連載企画『ラーメン屋が推すラーメン屋』──その名の通り、ラーメン屋が推すおいしいラーメン屋をひたすら訪れるという「永久機関」のような本企画は今回で4回目を迎えるのだが、なんだかはやくも最終回になりそうなニオイがぷんぷんしている。
というのも、前回行った『地球の中華そば』の樋上店主が推したのは、『らーめん 森や。』── “ラーメンオタクの終着駅” と呼ばれる店だというのだ。
・とにかくヤバいらしい
元プロボクサー & 元ラーメンオタクという変わった経歴を持つ『地球の中華そば』の樋上店主。前回、インタビューした際、『らーめん 森や。』について、次のように語っていた。
「『らーめん 森や。』は、もうね、次元が違うんです。店主は職人とかじゃなくて、もはや “仙人” レベルですね。自分なんか足元にも及ばない。おいしいだけじゃなくて、オーガニックとかスローフードとか食文化とか、そういう視点を持っているんですよ。
どのメニューがオススメか? 全部ですね。レギュラーメニューも季節限定メニューも全部めちゃめちゃスゴイんですよ。「冷やしつけ麺」というのが特にヤバイんですけど……まあ、最初はレギュラーメニューの「三ツ星醤油らーめん」がイイですかね。
この店はとにかくヤバすぎて、僕は “ラーメンオタクの終着駅” と呼んでるんですよ。ラーメンオタクが色んな店を食べ歩いても、結局最後に行き着くのはココです。ここは本っ当~~に、ヤバイっすよ。うん……ヤバイ……!」
それまでは理路整然とインタビューに答えてくれていた樋上店主が『森や。』の話になった途端、急に語彙(ごい)がバグり始めて「ヤバイ」を連発。
やはり元ボクサーなだけあってパンチドランカーなのかと心配になったが、決してそういうことではなく「ヤバイ」としか言いようのない「ヤバさ」らしいのだ。しかも “終着駅” ということは、この連載は今回で終了……? ともかく、そのヤバさを確かめに行くしかあるまい!
・ラーヲタの終着駅『らーめん 森や。』へ
ということで、神奈川県横浜市にある『らーめん 森や。』へやってきた筆者。ちなみに最寄りのJR戸塚駅は全然 “終着駅” ではない。駅から店へは歩けないこともないらしいが、バスを利用すると10分ほどで到着できる。入口には「無化調・無砂糖・自家製麺」の看板!
注文したのは、もちろん「三ツ星醤油らーめん」。麺は、細麺(900円)か、チョ~~貴重な小麦品種「はるゆたか」を使った中太麺(1020円)かで選べるが、今回は後者をチョイス。「はるゆたか」の麺はめったに食べられないのだ。
ほどなくして、「三ツ星醤油らーめん(はるゆたか中太麺)」が到着! なんでしょう……壁紙にしたくなるぐらいパーフェクトなビジュアルです。ブラウンマッシュルームが入っているのがラーメンとしては珍しい。
さて、まずはスープを1口飲んでみると……
おぉ~ウマイ!!
う~ん、うん……。ウマイ!
…………あれ? ……まだ「ウマイ」?
んん!? なんだコレ!?
1口飲んだだけなのに、「ウマイ」が持続するぞ!?
「味の伸びやかさ」が異常じゃないかコレ……! 滞空時間ならぬ、”滞口時間” とでも言おうか。 舌で感じる「おいしい」がいつまでも口の中に留まるぞ……マジで無化調かコレおいしいぃぃぃ~~!! 丸鶏をベースに、豚やカツオ節なども合わせたというスープは旨味がしっかりと感じられ、どっしりと存在感のある醤油がそれを引き立てている。
本当の意味で「後を引く味」というのは、こういうことなのだろう。ちょっと初めての食体験で感動したので、3口ほど立て続けに飲んでしまった。なるほど、まだスープ飲んだだけなのにすでに「ヤバイ」。
このスープと絡むのが「はるゆたか」の中太麺。名店と言われるラーメン屋が “買いたくても買えない~!” と嘆くほど収穫量が少ない希少な小麦品種を使った麺なので、いつも以上にゆっくり、何度も噛みしめると……まぁ小麦の風味が強いこと! 噛めば噛むほど小麦!
