
先日浅草を訪ねた私(佐藤)は、雷門からほど近いレコード店『音のヨーロー堂』で演歌のカセットテープを購入した。記事を公開した後に、店主の松永好司さんからご連絡を頂き、「演歌・歌謡曲を深堀りしませんか?」とお誘いを受けたのである。
実に魅力的なお誘いだ。専門家でなければ、おそらくなかなか知ることの出来ない演歌の話。それは聞いてみたい! ということで再度ヨーロー堂を訪ね、松永さんのお話を伺い、演歌の手ほどきを受けた。そしてわかったのだが、今の演歌界はアツい! 実にアツい!!
・「純烈」の存在、ヨーロー堂の歴史
佐藤 「演歌って正直、全然知らないんですよ。あ、でも『純烈』は知ってますよ。令和最初の紅白(第70回NHK紅白歌合戦)にも出るじゃないですか。やっぱ純烈ってすごいんですよね?」
松永 「すごいのはすごいんですけど、彼らは本当に稀です。これまでの紅白出場の流れを変えてしまったんですよね」
佐藤 「これまでの流れですか? その流れというのは?」
松永 「今日はそのお話をさせて頂きたいと思っていました。順を追ってお話させてください」
佐藤 「もちろん! よろしくお願いします」
松永 「少し長くなるんですが、うちが演歌や歌謡曲に注力するようになったのは、約20年前くらいになります」
佐藤 「え? 昔からずっと演歌・歌謡曲中心の作品を販売していた訳じゃないんですね!?」
松永 「そうですね。バブル景気(1980年後半~90年頃)を境にして、音楽ジャンルを絞るようになりました」
佐藤 「バブルを境にというと、何か景気と関係があるんでしょうか?」
松永 「街のレコード屋って、景気が良くなると、お店の景気は悪くなるんですよ」
佐藤 「それはえっと? 景気が良ければ音楽作品は売れると思うんですけど……」
松永 「市場は盛り上がるんですけど、大手の販売店が店舗を増やすから、街のレコード屋は売上を取られるんです。実際うちも、20年前頃に大手がお店を出したために、売上が落ちましてね。このままではマズイってことで、ジャンルを絞る選択をしたんです」
佐藤 「なるほど、それで演歌系に特化したと」
松永 「そうですね」
佐藤 「そういえば、2階はステージですよね。演歌キャンペーン専門スペース『浅草演歌定席』」
松永 「ええ、ありがたいことに『演歌の聖地』なんて呼んで頂いているみたいですけど、最近はアイドルやビジュアル系アーティストまで、新人もベテランも問わずにイベントを行っています」
佐藤 「2階は元からステージだったんですか?」
松永 「2階も演歌にシフトしたのを機に改装しました。元々楽器を販売するスペースだったんです」
佐藤 「ここも20年前頃なんですね! 意外と新しい!!(すみません)」
松永 「先日来て頂いた、花咲ゆき美さんのキャンペーンの時のような感じで、新旧問わず多くの方に利用頂いてます」
・氷川きよしと山内惠介
松永 「うちが改装した頃に、演歌界に1人のカリスマが登場したんですよ」
佐藤 「その方というのは、最近ネット上で話題になっている方ですか?」
松永 「そうですね、氷川きよしさんです。彼は今年ちょうど歌手デビュー20周年を迎えました。改装と同じ頃に彗星のように現れたといっても良いでしょう」
松永 「氷川さんは特別な存在ですよね。デビューシングル『箱根八里の半次郎』は、第42回日本レコード大賞の最優秀新人賞、第33回日本有線大賞・最優秀新人賞を受賞し、それまで演歌に関心のなかった層を取り込んで、一気に人気歌手になりました。あの当時の演歌界に革命を起こしたと言っても大げさではないですよね」
佐藤 「20年経った今でも人気は衰えず、今まさにSNSで注目を集めてますしね。本当に「カリスマ」と呼ぶにふさわしいのかもしれませんね」
松永 「うちにも追い風になったといってもいいですね」
松永 「ところで山内惠介さんはご存じですか?」
佐藤 「お名前は知っています」
松永 「山内さんは、氷川さんと同門(水森英夫門下生)で2001年にデビューしています。同門でありながら、氷川さんとは好対照で、デビュー1年目にして紅白出場を果たした氷川さんに対して、山内さんは2015年まで紅白出場の機会を得ることはなかったんですよね」
佐藤 「苦労されたんですね」
松永 「氷川さんと比べればですが。とにかく氷川さんは特別なんです。山内さんはまた別の魅力を持っているんです。紅白って元々は、「ヒット曲ありき」の世界なんですね。代表曲があって、その曲の人気で出場するみたいなところがあります。山内さんは歌唱力があるのはもちろんなんですけど、人としての魅力が強いんですよね」
佐藤 「人柄の魅力ですか」
松永 「そうですね」
松永 「山内さんはとてもアナログ的な人で、コンサートでステージで十分に歌声を聞かせた後に、握手会でお客さんを魅了しちゃうんですよね。彼に会ったらみんな彼のことを好きになるのです」
佐藤 「コンサートというとやっぱり2時間とかの公演になりますよね。そのあとの握手会ですか?」
松永 「そうです。それで長蛇の列になる訳ですよ。握手を求める人で。それでも彼は1人ひとりと丁寧に握手していくんですよね。しかも相手のことを覚えていたりするんですよ。そうすると、覚えてもらってた方は嬉しいじゃないですか」
