるまい。きっとピッツァでも食いたくなったんだろう。おもむろに駅のホームに出て先頭の方を見ると、本当に車掌っぽいスタッフが手のひらサイズの小さいピッツァ的なものを食っていた。ほらね?


・停まった電車

しかし待てど暮らせど電車は動かない。かれこれ1時間は停まっている気がする。他の乗客もザワつき始めたのを見るに、いよいよピッツァがどうとかいう話ではないのだろう。

中には降りていき、相変わらずホームをフラフラしているスタッフに何やら詰めよる乗客も。車両トラブルか、それとも行き先のどこかで事故でもあったのだろうか? 

日本でもままあることだが、その手のケースは復旧まで相当にかかりがち。イタリアとてそこは同じだろう。宿に連絡を入れておいた方が良いかもしれない。そう思っていると、再びイタリア語で車内放送があり、列車が動き出した。

何とかなったのかな? そう思っていると、20分ほど走ったところの駅で再び停車。そこで長めの車内放送があり、ザワつく乗客たち。そして、ややキレぎみに、皆降りる準備をし始めたではないか。

言葉は全く分からないが、周囲の様子的に、ここで乗り換えなきゃいけないパターンな感じが半端ない。やはり何かのトラブルでこれ以上進めなくなったのだろう。降りて、別の列車なりに乗るしかなさそうだ。


・Today no more

近くの席のおっさんに英語で話せるか聞いてみたが、「イッタリアァァアアアノォオオオオ!!」とのこと。オーケィ、そうだよな。イタリアは基本的に、日本と同じくらい英語が通じない。英語で何とかなると思っている方が身勝手なのだ。

とりあえず荷物を持って車両から降りたところで、車両関係者と思しきスタッフ3人が近くまで歩いてきた。ダメ元ではあるが、どういう状況なのか知るべく英語で話せるか聞いてみると、何やらザワつき始める3人。

何をザワついているのかは不明だが、その様子はまるで「どうぞどうぞ」をやるダチョウ倶楽部を彷彿とさせる。きっと誰がこの、イタリア語のできないおっさんの相手をするか譲り合っているのだろう。

程なくして左端のスタッフに決まったようで、こう告げてきた。”Today, no more.” “Train do not run.” なるほど、言わんとしていることは十分伝わる。やはりこの列車はこれ以上先にはいかないのだろう。

振替の電車がきっとあるのだろうと思い、筆者の方でも”Replacement?” “Alternate train ?”と、振替に該当するワードを述べてみたところ、”No, today we go home.” “It’s late.” 

もう遅いので、今日はここまで……的な感じだろうか。もし日本で電車が遅れて停まった状況で、駅員が「もう遅いので帰ります」とか言ったら大変なことになりそうだが、筆者は全ての労働者が定時退社できる世界を望んでいる。利用する側としての不便には、大いに寛容だ。

まあそうだよな。あんたらも、もう帰ってメシ食って寝たいよな。オーケィ。じゃあ俺も今日はその辺で宿をとるか……。ホームの看板で駅名を確認したところ、ヴェローナとなっていた。


ロミオとジュリエットの舞台として有名な街だ。予定にはなかったが、面白そうではないか。ヴェローナの夜を堪能してやろう……そう思って出口に向かったところ、そこには想像を絶する光景が待っていた。


・監禁

一言で言えば、監禁である。駅のあらゆる出口に鍵がかけられているのだ。えっ、外に出られんやん? 扉は複数あるが、どれもマジで完全にロックされている。駅の外側には人がいて、時折こちらを覗き込んでいるが……職員ではないっぽい。


いやこれ、マジでどうすんの? というか、他の乗客はどうしたん? と思って駅の中を探索してみると、なんと駅構内のベンチに、先ほどまで同じ列車に乗っていた人々が寝転がっているではないか。

中には寝袋を取り出して、完全に野宿の構えをみせる者も。信じがたいことだが、目の前の状況的に、もうそういうことなのだろう。筆者の推測だが、事の流れとしてはこんな感じではないだろうか?


電車が何かの事情で遅れる

駅のスタッフの勤務時間が終わり、スタッフは駅を施錠して帰る

電車が遅れて駅に到着する

乗客は駅に取り残される


今でもこんなことが起こり得るのか疑問でしかない。しかし実際に周囲で進行している状況から推測するに、これしかない気がする。こういう時は悲観的になっても何も変わらない。

じゃあまあ、ここで寝るか。覚悟を決めたところで、やはり駅から出られなくなったと思しき女性が少し離れたところにやってきて、体育座りで眠りにつこうとしているのが目に入った。


寝るのに良さそうな場所はあらかた取られてしまっている様子。他にろくな場所は残っておらず、筆者は彼女から少し離れた場所でスーツケースを横に倒し、壁っぽくなるようにセッティングした。


そして、こんな経験は滅多にできるものではないと思い、記念に施錠後のヴェローナ駅構内を観光してまわることに。とはいっても、所詮は駅。ところどころ通路にシャッターが下りていて通れなくなっていたりしていたのもあり、そう見る物は無かった。


ちなみに持っていたデジカメのバッテリーはとうにゼロ。途中から掲載している写真の画質が著しく悪くなっていると思うが、それらは全て、唯一バッテリーが生き残っていたPS Vitaで撮ったものだ(Photoshopで画質とサイズを弄っている)。


・施錠後のヴェローナ駅

しかしPS Vitaのバッテリーもすぐに尽きてしまったため、写真を撮ることも叶わなくなった。


すでに述べた通り、季節は冬で、しかも雨。死ぬほど寒くて床は硬かったが、駅のホームの自販機だけは救いだった。飲み物だけじゃなく、スナックやサンドイッチやチーズも売られているのである。しかもクレジットカードが使えたため、腹いっぱい食べることができたのだ。


その後は食うだけ食って、再び駅構内をブラついた後、スーツケースの影で仮眠をとった筆者。硬くて冷たい石のタイルの上で寝たため体はすっかり冷えて、関節もバッキバキだったが、翌朝の始発にて目的地のメストレに無事到着できた。

その後は、しばらくイタリア国内で色々と興味深い経験をした筆者。しかし印象深さにおいて、この時の駅に監禁され野宿を強いられた体験に勝るものは無い。しかも人生初のイタリアで、到着1日目なのだからなおのこと。

今は色々と状況的に海外旅行など到底難しいが、いつかヴェローナリベンジをしたいものだ。結局筆者がこの街で得られた体験は、施錠後の駅構内に漂うやるせない空気と、硬くて冷たい床の寝心地だけなので。

執筆:江川資具
Photo:RocketNews24.