コシもしっかりあって食感も良い。このスープあっての、この麺……互いの良さを高め合う最高の組み合わせで、控えめに言っても「ヤバい」だろう、これ!
チャーシューは しっとり柔らかく、炭火の香ばしさと肉の旨味が引き立ったおいしさ……はいヤバイです。──と思ったら、同店ではさらに美味しい “上位互換のチャーシュー” その名も「カリフリチャーシュー」なるヤバイものを提供しているらしいが、それはまた次回。
そしてマッシュルームだが、これもヤッベェェ人生観が変わっちゃうよォォォ!! ……というほど大げさな「ヤバみ」はないものの、香りが良くてホッとする味。良いアクセントになっています。
ふぅ……全体では感動的なまでに美味しい一杯に仕上がっていてあまりの「ヤバさ」に私の語彙も軽くバグってしまった。が、最後はキノコで回復することに成功し、ライターとしての一命はとりとめることができた。まったく、ヤバイものを食べたぜ……
──と思ったら、本当にヤバイのは店主・林佳広さんの方だった(色んな意味で)。ということで、今回もインタビューの模様をお届けDA! 奥様のチコさんも同席してくれた。
・”ラーメン界の仙人” ? 林店主にインタビュー!
──林さんは「もはや “ラーメン界における仙人” みたいな人 」と、うかがったのですが。
「いや…………初めて聞きましたよ(笑)」
──そうですか(笑)まぁ色々ワケあって「仙人」に例えられているのですが、それは後に詳しく触れるとして……まずはラーメン屋になったきっかけを教えてください。
「う~ん、それは話すと長いから かいつまんで言うけど……まず大学を出た後、リゾート事業をおこなう某会社に入って、岐阜のゴルフ場に勤めはじめたんですよ。で、あるとき同じ職場にいた上司がちょっと “悪さ” をしたんですよ、(指で “輪っか” を作り)コッチの方で」
──ソッチ(カネ関係)ですか。
「で、その人は辞めて、北海道に行ったんですけど、僕もその人について行ったんですよ」
──な、なぜ……!?
「う~ん、その人は寸借詐欺とかをすぐやっちゃう手クセの悪い人なんだけど、すごい頭はキレて、仕事はできたんですよ。だから、ついていったら面白そうだなって」
──なるほど……
「そうしたら その上司、北海道の会社でも またヤッちゃったんですよ。コッチで」
──またヤッた!(ラーメンの話にならないな……)
「余談ですけど、その人は後年になっても色々 “悪さ” をやっています。チコ(奥様)も騙されているし。彼にかかったら騙されない人はいないと思うぐらいペテンがまわる人なんですよ。ちなみに当時ニュースにもなったけど、いまタレントの×××さんっているでしょ? あの人も騙されちゃってねぇ」
──ハハハ。そこは「伏字」にしときますね。
「で、北海道の会社の話に戻すと……その上司が “悪さ” をした証拠を発見したので僕が会社の上層部に報告してやったんです」
──ハハハ。そこは「太字」にしときますね。って、全然「ラーメン」の話にならないじゃないですか!
「いや、そのときの被害者にラーメン屋の社長がいたんですよ。例の上司はヤメさせられて、僕は「もうこの会社にいなくていいな~」と思っていたので、そのラーメン屋の社長に「ラーメン教えて」って頼んでみたら快諾されました。で、札幌のラーメン屋で働きはじめるという……それが「ラーメン屋」として始まりですね」
ここまでの話を振り返ると……まず「仙人感」は0% ──そして、「犯罪臭」のする話が60%ぐらい(※林店主は関わっていません)。「なぜこのくだりを使っているのか」と疑問に思う読者もいるかもしれないが、実は「らーめん 森や。」の誕生には欠かせないエピソードであることが後半で発覚するので、今は見逃してほしい。話を前に進めよう。
──その後はどうされたんですか?
「札幌でラーメン屋を半年やった後、横浜に帰ってきて、自分の店をオープンするための物件を探して……」
──え? え? ラーメン屋で半年働いた後に、いきなり自分の店!? 話、早くないですか!?
「……そうっすね?」
──いや、”そうっすね” じゃなしに(笑)不安とか迷いとかはなかったんですか?
「うん……ないっすね!」
──超行動派ですね(笑)
「それで、1998年に初めて自分の店をもちました。東京の方南町で『えーやん』という屋号で、旭川ラーメンを出していました。ちなみに「えーやん」はアイヌ語で「どうぞ」という意味です」
──へぇ~! 当時から味は完成されていました?