佐藤 「尋常じゃない数の人を相手にですよね! そりゃ、多少なりとも覚えてもらってたら、好きになりますよね」
松永 「それが親・子・孫の世代と続いて、3世代でファンなんて方もいらっしゃいますね。そうして地道に地道にファンを増やし、15年の活動が実を結んで紅白出場にたどり着き、5年連続出場する歌手へと成長していったんですね」
・「純烈」が築いたもの
松永 「遠回りをしましたが、ここで最初の話に戻ります。山内さんがその人柄で多くの人を魅了したのと同じように、純烈も人柄で口コミを広げていったんですよ。でも、彼らに必要だったのは人柄だけじゃなくて、それまでの紅白出場の常識を覆すだけの努力も必要でした」
佐藤 「その常識というのは、ある意味大人の事情みたいなもんですかね」
松永 「まあ、そんなところですかね」
松永 「2010年のデビュー直後はよかったんですけど、「イケメン」を売りにしているところがあって……。そこがウマくハマらず、2年後にレコード会社との契約を解除。そこから彼らは長く苦労するんですよ」
佐藤 「スーパー銭湯や健康ランドの人気者になるのは、契約解除後ですか?」
松永 「そうですね。歌える場所を求めて営業をしていった結果、健康ランドのステージの空き時間に歌わせてもらうようになったんです。当然のようにギャラ無しですよね。ステージ空いてるから使っていいよ、くらいの感じですから」
佐藤 「その当時、彼らが今ほど売れるとは、思わなかったんでしょうね」
松永 「無名の時代から「紅白に出る」って言ってましたけど、関係者は出られる訳がないと口をそろえていましたね。先ほども言いましたけど、事情がありますし、ギャラも取れない空き時間で公演しているくらいでしたからねえ。それを実現にこぎつけたのは、4人の努力です。目の前のお客さんをどうやって喜ばせるか。努力に努力を重ね、2年連続出場です。
山内さんと純烈によって、紅白出場の基準は、もはやレコードのセールスだけが軸ではなくなってしまいました。人気を測る指標が売上だけによらなくなったんですよね」
・演歌男子の戦国時代
松永 「純烈がシーンに与えた影響は大きいです。とくに演歌界では、人柄と努力が報われることを証明したから」
佐藤 「たしかに。並大抵の努力ではなかったと思いますけど、それでも今無名でも、可能性を示す結果になった訳ですよね」
松永 「そうです。だから、今、演歌界はアツくなってきているんですよ」
松永 「『演歌男子。』ってご存知ですか?」
佐藤 「演歌を歌う若手男性歌手のことですか?」
松永 「もちろん、その意味もありますけど、CS歌謡ポップチャンネルで放送中のトークバラエティ番組では、演歌・歌謡界で活躍する若手イケメン歌手がゲスト出演しています。2014年1月に番組がスタートして現在5年目(第6シーズン)。番組出演者を集めてコンサートを開催したりしています」
松永 「この番組が若手男性演歌歌手の認知を広める機会になっています。さらに、演歌男子よりも下の世代も育ちつつあります。代表的な歌手だと、2018年1月に大学生演歌歌手としてデビューした辰巳ゆうとさんは、昨年レコード大賞の最優秀新人賞を受賞しています。10代の歌手もいいますね。続々と力のある若い子たちが出てきてて、まさに「戦国時代」といっても良いくらい勢いがありますよ」
佐藤 「若手の戦国時代!」
松永 「アルバムジャケット見てもらえれば分かると思うんですけど、ひと昔前の演歌のイメージと随分違うと思います。新しい流れが来ていると感じてもらえると思います」
佐藤 「ポップになってますね! いわゆる演歌感が昔より薄いと感じます」
松永 「あと、最近ではここらへん(浅草)で人力車をひく「俥夫」で結成されたボーカルユニット『東京力車』というのが活動しています。演歌・歌謡曲のジャンルは、少しずつですが進化を続けています。たぶん、これまで聞いて来なかった人が抱いているよりも、ずっと親しみやすいものになってると思いますね」
松永 「きっと、これから演歌を聞いていくと面白いと思いますよ。とくに若手歌手は、これからドンドン成長していくことになると思います。氷川さんや山内さん、そして純烈によってもたらされた演歌界の革命が、どんな形で花開いて行くのか、ぜひとも注目して欲しいと思います。これから演歌界はますます面白くなると思いますよ」
佐藤 「ぜひ聞いてみたいと思います」
まさか演歌界がそんなに加熱していたとは……。なんとなく “聞かず嫌い” みたいな感じで、今まで触れずに人生を送ってきたが、今回のお話をきっかけに俄然興味が湧いた。できればコンサートで、生の歌手の歌声を耳にしてみたいと思った次第だ。
取材協力:音のヨーロー堂
参照元:氷川きよし Instagram、山内惠介公式サイト、純烈公式サイト、「演歌男子。」公式サイト
Report:佐藤英典
Photo:Rocketnews24
佐藤英典


















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