先日3月16日、「マンガ大賞2020」が発表された。1度はこの賞の名前を聞いたことのある方も多いと思う。それほどに漫画業界では影響力の強い賞とも言えるだろう。そして今回、大賞に輝いたのは『ブルーピリオド』という作品だ。

恥ずかしながら、筆者は同作品を読んだことがなかった。特徴的なタイトルに惹かれ、「どんな内容なのだろう。少なくとも主人公の英語教師が青いチョークを使い始めるような物語ではないはず」などと妄想しつつ、早速手を出してみた。

結果、見事にハマった。面白い。この面白さの要因は何なのだろうと考えた時、現在大ブレイク中の漫画『鬼滅の刃』がすぐに頭に浮かんだ。この2作には明確な共通点があると感じたのだ。以下よりそれを土台にしながら、レビューめいたものを少々書いていきたい。

・異色で王道

まず簡単に作品について説明しておく。『ブルーピリオド』は講談社刊行の月刊アフタヌーンに連載されており、単行本は現在6巻まで発売されている。内容を一言で表すなら、「青春熱血美術漫画」だ。

主人公・矢口八虎(やとら)は高校2年生。成績優秀かつ人望も厚く、全てをそつなくこなす彼だったが、一方で何を成しても充実感を得られない空虚さも抱えていた。そんな彼がある1枚の絵に衝撃を受け、美術の世界にいざなわれたことで物語は動き出す。

それまで漫然と日々を生きていた八虎は絵を描く楽しさに目覚め、やがて彼の前に「超難関の東京芸術大学に合格する」という目標が舞い降りる。美術を扱う漫画は異色であるものの、高い壁に挑む王道のストーリーには心躍らずにいられない。


・共通点

さて、ここからが本題だ。致命的ではないが微量のネタバレを含むのでご容赦願いたい。

ワクワクしながら物語を読み進めていた筆者の脳裏には、自然とその後の展開に対する予想が出来上がっていた。「この漫画は、主人公が試験本番の舞台に立つまでの苦難と成長を描いていくものなのだろう」と。ゆえに「試験本番が描かれるのは、最終回付近だろう」と。

バトル漫画における宿敵との決着であれ、スポーツ漫画における全国大会決勝であれ、肝心要のシーンというのは、作品の終わり際まで拝めないのが通例だ。そのせいで展開によってはダレたりもするのだが、連載漫画である以上は仕方のないことでもある。

ところが、きたるべき「要のシーン」に思いを馳せていた筆者の予想は激烈に裏切られた。むろん主人公が急に美術に飽きたとかそういう話ではない。夢中になって1巻を読了した筆者を、2巻、3巻と巻を追うごとに加速する展開が一層グイグイと引き込んでいき……


4巻で試験が始まったのだ


前述した通り、『ブルーピリオド』は絶賛連載中であり、4巻が最終巻ではない。しかし4巻で試験が始まったのだ。それ以降の展開は皆さんに自分の目で確かめていただくとして、何にせよ4巻で試験が始まったのだ。

驚くべきスピード感である。察しの良い漫画好きの方はお気付きかもしれない。そう、筆者が『ブルーピリオド』と『鬼滅の刃』に見出した最大の共通点とは、この圧倒的なテンポの良さなのである。


・激動の波

以前ロケットニュースの記事でも言及したように、『鬼滅の刃』もまた小気味良い展開が特徴的な作品だ。和風バトル漫画である同作において、1つのバトルがダラダラと続くことは少ないし、重要な人物が容赦なくあっさり命を落としたりして、その激動が読者を魅了している。


舞台設定は違えど、『ブルーピリオド』も激動の漫画と言っていい。早い時には2~3話程度のあいだに挫折・克服・挫折の波が織り込まれている。月刊誌であることを踏まえても図抜けた速度だ。

主人公・八虎がその波に揉まれながらメキメキと成長していくさまは、見ていて気持ち良い。彼の上達ぶり、美術への適合ぶりは周囲に息を呑ませ、いつしか読者もそのうちの1人となる。


・八虎という主人公

ただこう書くと、「よくいる天才系主人公か」と忌避感を覚えてしまう方もいるかもしれない。なので彼が決して天才ではないことを強調しておこう。

才能がゼロとは言わない。しかし作中での八虎の描かれ方は、間違いなく凡人型だ。それどころか彼は、「美術なんて才能の世界で遊んでるだけの変人の集まり」と羨望混じりに疎んでさえいた。

そんな彼がひとたび美術の楽しさを知り、そして美術の世界にも才能だけでは済まない緻密な理論が存在することに気付くと、その気付きは彼の生来の勤勉さと急速に化学反応を始める。

自分は特別ではない。天才にはなれない。だったら天才と見分けがつかなくなるまで打ち込めばいい。彼はそう決心する。周囲がおののくほどの枚数の絵を描き、膨大な課題量に取り組む。才能ではなく、泥臭いまでの努力で挫折を乗り越えていくのだ。


・早くても丁寧

さまざまな理論や表現技法を学び、八虎はそれらを糧にしていく。とはいえ美術の世界が理論だけで成り立っていないように、『ブルーピリオド』も理論だけの漫画ではない

学んだことだけではどうにもならない壁にぶつかった時、八虎は己の内面と向き合う。自分は何を表現したいのか。どう表現すれば人の心に届くのか。自問自答し、時には周囲からヒントを得て、己の感性を研ぎ澄ます。

理論と感性、このバランスが『ブルーピリオド』は絶妙なのだ。理論を詰め込み過ぎず、感性にも寄り過ぎないことで、スピーディーな展開に誠実な説得力が生まれている。テンポが早くても丁寧だからこそ、雑に映らない。

身を削るような修練を重ね、壁にぶつかったなら己に成すべきことを問う八虎には、『鬼滅の刃』の主人公・竈門炭治郎(かまど たんじろう)と重なる部分も見受けられる。こうした熱量も、両作品の共通点と言えるかもしれない。


・「青い時代」

この2作品だけを根拠にするのは乱暴ではあるが、双方の思いきりの良いシナリオ運びや愚直な泥臭さを見ていると、漫画業界のトレンドが、かつて熱血漫画やスポ根漫画が流行っていた時代に回帰しつつあるような気さえしてくる。

ともあれ、『鬼滅の刃』のようにスピーディーで熱い漫画が読みたいという方に、『ブルーピリオド』は自信をもってお勧めできる作品だ。ちなみに3月29日まで各種電子書籍サイト第1巻を丸ごと試し読みできるので、ぜひチェックしてみてほしい。

読むまではわからなかったが、『ブルーピリオド』というタイトルは内容から察するに、「青い時代」といった意味だと思われる。1枚の絵が八虎の心を駆り立てたように、この漫画が多くの人を「青い時代」へ連れ去ってくれることを願う。

参照元:マンガ大賞2020講談社コミックプラス、Instagram @ufotable_inc、Twitter @28_3
Report:西本大紀
Photo:Rocketnews24.