「いやいや、いま考えるとヒドいものを出していたんだろうなって(苦笑)でも、その店は結局、5年ほどやりました」
──「らーめん 森や。」になったのは、いつからですか?
「横浜市の東戸塚に店を移した後、2004年ごろからですかね。ただ、その後は1度 店を閉めて2年ほどブランクが空くのですが、2014年に今の場所(戸塚)で再び『森や。』としてオープンしました」
・偉大な「化学調味料」への挑戦と、2種類の “おいしい”
さて、ここからは ちょっとマジメな話! 今では素材にこだわり、無化調・無砂糖とは思えないクオリティの一杯で多くのラーメンファンをうならせる『森や。』だが、どのようにして その味を確立させていったのだろうか?
「そもそもですが、札幌の某店でラーメンの作り方を教わったときから「化学調味料」を入れることにずっと疑問を持っていたんです。当時はラーメンに化調を直(ちょく)で入れるのが当たり前でしたから」
──「化学調味料」は身体によくないって言いますしね。
「私自身、飲む水をアルカリ水に変えたことで肌荒れが治ったりしたことがあるのですが、口にするものによって体調ってずいぶん変わるんです。そういう体験が積み重なって、「脱・化学調味料」を目指すようになりました」
──でも「おいしいが正義」というか、化調が入っていても “おいしければそれでイイ!” という人も割といると思います。
「それ! その “おいしい” について今日は言いたい」
「“おいしい” って2種類あると思うんです。それは「脳で感じるおいしさ」と「身体で感じるおいしさ」。
「脳」の方はいわば原体験、記憶由来の “おいしい” ですね。それまでの人生で何を食べてきたか。記憶とか体験に基づいてソレを食べて「うん、おいしい」と言うんです。
一方、「身体」で感じる “おいしい” は、翌日にわかったりするんですよ。”腹を下してない” とか、女性だったら “むくんでない” とか。
ウチは、前者の “おいしい” には興味がない。目指しているのは後者の方──つまり「身体で感じるおいしさ」なんです。……だからか、脳を納得させるための方の “わかりやすいおいしさ” を求めてくる客がウチのラーメンを食べると “摩擦” が起きたりします(苦笑)」
──『森や。』のラーメンも十分にわかりやすく “おいしい” ですけどね。でも、なぜ「化調」使うと、身体においしくない=異常が出るのでしょう?
「それは、自然にあるもののバランスを化学的に崩している──つまり「精製」しているから。例えば食卓塩だったら、塩化ナトリウム99.何パーセントで、他のミネラルを剥いじゃうんです。
そういう自然のバランスを変えちゃったものは、人間の体内に入ってきても処理できないんですよ。だから身体に残って、血圧が上がったりする。でもミネラルバランスを自然のままに保ったものは、ちゃんと身体の外へ出ていけるんです。だからウチは「精製」している化調を使わない」
──おいしいんですけどねぇ、化学調味料……。
「化学調味料ってね、偉大なモノなんですよ。誰でも簡単に “おいしい” と人に思わせることができるから。それ(化学調味料)を抜くって、ラーメン屋としては大変なことですよ。しかも抜くと、他の店と似たような味に収束する。
だからといって「化調」に頼るんじゃなくて、そこは素材・食材で補うべきだと思います。そのためには、豚が豚らしく、鶏が鶏らしく生きられるように育てることが大事。というのも、動物にとってストレスや環境が味に与える影響は大きいんです。もちろん、野菜などの作物にも同じことが言えます」
・「長く元気に生きていけるように」が根っこ
──ひゃー! そこ(生産)から考えているんですか!?
「ウチはどちらかというと「ラーメン屋」というよりは「スローフーダー」というスタンスです。農家など生産者が一生懸命作ったものや育てたものをもらって、それをエンドユーザー(客)に流す中間にいる立場だと思っています。それで “身体においしい” ものを食べてもらって「食べた人が長く元気に生きていけるように」というのが根っこにあるんです」
──あ、まさにそういう考えが「仙人」に例えられる所以(ゆえん)かと……。でも、食べるもの1つで「寿命」もそんなに変わるものですか?
「昔から、「三里四方の野菜を食べていれば、長寿延命疑いなし」といって、要するに近所の気候に適応したものを食べれば病気にならず健康で長生きできる」──という考えがあります。だからウチでは、なるべく近くの農家からとれた野菜などを使って、主に夜営業のメニューとかに取り入れています」
──(もはや “ラーメン屋” としての考え方を超越している……!)
「私は化学調味料そのものを否定しているわけでないけれども、ラーメン屋みたいな立ち位置にいる人間は「何が身体に良いか、悪いか」、それをちゃんと知ってコントロールした上でお客さんに食べさせないといけないと思う。一義的な “おいしい” だけを追求すると、みんな身体がとめどなく悪くなっちゃうから」
──なんというか、ただラーメンを作っているだけでなく、「食」というものを複眼的に、大局的に、そして深く見ていますね……
「生産者とちゃんと向き合うと、自然とそういう思考になりますよ。だからウチは化調は使わないし食材も選ぶんですけど、コレがはたから見ると「こだわっている」ように見えるらしいです(笑)
でもウチとしてはこだわっているつもりはなくて、ただただ「当たり前」のことだと思っています。だって、身体に良いものを作ろうとしているから」
ラーメンというと「身体に良くない」というイメージがあるが、そんなラーメンを通してむしろ「健康」や「長生き」を本気で考える林店主。しかも生産者にとって努力の結晶である食材をベストの形で消費者に届けようというその姿勢は、確かに「仙人感」100%である。
というか、ココまで考えているラーメン屋さんがいること自体に驚きだ。『森や。』が多くのラーメンフリークから支持されているのも、“終着駅” と呼ばれるのも頷(うなず)ける。
──ところで冒頭で聞いた、色々と “悪さ” をヤった人いますよね?
「会社員時代の元上司のことですね」
──林さんはその人を追いかけて北海道に行って、そこでラーメン屋になって、今に至る……ってことは、その人がいなかったら『らーめん 森や。』は生まれていなかったかもしれませんね?
「……そうなりますかね? まぁ人生いろいろありますが、振り返ってみると何もムダなことはないということでしょう」
さすが仙人、達観している! ただ、『森や。』のラーメンたらしめているのは、林店主の長年の努力と研究、そして奥様の支えによるものであることは言うまでもない。
・【次回予告】『らーめん 森や。』が推すラーメン屋は?
“ラーメンオタクの終着駅” と呼ばれる『森や。』を実際に訪れたら「これはマジで連載の最終回に来る店だな」と妙に納得してしまった筆者。どうする、マジで終わらせるか……? この店で連載を終えられるのは本望だが……でも一応 “アレ” を聞いておく必要はあろう。
──林さんほど達観していたら、今さら推す店ってあります……? ないですよね……?
「いや、ありますよ! 推す店!」
──な、なんですと!? いったいどんな店ですか?
「その店は、まだオープンしたばかりなんですけど……なかなか面白いですよ」
──“面白い” 食材を使っているとか、斬新なスープとか、ということですか?
「いや、ラーメンはね、まだまだ全然……」
──え? じゃあ、なぜ……
「まぁ、簡単に言うと、店主の「やる気」と「人間性」ですかね」
──なるほど……店主の「ポテンシャルが高い」ということですね?
「いや、高くない。全然高くない」
──では「志が高い」とか?
「いや、そうも言ってない」
──(仙人ディスりすぎ)確認ですけど、その店のラーメンは「まだまだ」だし、「店主のポテンシャルも志も高くない」……でも、その店を推す、と……?
「うん。推す☆」
ちょっと何を言っているのかわからなかったのでそれ以上 追及はしなかったのだが、どうやら私は “終着駅” から、まだまだ出来立てホヤホヤの新駅に飛ばされるらしい。しかも推しポイントが「やる気」と「人間性」という、まさかの精神論でゴリ押しされる形となった。
とはいえ、結果的に最終回を回避できたことにホッと胸を撫でおろしたが、この連載企画……今後の道のりは決して平坦ではなさそうだ。『らーめん 森や。』が推す店とは? 次回をお楽しみに。
・今回ご紹介した飲食店の詳細データ
店名 らーめん 森や。
住所 神奈川県横浜市栄区長沼町339
時間 11:30~15:00 / 17:30~23:00
休日 火曜日
Report:ショーン
Photo:RocketNews24.